第93話 四大種族による魔族対策会議 ~大人たちの口喧嘩② 大英雄ジファード~
「月は、古くから魔族にとって強い影響を与える存在として知られていました。特に“狂月”と呼ばれる赤い月は、彼らの活動や魔力自体に大きく関係していたようなのです」
そこには、紅月が崩壊した影響により、ローネアン各地に巣食っていた魔族と魔獣の動きが急激に鈍っている映像をアデルが映し出していた。
画面に映るのは、廃村に潜伏していた魔族の群れ。
かつては昼夜問わず暴れ回っていたはずの獣型魔獣が、
日の光を避けるように瓦礫の陰へと逃げ込み、
その目からは──明らかに“殺気”が失われていた。
「魔族は“月”の魔力干渉を強く受ける種族であることは、明白です。今回の人魔結界の突破も、“紅月”を利用した特殊な侵攻術によるものと見られます」
アデルが指を動かすと、ヴィジョリングの光が一瞬だけ揺れ、
映像は──切り替わった。
そこには、残された二つの月の間に新たに生まれた小さな紅月が、うっすらと輝いている。
「……“紅月”が完全な状態に戻るには、十年はかかると見ています。つまり、魔族側が人魔結界を通り抜けて再侵攻できる術も、同様に──最低十年は封じられる見込みです」
「十年、か……」
マイザード特使が鼻を鳴らす。
その腕組みの奥からは、明らかに疑念と警戒がにじんでいた。
「十年の平穏など誰が約束できる? 奴らが大渓谷を飛び越えぬ保証でもあるのか?」
──その時。
ギリス公国の王、アルベリク十一世が、ゆっくりと席を立ち上がった。
銀灰色の髭をたくわえ、鍛え抜かれた身体を包むのは、重厚な黒鋼の礼装。
一目で“戦場を知る者”とわかる威厳を放ち、その瞳が鋭くマイザード特使を射抜く。
「……そうだ。先ほど、其方自身が言った“防衛体制”──武器や兵器の供給だ」
王の声は静かだったが、その一言一言が会議室に重く響いた。
「先の侵攻前に準備できていれば──被害は違ったはずだ。各国が供給を要請した際、貴様等はギリスやローネアンに届けることなく、ドワーフ隣国のレグナント帝国に大量提供していたと、情報が各所よりあがってきておる!」
その言葉と同時に、アルベリク十一世は記録晶を叩きつけ、
ドワーフが帝国へ大量に物資を運ぶ映像と受領押印済みの書面をバラリと卓上へ放り投げた。
紙片と晶片が証拠映像を弾き、会議場にざわめきが広がる。
だが──マイザード特使は肩をすくめ、悪びれもせずに低く吐き捨てた。
「……ふん。賢者殿の“聖環の儀”同時開催の提案がおそすぎたのだ。物理的に人手も日数も、貴国まで届けるのはむりだったのだ。」
「そうなれば、最も近い帝国に優先的に卸すのは当然の流れであろう」
その瞬間──
ガタンッ!
椅子が倒れる音が、会議室の空気を裂いた。
セレスティア聖教国の幹部たちが、一斉に立ち上がり、怒りに満ちた視線を帝国とドワーフに向ける。
法衣の裾が翻り、ひとりの枢機卿がマイザードとザルカスを真っすぐに指差す。
「鉄を打つしか能のない守銭奴が……! 帝国との“癒着”を、今ここで認めたなッ!!」
その場にいた誰もが、マイザード特使の「当然」という言葉に納得できる空気ではなかった。
帝国に優先的に卸された武器と兵器──その多くは、実戦で使われることすらなかったのだ。
帝国は、供給されたそれらを封印したまま
ただ二人の“勇者候補”が魔族を殲滅しただけで、戦闘を終わらせていた。
……ならば、あの大量の兵器群は、いったい何のために?
魔族のためではなく、“いずれ始まる別の戦い”のために用意されたのではないか。そんな疑念が、会議の空気にじわじわと忍び込んでいた。
「おやおや……自分たちの失態を、人のせいに?」
ザルカス特使が、涼しげに肩をすくめながら、口角に皮肉げな笑みを浮かべる。
「我が帝国とて、同じ条件下で勇者候補を戦わせました。にもかかわらず──我らは“被害ゼロ”。他国は壊滅寸前。……この差は、いったい何でしょうな?」
意図的に間を取りながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
「“訛り”ではないのですか?」
聖句や祝詞、神の加護といった古来の信仰に依存する各国の姿勢に対して、あくまで冷笑的に続けた。
「女神に祈って、救われた命が──いったい、どれほどあったというのか?」
ザルカス特使は、ここぞとばかりに立ち上がり、両手を大きく広げて誇張した身振りを加える。
「……これからの時代に必要なのは、兵器! 戦略! 軍事力!」
力強くテーブルを叩き、笑いながら胸を張る。
続けてザルカス特使は、あえて声量を抑え、低く鋭く言い放つ。
「星セレスティア聖教国が誇る“女神の導き”とやらが、導いたのは此度のローネン連合国の首都の陥落。……違いますか?」
その言葉は、もはや聖教国のみならず──
女神そして女神の信徒その全てへの挑発とも受け取れるものだった。
場の空気は、氷のように静まり返る。
──そのときだった。
後方から──重く、ゆっくりとした足音が会議場に響く。
ザリ……ザリ……。
その瞬間、空気がピキンと張り詰めた。
重厚な銀白の鱗を纏った巨躯が、無言のまま静かに歩み出る。
星教皇ベネリウス直属の守護騎士にして、大陸にその名を轟かせる大英雄。
《大陸最強》の呼び声高い──蜥蜴人の騎士だった。
ただそこに在るだけで放たれる、圧倒的な“威圧”。
それは、会議場の空気を一瞬にして凍りつかせるほどだった。
「……聞き捨てならんな、ザルカス特使」
静かでありながら、確かな重みと殺気を帯びた声。
「この場における貴殿の発言は──帝国の“総意”と受け取られても、おかしくはないのだぞ」
ザルカス特使は鼻を鳴らし、リザードマンの騎士を見据える。
「ふん……一介の蛮族風情が、特使である私に口を挟むとはな。
貴様のような“ただの一騎士”が、この席で何を語るつもりだ? ジファード」
だが、ジファードと呼ばれた男は一切動じなかった。
むしろ、わずかに顎を上げ──鋭い眼光で、ザルカスを射抜く。
「ほう……レグナント帝国の軍事力とやらは、随分とご自信がおありのようだな」
言葉を切り、空気の温度がさらに下がる。
「ならば──その“軍事力”とやらが、果たして“女神に届きうる”ものなのか……
この私が、確かめてやろう。もちろん、前回同様、“私ひとり”でな」
「我らが帝国の軍事力を、以前と同じだと思うなよ! 私の号令一つで何万という軍を招集できるのだぞ!」
ザルカス特使は言葉を切り、あえて間を置く挑発。
「それ以上の挑発は、覚悟するんだな……次はアロスト砦だけで済むと思うなよ」
重々しい足音が、石床にひとつ、重く鳴り響く。
「貴殿の発言が"帝都の命運"を握っていると心得て、言葉を選ぶことだ」
静かなる宣告。
ジファードの視線は、まるで帝国そのものを審判するかのようだった。
ザルカス特使の喉がひくりと動く。
「きょ、脅迫のつもりかっ!?」
立ち上がろうとした瞬間──
ガタンッ!
椅子の脚が引っかかり、わずかにバランスを崩す。
ザルカスの脚が震えた。明らかに、見せてはいけない動揺。
すぐに背筋を伸ばし直すが、その仕草自体が──既に敗北の兆候だった。
放たれた言葉は冗談ではない。
誰もがそう直感する、圧倒的な存在感がそこにあった。
──そして。
いままで沈黙を貫いていた、たった一人の男が、静かに立ち上がる。
白銀の法衣。深き慈愛と、絶対的な威厳。
星教皇──ベネリウス・セレヴァン。
“人類の最高指導者”が、ついにこの混沌の場に、その口を開こうとしていた。
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