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第91話 ストラトスによるイクリス聖歴史学⑦「総括とゴーレム君メダル」

 ノアが、思わず声を上げる。


「そんな奴が……まだ、生きてるなんて……」


 言葉ににじんでいたのは、驚きと──そして、かすかな恐れ。

 魔族だけでも十分な脅威だというのに、

 それすら凌駕する存在の示唆に、無意識のうちに距離を置こうとするのは、当然の反応だった。


 そんなノアに対し、ストラトスは静かに首を振る。


「案ずることはない。竜神ゼダ=ネザーラは、いわば“魔族にとっても敵”なのだ」


 その声音には、確かな自信があった。


「かつて──勇者と、魔王、そして女神が協力して封じた存在。ゆえに、封印が解かれることは……まず、あり得ないだろう」


 ストラトス先生が、大きな溜息をついてから言葉を継いだ。


「……皮肉なことだとは思わんか、竜神ゼダが刻んだこのローネアン大陸の“地形の分断”が──

 今回の七魔星ザヴォルドゥによる襲撃において、“西側のみ”の陥落で済んだ唯一の理由でもあるのだ」


 ……その言葉に、教室全体の空気がふっと重たく沈んだ気がした。

 さっきまでの興味深い講義の空気はどこかに消え去って、代わりに胸の奥がじんわりと痛むような沈黙が広がっていく。


 (……ほんとに、“皮肉”だよ)


 あの世界の裂け目みたいな渓谷が、まさか文字通り命を分けた境界になるなんて。


 ふと、隣の席の方で妙に静かな気配を感じて、そちらに目を向けると──


 机に突っ伏すようにして、両耳をぺたんと伏せているルルエさんがいた。


「……ルルエさん? どうしたの?」


 小さく声をかけると、彼女は涙目で顔を上げながら、獣耳をぎゅっと押さえたまま震えていた。


「だってぇ……禁断の名前は、聞いちゃだめって教わったもん~……!」


 怯えてる。……いつものふざけた調子じゃない。獣人ビースター特有の本能によるものだったりして。


「……ルルエ。あなたがこの中で一番耳がいいんだから、しっかり聞こえちゃったんでしょ?」


 隣のリーリャが、ちょっと苦笑しながらそう言うと、ルルエさんは今度こそ本当に机に突っ伏して──


「それ以上いわないでーーうわあああん!!」


 軽く泣き出してしまった。


 ……でも、その泣き声と、リーリャの困ったような顔を見て、私は少しだけ肩の力が抜けた。

 おも苦しかった講堂の空気が、ほんの少しだけ和らいだように思えた。


 ──そんな中で、隣に座るノアが、ゆっくりと手を挙げた。


 その横顔は、真剣そのものだった。

 少しだけ迷いも見えたけど──それでも、確かな意志を宿していた。


「……先生。最後の質問です」


 ノアの声が静かに響いた瞬間、教室全体に再び静けさが戻った。

 彼の視線はまっすぐにストラトス先生を捉えていて、その目には確かな決意が宿っていた。


「なぜ……そもそも魔族は、“今”になってから、こちら側の女神の大陸を攻めてきたんですか?」


 ──私は、不意を突かれたように一瞬、言葉を失った。


 ノアの問いが、思考の奥にあった“当然”を揺さぶってきた。


 ……確かに。


 私はどこかで、「魔族は人間側を侵略してくるもの」だと、無意識に勝手に思い込んでいた。

 でも、考えてみれば──人魔結界って、もともと“納得のうえ”で交わされたはずの約束じゃなかったっけ……?


 しかも、不可侵条約まで交わしていた。

 ならば、それを今になって破るというのは──


 よほどの“メリット”もしくは理由が、魔族側にあったということになる。


 ……領土の拡大?

 それとも、人間側にしか存在しない“何か”を、求めて?


 気づけば私は、たまらず口を開いていた。

 これはもう、質問というより──確かめたかった。


「……先生、私も知りたいです」


 静かに、でもはっきりと声に出す。


「魔族側に……“攻める理由”があったのかどうかを」


 ──その空気を破ったのは、やっぱりルルエさんだった。

 涙目のまま顔をバッと上げて、少し期待を込めた表情で言った。


「もしかしてぇ……人間側のごはんがおいしくて、それを狙いにきたとか!?」


 思わず、私は「えっ」と素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 その直後──


 ピシッ!


 鋭い音が講堂に響く。

 ルルエさんの頭に、小型の黒杖の先端が容赦なく直撃していた。


 横の席に座っていたマルシスさんが、何のためらいもなく杖を振り下ろし、

 無表情のまま、淡々とした声で言い放つ。


「……こんな時に、ふざけてはいけませんよ」


「い、いたた……だってぇ、さっきからこういう重苦しい雰囲気、苦手なんですもん~!」


 頭を押さえながら涙目で抗議するルルエさん。

 ……まぁ、衝撃の事実が目白押しだったから、無理もない。気持ちはわかるよ。


 涙目で頭を押さえるルルエさんに対して、隣に座っていたマルシスさんが、黒杖を手に淡々と返した。


「……ルルエ。それに、間違っていますよ。人間側のご飯、というより──“人間がご飯”ですね」


 ……ぴたり、と空気が止まる。

 全員が、思わず頬をひくつかせた。


 (……いや、それフォローになってないし。ていうか、相変わらず本気で言ってるのかボケなのか分かんない。無表情だし)


 マルシス先生の“天然なのか確信犯なのか不明な発言”には、毎度のことながら判断に困る。

 でも、ある意味この人らしくて、私はちょっとだけ救われた気もした。


 ──そんな空気の中、ストラトス先生が再び口を開く。


「……侵攻してきた理由も実は、まだ“確かなこと”はわかっていない」


 その声には、感情を込めすぎない、いつもの淡々とした響きがあった。


「教会側でも、意見が分かれていてな」


 先生の声が、少しだけ低く落ち着いたものに変わる。


「“領土の拡大”を目的とする説。あるいは、魔族側には存在しない、こちら側に何かが早急に必要になった……という意見もある」


 (……まぁ、それが妥当な線ですよね)


 私は内心でうなずいた。

 強引だけど、理屈は通っている。

 でも、どこか表層的な気もする。──あまりに、“今さら”すぎる。


 そんな考えを巡らせていた矢先、ストラトス先生の表情がほんのわずかに引き締まった。


「……ただ、ひとつだけ“確か”なことがある」


 その言葉に、空気が変わる。

 講義室に、見えない圧力のような静けさが広がっていった。


「ギルバート殿が対峙した──七魔星・ゼムノス。その最期、奴はこう語ったという。“魔神”というかつての“魔王”とは異なる存在が、今の魔族たちを導いている……とな」


「……ただし」


 ストラトス先生は、口調を崩すことなく、静かに言葉を継いだ。


「“魔神”という存在については──」


 そこで一拍、ストラトス先生は手元の《映写ゴーレム》に軽く触れた。

 魔力の信号が走り、講義室に設置された別の小型ゴーレムたちが、それぞれ魔導書や教会の記録資料をめくり始める。

 天井に浮かぶ光の画面には、“該当なし”の文字が次々と映し出されていた。


 (……本当に、何もないんだ)


 私は息を呑みながら、その光景を見つめる。

 “魔神”という名が、記録上ではまるで最初から存在しなかったかのように、何も残されていない。


 先生は静かに、言葉を継いだ。


「いかなる聖典にも記録はなく、教会でもその名が歴史上に確認されたことは一度もない。 我々にとって、“神”とは唯一──女神セレスティアのみ。それが、この星イクリスにおける、最も古くからの共通認識だ」


 私は、胸の中でひとつ息を吐いた。


 (……そうなると、魔神についてこれ以上掘り下げるのは、今の段階では難しそう)


 名前も由来も目的も、すべてが不明。


 講義室の空気が、ふたたび静まる。


「そしてもうひとつ、ゼムノスが遺した重要な情報がある」


「……“神の名を冠する聖印”を持つ兄弟の存在。それこそが……魔神にとって、最大の障害になる──と。」


 その一言に、私とノアは、無意識のうちに小さく息を呑んでいた。


 ストラトス先生は、もう一度だけ深く息を吐いてから──

 教室の中心に立つ私とノア、そしてその周囲にいる仲間たちを、ゆっくりと見渡した。


「……だからといって、今さら“許してくれ”などと、都合のいいことを言うつもりはない」


 その声には、どこか痛みのにじんだ響きがあった。

 同時に、重くて、誤魔化しのきかない“覚悟”が宿っているようにも感じた。


「確かに、君たち──“神の聖印”を持つ五人の子どもたちは、“正式な勇者”ではない」


 胸の奥が、わずかにきゅっとした。

 それはもう、何度も聞かされてきた言葉のはずなのに。

 先生が“それでも”と続けた、その声に、思わず息を止めてしまった。


「だが……それでも、我々にとっては──」


 先生の視線が、真正面から私たちを捉える。


「“世界を救い得る者たち”として。君たちは、もう“勇者”と同じ意味を持つ存在なのだ」


 誰かの息を呑む音が、静まり返った講義室に、ふっと響いた。


「な〜んだ、結局僕……勇者じゃなかったのか〜。ざんねん!」


 ノアが、両手をひょいと上げて、わざとらしく言ってみせた。

 一見するとふざけているようにも見えるけど──

 私は、わかっていた。双子だもん。


 (……ほんとは、ショックなんだよね)


 その言い方も、タイミングも、目線の動かし方も。

 全部、本当の気持ちを悟られないようにするための“強がり”にしか見えなかった。


 でも、ノアはすぐにまっすぐ前を向いて、ちゃんと言った。


「でも──みんなを守りたいって気持ちは、少しも変わってないよ」

「だから……今まで以上に、がんばれるよ。ねっ、姉さん!」


 その瞳には、まっすぐで、迷いのない光が宿っていた。


「ノアきゅんッ!!」


 突然、ルルエさんが勢いよくノアに飛びついた。

 その目には、うるうると感動の光が宿り、頬には涙まで浮かんでいる。


「君は……君ってやつはぁ……顔だけじゃなくて、心までなんてキレイなんだ〜っ!」


 そう叫ぶやいなや、椅子に座るノアをがばっと抱きしめて、わしゃわしゃと頭を撫でまわす。


「うわっ、ルルエさん!?」


 ノアは困惑しながらも、どこかまんざらでもなさそうだった。


 その様子を見ていたリーリャさんが、どこか納得したように小さく頷く。


「……では、私はカナリアさん担当で」


 そう言って、すっ……と無表情のまま私の方へ近づいてくると──そのまま、やわらかく、でもしっかりと抱きついて、頭をぽんぽんと撫でてきた。


「……!?」


 一瞬で硬直する私。


 (……でも、なんかこの流れ、もう慣れた)


 「そうだともッ!!」


 突然、ストラトス先生が力強く拳を振り上げた。

 その声は聖堂内の隅々まで響き渡り、思わず全員がぴしりと背筋を伸ばす。


 「我々──人間、エルフ、ドワーフ、獣人ビースター、そして女神の民。

 この“四大種族”が心をひとつに手を取り合えば、どんな困難だって立ち向かえるはずなのだッ!!」


 その瞬間、ストラトスの魔法によって、聖堂内に花吹雪が舞い聖鐘が鳴り響く。

 さっきまでの重くて暗い空気──竜族や魔族の話題の余韻を吹き飛ばすように、教室全体が一気に“祝福ムード”に染まっていく。


 「今日はそれを伝えたかったのだッ!!」


 ストラトスは勢いそのままに、背後のゴーレムに手をかざす。

 すると、ゴーレムの背中から金色の小袋が次々と射出され、各席の生徒たちの手元に届いた。


 「ゆえに──本日の授業、全員満点!!特別に、《ゴーレムくんメダル》を贈呈じゃーーッ!!」


 「「「いぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」」」


 謎の盛り上がりを見せる教室。

 真顔のままメダルを受け取るリーリャとマルシス、はしゃぎまくるノアとルルエ──

 その対比が、どこか微笑ましかった。


(……って、ところでさ)


 カナリアは、机の上でコロコロと転がる金色のコイン──

 じゃなかった、“ゴーレムくんメダル”をじっと見つめながら、

 光にかざしてチカチカと反射する表面を見つめる。


(これ……結局、なんだったの?)


 沈黙と歓声が飛び交う教室の片隅で、

 一人だけ解けない謎に眉をひそめながら、

 カナリアはキラキラ光るメダルを小さくチカチカさせ続けていた。

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