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第8話 まだ見ぬ場所で始まった戦争

ギルバート・ピアソンは、迫り来る“断罪の閃光”を前に、そっと瞼を閉じた。


 (……ここまで、か)


肉体は限界だった。魔力も、気力も、すでに底を突いている。

迫る破滅の奔流に、対抗する術は、もう何ひとつ残されていなかった。


 しかし――その瞬間。


視界が闇に沈んだはずの彼の意識が、ふと別の風景に包まれていた。



そこは、見たこともない神聖な庭園だった。


空には星々が浮かび、水面のような石畳には煌めく文様が刻まれている。

風は音を持ち、香りは心を撫でるように優しい。だが、それは現実ではない――


 

そして、彼の前に現れた“それ”は、言葉にならない威光を纏っていた。


 《……賢者よ、諦めてはなりません》


女の声が、脳裏に直接響いた。

それはまるで水面に広がる波紋のように、静かに、けれど確かに心の奥底を震わせる声。


 《あなたの導きは、これから始まるのです》

 《星を導く者たちが、いま成長しつつあるのです》

 《その未来を、あなたが“繋がねば”なりません》


 「……あなたは……女神セレスティア……」


思わずそう口にした瞬間、世界が反転した。


――次の瞬間。


遥か上空より、清浄な光が差し込む。

空気が震え、空間がねじれ、黒と白のエネルギーが反発し合う。


そこに、“高次の干渉”が割って入った。


光の剣が、天より地を裂き、ゼムノスの残った腕を吹き飛ばす。


 「グアァァァァ!!何だこれはぁぁぁぁ……!?」


ゼムノスは、思わずその場にたじろいだ。


こんな未来は存在しない。

憎き賢者は、魔眼が示した未来に従えば、完全に消滅したはずだった。


そうだというのに。


奴は、立っている。

あの《黒死葬暦ブラック・ディケイド》が命を消し潰す寸前、割り込んできた“光”。

こんな未来、視えてなどいなかった。


 (……まさか、介入だと? この私の魔眼が……読み損なった……!?)


ゼムノスは混乱していた。


――この世界で自分だけが未来を知っていたはずだ。

未来視こそが、自分の武器であり、絶対の優位であると信じて疑わなかった。

それが、今――真っ向から破られた。


両腕を失ったその痛みをも凌駕する、この異常事態。

魔眼が、警告していた。

視えてはならぬ“未来”を、いままさに現実が穿とうとしている。

 

天より射した神の裁き――

それはただの光ではなかった。


ゼムノスの腕を吹き飛ばしたその閃光の中心から、**輪郭の定まらない“光輪”**が静かに現れる。


やがて、その輪の中心に“影”が生まれた。

それは人のようで、人ではない。

まるで概念が具現化したかのように、ゆっくりと姿を結んでいく。


 降臨したのは――


ラピス=サルフェン。

女神セレスティアに仕え、神の意志をこの地にもたらす“代行者”。


その姿は、人に似て、だが人ならざる神獣の気配をまとっていた。

雪のように白い長髪は、まるで吹雪の中に佇む狼のたてがみのようにたなびき、

その瞳は深い氷の蒼――あらゆる存在を見通す冷たくも清らかな光を宿していた。

頬には白銀の紋様が浮かび、どこか“牙”を思わせる鋭さと、静かな慈悲を感じさせる。

 

代行者の頭には、ふわりと揺れる白銀の“狼の耳”**が生えていた。

人の姿でありながら、どこか神獣めいた気配を纏わせるそれは、

威厳と可憐さ、凛とした神性とどこか親しみを感じさせる不思議な調和を宿していた。


背には霧氷を編んだような光の尾がたなびき、

まるで神話の白狼が空に降り立ったかのような、幻想的な風景を生み出していく。


その気配ひとつで、空間は凍りつくように静まり返り、

混濁していた瘴気は掻き消え、ただ神聖と静謐だけが満ちていく。


その顕現に、誰よりも早く反応し、焦燥を浮かべた男が一人。


 「代行者……っ、なっ……なぜこの時、この場所に……!」


ゼムノスが、初めてその声に明確な“動揺”を滲ませた。


 「いや……しかしこれは好機……」


 「愚弄なる代行者よ……顕現の時を見誤ったな……!」


その瞳には、恐怖と怒り、そして一瞬の“好機”を見出そうとする狂気が宿っていた。

ゼムノスは、渦巻く魔力をその魔眼に集約させる。


 「私も貴様等もここで全て終わりだ……!」


その瞬間、空間全体から魔力が猛然と吸い込まれていく。


地を軋ませ、空気を巻き込み、すべてを押し返す奔流。


 「グゥアアアア……!」


拘束され地に付した双地狼オルトロスが悶絶する。獣の咆哮は悲鳴と化し、双頭の巨体は黒い霧へと溶け崩れていった。


それはゼムノスの魔眼へと、無慈悲に吸収されてゆく。


魔力、生命力、魂――そして、彼自身の存在そのものを代償として。


 「これが……すべてを断罪する終焉の究極魔法――!」


ゼムノスが、異常なまでに引きつった笑みを浮かべ、咆哮する。



「――《終滅審決ケイオス・ジャッジメント》!!」



空間中の魔力が収束し、渦を巻きながら一点へと凝縮されていく。

それは魔眼から放たれる、“断罪”の奔流。

黒く濁った閃光が、まっすぐにギルバートを穿たんと襲いかかる。


空間を抉り、あらゆる法則を捻じ曲げ、破壊するその光は

時間も、空間も、命すらも例外なく、消し去ろうとしていた。

音が消え、光が歪む。


それはまるで、この世から――


存在するはずだった未来も、積み重ねられるはずだった可能性も、

光も、音も、命も、すべてを残さず“消去”するかのようだった。


まさしく、世界という舞台から「存在」の定義そのものが切り捨てられる。

その奔流は、あらゆる理すらも否定する――終焉の審判。


「いけないッ!」


ラピス=サルフェンが声を張り上げ、まばゆい光の“波動”をまといながら、ギルバートの前へと飛び出した。


断罪の魔力――その奔流が、咆哮のような音と共にギルバートめがけて殺到する。


女神ラピス代行者サルフェンが、全身を張ってそれを受け止める。だがその衝撃は凄まじく、逸れた余波だけでも、周囲の壁や柱を容赦なく粉砕していく。


魔力の波動が唸りを上げ、黒閃はなおも凶暴さを増して迫り来る。


「ッ……まだ……!」


ラピスの足元がひび割れ、後方へ風圧の轟きが奔る。それでも彼女は、両手を突き出したまま一歩も退かず、ただその破壊を正面から受け止め続けた。


 ――そして。


凄絶な衝撃に晒される中で、彼女の身体が、粒子のように、ゆっくりと――しかし確実に崩壊を始めていく。


「……この命、女神より預かりし賢者を護るがため。ならば、今ここで!」


閃光と黒閃が極限へと達した、その刹那――

空間が悲鳴を上げるように歪み、光と闇が正面から激突する。

ぶつかり合った二つの力が、天と地を裂く咆哮と共に弾けた。

目も眩む白輝。耳を貫く破滅の轟音。

古城の地形さえも崩壊させるその衝突は、すべてを呑み込まんとした断罪の魔法ごと、


――虚空の彼方へと、完全に消し飛ばしていた。


広間に、静寂が戻る。


女神ラピス代行者サルフェンの姿はボロボロになっていた。

光の波動は乱れ、身体の一部は粒子のように崩れ落ちている。

それでもなお、代行者の祈りと存在は――《終滅審決ケイオス・ジャッジメント》を、完全に防ぎきったのだった。


ギルバートは、崩れ落ちていくゼムノスを、ただじっと見つめていた。

その視線に応えるように、ゼムノスが黒く焦げた口元に、かすかな笑みを刻む。

すでに肉体のほとんどは焼け焦げ、血も通わぬ灰色の肌が崩れかけていた。


笑みと共に、その唇が最後の言葉を紡ぐ。


「……いいことを教えてやろうか、賢者ギルバート」


声は掠れながらも、なお狂気の色を失ってはいない。


「貴様を守った、その代行者……女神ラピス代行者サルフェンはな」


魔眼が、再びギルバートを鋭く射抜く。


「本来なら、未来にてお前が育てる“二人の勇者”を、魔大帝より救うために顕現するはずだったのだ……!」


「……なに……?」


ギルバートの目がわずかに揺れる。


「だが今、その代行者は……師であるお前を助けるために、その命を使った」


ゼムノスが、血に濡れた歯を剥き出しにして笑う。


「――つまり、“本来救われるはずだった者たち”は、未来では助からんということだ!」


膝をつき、支えを失った身体が崩れていく。


「……此処まで来た甲斐があった。未来を奪った後悔を抱いたまま、死ぬがいい……」


その言葉を最後に、ゼムノスの魔眼が地に転がり落ちる。


光を失ったその眼球は、黒い灰のように風化し、やがて跡形もなく崩れ去った。


――その時。


女神ラピス代行者サルフェンの声が、広間に静かに降り注ぐ。


「……ギルバートよ。星を導きし御子は神の名を冠し、血を分かちすでに、この世に誕生しています」


光の残滓の中で、透けかけた代行者がゆっくりと語る。


「貴方の手で、魔族の手より先に彼らを見つけ出し、導くのです」


「それこそが……この世界の運命を繋ぐ、最後の希望です」


瓦礫と血の残滓に満ちた広間。

最後の光が、静かに消えていく。


賢者ギルバート・ピアソンは、


杖を支えにしながら、深く、静かに――膝をついた。


「ハァ……ハァ……七魔星《消滅のゼムノス》、まさしく手強い相手だった……」


肩で息をしながら、ギルバートはよろめきつつも立ち上がる。


そして、唇をかすかに噛みしめた。


 (これほどの怪物が、七魔星の一柱にすぎんというのか……)


 (もし他の魔星たちも、同等かそれ以上の脅威なら――もはや、時間は残されていない)


苛烈な一戦の余韻の中、胸の奥から焦燥が湧き上がる。

未来を守るはずの“勇者たち”を、一刻も早く見つけねば


すると――崩壊した古城の影から、静かに数人の戦士たちが姿を現した。


ローブをまとい、厳かな気配を纏うドワーフの神官。

蒼氷を思わせる髪を風に揺らし、鋭い眼差しを宿した青年剣士。

そして、緋の髪を持つ紅蓮のエルフ魔術師が、杖を静かに掲げる。


彼らはギルバートの密命を受け、外周に潜んでいた“選抜部隊”――その精鋭たちだった。



 「ギルバート様ッ! お怪我は!? ご無事で――!」


 「いまの声……あの光……まさか、本当に“神託”が……!?」


興奮と驚愕の入り混じった声が飛び交う中、ギルバートはゆっくりと頷いた。

その眼差しには、深い疲労と――それ以上に強い、覚悟の色が宿っていた。


 「……ああ。女神の言葉だ。お前たちにも聞こえていたか」


 彼は杖をつきながら、再び姿勢を正す。


「体制を立て直し、すぐにここを離れる。教会を通じて、全ての関係国に通達を――」


 「女神の神託が降りた今、もはや一刻の猶予も許されん。情報収集を急げ!頼んだぞ」


 「了解ッ!」


 一斉に頷き、動き出す仲間たち。その背中に、ギルバートは静かに視線を送った。


 (“血を分かちし御子”……兄弟か。神の名を冠すというなら――聖印のことだろう)


 (いずれにせよ、急がねば)


彼の視線は、廃墟と化した古城の先――


まだ見ぬ“未来の勇者たち”の運命を、その眼に映していた。

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