第87話 ストラトスによるイクリス聖歴史学③「女神の民──四大種族」
ストラトスが胸を張って、高らかに名乗りを上げると──
「おお〜っ!」
ノアが目を輝かせながらパチパチと素直に拍手する。
一方で、その隣のカナリアは少しだけ顔をひきつらせていた。
(すごい演出だったけど……寝起きで濃厚な出汁がきいた鍋を、食べさせられた気分)
「ルルエ君、リーリャ君──よくやってくれた。とても良い演奏と歌声であった」
ストラトスが柔らかく頷きながら、ふたりに感謝の言葉を贈る。
「えへへ〜、それ程でも~!」
ルルエは照れたように肩をすくめ、尻尾をふりふりさせながら満面の笑みを浮かべる。
その横で、リーリャは静かにぺこりと一礼した。
「では、せっかくなので──君たちも、席に着きたまえ」
ストラトスが、舞台俳優のように手をくるりと回し、優雅に差し出す。
ふたりはうなずき、足音も静かにカナリア達の机へと歩いていった。
着席したリーリャのほうへと顔を向け、カナリアがぽつりと尋ねる。
「ストラトス先生って……たしか偉い人なんでしょ?」
するとリーリャは、真顔のまま頷いた。
「星セレスティア聖教の聖火派閥・副教皇ですよ。めちゃくちゃ偉いです」
「……うわ」
カナリアの顔がさらに引きつる。
副教皇──それは、聖火派閥のナンバー2という、とんでもない肩書だ。
下手なツッコミを言って気分を害すれば、投獄されたり……なんてことはないと信じたい。聖職者だしね。
今度はルルエが祈るポーズで手を組みながら、瞳を輝かせていた。
「ストラトス先生のお手伝いができた〜! 内申点爆上げだ~!」
(いやいや、こっちはどんなリアクションとっていいかで悩み中なんですけど!……)
「それでは──歴史学の授業を始めるとしよう!」
ストラトスが高らかに宣言し、両腕を大きく広げる。
その声には、どこか舞台俳優のような抑揚がある。
「はじめに見てもらった“創星記”──カナリア君、ノア君、君たちは知っているね?」
カナリアはゆっくりと記憶をたどる。
三歳の頃、たしか一度だけ母に絵本を読んでもらった記憶があった。
創造神が惑星に降り立ち、“六つの属性神”を生み出したという神話。
だがその中で、光の女神と闇の神だけは他の属性とは融合せず、いまも星の支配に関わっている──たしか、そんな内容だったはずだ。
カナリアは静かに口を開いた。
「たしか、“聖女様”が星の声を聴いて……その記録を残したもの、ですよね」
「ほっほっほっ、良く知っておる! 実によく覚えておるなぁ!」
「そんな君には、ゴーレムくんメダルを贈呈じゃ!」
そう言って、ストラトスの机から、ふわふわと浮遊する黄金の輝くメダルが一枚、カナリアの前に届く。
目の前でふわふわと浮かぶ黄金のメダルに視線をやりながら、カナリアは内心でツッコミの言葉を噛みしめる。
(なにこのメダル……っていうか、色々とツッコミどころ満載なんだけど)ウズウズ……
そんな中、ストラトスが次の問いを投げかけた。
「ノア君──質問じゃ! 我々六人には“共通点”と“違う点”がある。さて、わかるかな?」
ノアは机のまわりを見渡し、ふっと納得したように頷くと──
ふいに立ち上がり、なぜか舞台俳優のように軽くステップを踏みながら、手を広げ、声に抑揚を効かせてを響かせた。
「みんな、女神の民だけど……それぞれ、種族が違うと思いま~す!」
(……ノアさん!? 早速ストラトス先生の影響受けてるー!)
「正解! 君にも一枚、ゴーレムくんメダルを贈呈じゃ!」
「やったー!」
ノアは両手を上げて、子どものように喜んだ。
その様子を見ながら、カナリアは小さく肩をすくめる。
(……あ、正解すると貰えるシステムなのね)
「歴史学を語るうえで、まず“種族”のことを抜きには語れん」
そう言うと、ストラトスは祭壇に据えられた透明なクリスタルへと手を伸ばし、魔力を静かに流し込んだ。
直後──
ギィィ……カシャン……
低くうなるような機械音とともに、講堂の奥から重々しい足音が響く。
暗がりの中から現れたのは、──無機質な金属装甲をまとった一体の魔造工兵だった。関節部からは小さく蒸気が噴き出し、硬質なステップでこちらへと歩を進めてくる。
(……あの星を映し出してた、プロジェクターみたいな魔道具……って、ゴーレムだったのか)
カナリアはじっとその動きを見つめながら、驚きとともに内心でつぶやいた。
よく見れば、あの無機質な外装には、精密な魔術刻印が複雑に刻まれている。
ゴーレムが祭壇前で立ち止まり、胸部に埋め込まれた魔術核が、淡く光を放つ。
次の瞬間──
その頭上から、小さな惑星──イクリスの全景が、空中にふわりと投影された。
回転する星の立体映像には、くっきりとふたつの大地が浮かび上がっている。
東側に広がる光り輝く大地。
豊かな緑と、煌めく海に囲まれたそこは、《女神の大地》と呼ばれる人類側の領域。
ストラトスが指を鳴らすと、各地に小さな光点が次々と灯っていく。
それはまるで、星々のように煌めきながら、人口の密集地を可視化していた。
「女神の大地には、細かい種族を除けば──大きく分けて、四つの主要種族が存在する」
カナリア、ノア、リーリャ──三人の頭上に、淡いシルエットが重なるように浮かび上がる。
「人間族──才覚の種類が豊富で、属性に大きな偏りはない。やや“水”の聖環を受ける者が多い傾向があるが、全属性にまんべんなく適応性を持つ」
ストラトスの語りと同時に、女神の大地の全域に光点が広がっていく。
まるで夜空に星がきらめくように、人々の営みが地上を彩っていった。
「人口は最多。居住地は世界各地に広く分布し、各地に独自の文化圏が存在する。国家の形も王政、貴族制、共和国など様々──つまり、多様性こそが人間族の特徴といえるじゃろうな」
「──そして、その人間族の中心に位置し、全種族に影響を及ぼす存在がある」
星を投影していた光が一度消え、今度は女神の大地の中心付近──
星セレスティア聖教国の位置に、ひときわ強い光点が灯る。
「それが、星セレスティア聖教国じゃ」
「この国は宗教国家として、あらゆる才覚・聖印・属性に関わる記録と管理を担っており、種族や国家の枠を超えて、広く影響を及ぼしておる。まさに“信仰の中心”といえる存在じゃな」
ストラトスは胸を張り、声に力を込めて続ける。
「女神セレスティアは──全種族から見ても“唯一神”に近い存在。そしてその女神を信仰するこの国の“地位”と“権威”は……まさしく、偉大そのもの──じゃな!」
「続いて──エルフ族」
そう告げた瞬間、スポットライトがふわりと移動し、マルシスの席にやわらかな光が差し込む。
講堂上空に投影されたイクリスの星図には、西北方の広大な森と、そこからそびえ立つ一本の巨大な塔が浮かび上がっていた。
「エルフ族──世界最高峰とされる《月詠の塔》に首都を構える、不老の民じゃ」
「森に住まう部族も多く、誇り高く、美しい。やや閉鎖的な傾向こそあれど、弓術・純魔法・薬学においては卓越した才覚を持ち、主に“風”と“光”の属性に親和する者が多い」
その説明を受けながら、マルシスは静かに──ほんのわずかに胸を張った。
無表情ではあるが、どこか誇らしげである。
ストラトスがひとつ咳払いをすると、今度は彼自身の席に、柔らかな光が差し込んだ。
同時に、空中に投影されたイクリスの映像が切り替わる。
ごつごつとした岩山が連なり、まるで大地が隆起したような壮大な山岳地帯が浮かび上がった。
「ドワーフ族──創造の才を持つ民。この世界最大の山脈地帯、《ドルガン》を首都としておる」
ストラトスはどこか誇らしげに胸を張る。
「鍛冶、建築、工芸などの才覚に長け、火と土の属性に親しむ者が多い。武器や建造物といった“かたちあるもの”にこそ、魂を込める民族じゃな」
そして、静かに目を細めて言葉を継ぐ。
「……古代の伝説の剣から、いま用いられておる最新鋭の技術にいたるまで──それらはすべて、我らの手によってこの世界にもたらされておるのじゃ」
その表情には、自分の民族を語るときだけに見せるような、どこか嬉しげな微笑みが浮かんでいた。
そのとき、マルシスがカナリアにそっと身を寄せて、小声で囁いた。
「──君が先日壊したゴーレムも、ストラトスのお手製ですよ」
(……やっぱり、そうですよね)
カナリアはピクリと肩をすくめた。
さっきゴーレムが登場した時点で、うすうす感づいてはいたが──
(どどめを刺さないでください、マルシス先生……)
カナリアはそっと視線をそらした。
そういえば──以前、大浴場の給湯システムが壊れたときにも、
「これ、ストラトス先生がいないと直せませんね」なんて会話が聞こえてきた気がする。
どうやらこの空中庭園では、
機械設備の管理=ストラトス先生という構図らしい。
最後に、講堂の天井から柔らかな光がふわりと降り注ぎ、ルルエの頭上を優しく照らした。
「そして──獣人族」
空中に映し出されたイクリスの南東部には、広大な森林地帯と、大河、そして広大な一枚岩が広がっている。その岩の麓を中心に、力強い大地と、まるで牙のように突き立つ城郭のような建造物が浮かび上がった。
「拠点は《獣王国ガイアス》。
自然との結びつきが強く、身体能力や動物との親和性に優れた才覚を持つ」
「属性は主に“土”と“闇”。
直感と実行力に富み、どの種族よりも“体で覚える”ことに長けておる」
「はーいっ! 考えるより、まず行動第一主義でーす!」
ルルエが元気よく手を挙げると、耳がぴこぴこと揺れ、しっぽがぶんぶんと振られていた。
そのあまりのノリの良さに、講堂にはくすくすと笑い声が広がっていく。
「――これら四つの種族を総じて、我ら聖教では“女神の民”と呼んでおる」
語りながら、ストラトスの声色がほんの少しだけ低くなる。
講堂に漂っていた温かな空気が、ふと張り詰めたように感じられた。
「だが──語らねばならぬ、もう“ふたつ”の種族がある」
その一言で、講堂内の光が少しずつ落ちていく。
女神の大地を映していた星図は、ゆっくりと反転し、反対側の暗黒領域を映し出す。
「そう。一つは、君たちも知っている通り──“魔族”という存在について、だ」
(……来た)
魔族について──それは、どの文献を読み漁っても、断片的な記述ばかりで、まとまった情報はほとんど見つからなかった。
実際に戦ったことがあっても、奴らの“正体”は掴みきれなかった。
(……でも、“もうふたつ”って言ってたよね?)
(ってことは、魔族とは別に──“もう一つ”、何か重大な種族が存在するってこと?)
だが、いまこの場にいるのは、聖教内でも高位に位置する聖火派副教皇ストラトス。
彼が、あえてこのタイミングで語り始めるということは──
(……もしかすると、今回の“魔族襲来”だけじゃなくて、それ以上の“真相”に迫れるかもしれない)
カナリアは知らず知らずのうちに、息をのんでいた。
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