第83話 赤髪エルフ──マルシスによるイクリス魔法学④「有利条件と属性看破」
「君たちにはまだ、いくつか伝えていないことがあります。」
「魔法というものは、使用する“場所”や“地形”の影響を、非常に受けやすいのです」
風に髪を揺らしながら、マルシスの声は淡々と続く。
「たとえば、燃え盛る火山地帯では炎の魔法の威力や効果が大きく上昇します。
反対に、風の魔法は周囲の熱気に阻まれて、その力を失いやすい」
研ぎ澄まされた魔力の気配が、空気ごと肌を切り裂くように走った。
それは見えない刃のように、カナリアの背筋を撫でていく。
魔法が使えない身であっても、感じ取れるほどの“格”。
ただそこに在るだけで、空間そのものが張り詰める。
(……これだけ明確に魔力が伝わるなんて)
ノアが、あの場で真正面からその気配を浴びているのだとしたら──
彼はきっと、私以上にその“強さ”を、体の奥で理解しているに違いない。
(マルシス先生の、本当の力を……)
マルシスは軽く指を鳴らすと、両の手を広げて空中に魔力を巡らせた。
その気配はすぐさま地面に染み込み、演習場全体にゆっくりと拡がっていく。
すると──
ヒュオオオオ……!
突如、空がかき曇り、冷たい風が吹き荒れはじめた。
地表に白い霜が広がり、地面の緑が瞬く間に雪と氷に覆われていく。
気づけば、先ほどまで穏やかだった演習場は、見渡す限りの氷原地帯へと姿を変えていた。
カナリアは思わず目を丸くした。
(……え? ちょっと待って。これって……)
(明らかに、ノアの得意な“氷魔法”に有利な地形じゃない?)
マルシスはゆっくりとノアのほうを見やると、静かに言葉を投げかけた。
「ノア君。この状態で──“完全詠唱”による氷属性の防御魔法。
《氷壁》を詠唱して出現させてください」
ノアは一歩前に出ながら、マルシスの圧倒的な魔力に気迫負けしないよう、ぐっと顎を上げて強がった。
「わかりました。……でも、いいんですか?いま、この場所って──ぼくにとって“得意な地形”ですよね?」
マルシスはわずかに目を細めながら、意味ありげに答える。
「ええ。だからこそ──です」
そして、一拍置いて。
「ちなみに全力でお願いします。そうでなければ君の命に、関わりますので。」
「…………っ!!」
ノアの表情が一瞬で引き締まった。
目の前の女性が何をするつもりなのか、まったく読めない。だが、ひとつだけ確かなことがある。
──これは、本気だ。
ノアは胸の奥で強く息を整える。剣と同じくらい魔法には自信がある。ましてや、得意分野の氷ならば絶対に負けない──そう自分に言い聞かせるように、瞳に決意の光を宿した。
ノアは氷の演習場の中心に立ち、深く息を吸った。
ゆっくりと両手を前に掲げ、静かに目を閉じる。
演習場を覆う氷原から、さらなる冷気が立ち昇っていく。
「凍てつく壁よ……」
その口元が、低く術文を紡ぎ出す。
「流転の氷を束ね、障壁の名のもとに結実せよ──」
「いま、我が命令を受けて立ち塞がれ──」
空気が張り詰め、霜が舞い始める。
足元には魔法陣が幾重にも重なり合い、淡く青い光が脈動する。
「《氷壁》!!」
その瞬間──
ゴウンッ!!
地鳴りのような音を響かせて、マルシスとノアの間に氷の壁が次々と立ち上がった。
一枚、また一枚。
冷気をまとった透明度の高い防壁が、間断なくせり上がっていく。
二枚、三枚、四枚……。
壁ごとに構造がわずかに異なり、厚みや紋様、氷の濃度までもが変化していた。
五枚……六枚……七枚──。
冷気が強まり、あたり一帯の視界が白く霞む。
八枚……九枚……そして──
十枚目の壁が、地を揺らして出現した。
ノアは一瞬「これで十分か」と思いかけたが、脳裏にマルシスの挑発がよみがえる。
「でなければ──君の命に、関わりますので」
その言葉を思い出した瞬間、ぐっと奥歯を噛みしめ、さらに魔力を注ぎ込む。
氷の奔流がうねり、最後に立ち上がったのは重厚で荘厳な“氷門”だった。
それはもはや防壁ではなく、一個の要塞。氷の城門のように聳え立ち、見る者を威圧する存在感を放つ。
カナリアは息を呑んだ。
(な、なにあれ……!?)
(ただの防御魔法じゃない……もはや要塞じゃん!)
マルシスはその前に立ったまま、冷ややかに言葉を零す。
「……想定以上ではありますが、問題ありませんね」
その響きに、ノアはわずかに眉を跳ねさせる。
そして、氷門を背に自信あり気に、にかっと笑ったみせた。
「いまさら泣き言いっても、もう遅いですよ先生?」
マルシスは、風にそよぐ赤髪をかすかに揺らしながら、淡々と告げる。
「私の先天属性は“風”と“光”……炎の魔法は、最も不得意な属性です」
淡々とした口調は変わらない。
だがその瞳の奥に、ふっと刃のような光が宿る。
そして彼女は、ゆるりと地に着地した。靴底が雪畳を鳴らし、張り詰めた空気をさらに緊迫させる。
「それでも、あえてやります」
「“苦手な炎”で、あなたの“壁”を穿ちます」
ノアは両手を腰に当て、誇らしげに胸を張る。
「言っときますけど──“勇者の壁”は、ぶ厚いんですからね? あやまるなら今のうちですよ? マルシス先生」
(……また調子のってる)
カナリアは呆れたようにため息をつき、こめかみを押さえた。
だが、次の瞬間。
ノアの言葉などまるで意を介さぬように、マルシスは右手を突き出し、指の形を銃を構える姿勢をとる。
そして、顎を引き一言。
「──では、いきます」
纏っていた魔力が一瞬にして凝縮し、彼女の全身から指先へと流れ込む。
その刹那、空気が軋む。
「──光炎穿閃」
直後、指先から奔った紅蓮の閃光が、雷鳴のような爆ぜる音とともに空気を裂いた。
まっすぐに──“完全詠唱で生成された氷壁”一枚目へと放たれる。
放たれた魔弾は、燃え広がる火球ではなかった。
それは──収束された一点の熱線。
空気が軋み、空間が“焦げる”ような感覚と共に、閃光が疾走する。
シュウィィィィィィンーーー!
鋭く焼けるような音が響いた。
次の瞬間、ノアの氷壁──その三枚目が甲高い“裂け音”とともに一瞬で貫かれた。
砕ける音も、崩れる気配すらない。ただ、穿たれた“穴”がひとつ、そこにぽっかりと開いている。
まるでガラスを細い針で貫いたような、異様に“静かな破壊”だった。
氷は焼けるよりも、削られるように融かされていた。
まるで──高出力の魔導レーザー。いや、それ以上。
(炎……じゃない。これ、もう“電磁砲”の域じゃん……!)
カナリアが目を見開き、息をのむ。
ノアもわずかに表情を引きつらせながら、氷壁の残りを振り返る。
「なっ! 不利な条件なはずなのに、なんで……!?」
四枚目を貫き、五枚目に突入した瞬間──
今度は貫通と同時に、**風圧混じりの“爆裂音”**が響いた。
氷壁の一部がたわみ、“ボゥンッ”と空気を押し出すような衝撃波が広がる。
「くそっ……!」
ノアは咄嗟に魔力を送り込み、構造の補強に集中する。
止まらない。
放たれた魔法は光と熱と風を収束させた、限界ぎりぎりまで絞り込んだ“一点の熱線”そのものだった。
進撃するそれは、むしろ──美しい。
研磨された刃のように、光の線を描きながら氷を貫いていく。
七枚目の防壁に触れた瞬間──
氷の表層が“ねじれるように波打ち”、一瞬“軋むような悲鳴”をあげる。
明らかに、これまでのような直線的な破壊ではない。
「止まらない……っ!」
ノアの額に汗が滲み、口元がわずかに震えた。
思わず悲鳴をあげそうになる口をぐっと閉じ──
「くっ……!」
右手を突き出し、氷壁へと魔力を送り込む。
それだけでは足りないと察したのか、左手を自らの右手首に添え、強制的に魔力の循環路を開放した。
「……魔力、もっと……回さないと……!」
肩が震える。
全身を巡る冷気が、まるで逆流するようにノアの身体を締め上げる。
だが、止まらない。
マルシスの熱線は、十枚目の防壁──氷の城門のような最終壁へと迫っていた。
「……あれ……炎の中に、何か……」
マルシスの放つ“炎の魔法”は、確かに熱を伴っている。だが──
その中心には、光の螺旋が絡みつくように回転していた。
(……光だ。これは……まさか……!)
「先生の先天属性は“風”と“光”……」
「……光属性!? まさか──合成魔法……!?」
そう呟いた瞬間、10枚目最後の氷門の射出点がジワリと溶け出す。
「間に合え!」
ノアが魔力を送り込んだ瞬間、マルシスの目が、淡く細められた。
「──終わりです」
バシュン!!
“ドォン”という重く鈍い衝撃音と共に、最後の一枚──巨大な氷門である最終防壁が、中央から貫かれた。
辺りを包む激しい水蒸気の中、ノアの息遣いだけが聞こえる。
「はぁ……はぁ……っ、なんとか……抑えた……!」
ノアは汗を拭うように額に手をやり、必死で呼吸を整えながら顔を上げる。
貫通した穴の奥、氷壁越しに立つマルシスと視線が交わった。
無表情のまま、彼女はふいに指先を唇へ寄せる。
──そして、軽やかに投げキッス。
チュッ。
その仕草に合わせて飛んだ魔法の炎は、貫通した氷壁の穴をすり抜け、宙でふわりとハートの形を描いた。
くるくるとひと回り旋回して──ノアの額へ一直線に迫る。
ジュッ……!
「……あっっっっっっっつうぅぅぅぅぅ!!!??」
ノアの叫びが、演習場に響き渡った。
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