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第81話 赤髪エルフ──マルシスによるイクリス魔法学②「完全詠唱・簡易詠唱・詠唱破棄」

 マルシスは指先で宙に浮かぶ魔導具をひと撫でし、淡々と語り始めた。


「では──実際に、魔法発動までの一連の流れを説明します」


 その言葉と同時に、彼女の机の上に置かれた薄い羊皮紙がふわりと浮かび上がった。

 周囲には錬金術式で加工された魔導枠が施されており、魔力に反応して微かな光を放っている。


「こちらは、《詠動写紙えいどうしゃし》と呼ばれる記録映像媒体です。星セレスティア聖教国の学園より提供を受けた、実際の模範演習記録になります」


 マルシスが指先で羊皮紙の縁に軽く触れると、その表面が水面のようにふるりと波打った。

 続いて光が瞬き──やがて、まるで“窓”を覗き込むように、奥行きのある映像が浮かび上がる。


(うわっ……なにこれ、電子PADの魔法版!? すごー……!)


 思わずカナリアが声を上げた。


「先生! この羊皮紙も、魔法の一種なんですか!?」


 マルシスは首を小さくかしげると、淡々と答えた。


「これは、どちらかといえば──私の専攻分野である“錬金術”の技術になりますね。魔導金属と記録式羊皮紙を融合させた、映像記録媒体です。仕組みの詳細は複雑ですが……」


 一拍置いて、表情も声も変えぬまま、さらりと続けた。


「──とはいえ、今日は“魔法”の授業です。錬金術については、また別の機会に説明します」


「うわ……気になる……!」


 カナリアはぼそっと呟きつつも、前のめりになって羊皮紙をのぞき込んだ。


 そこに映し出されたのは、石造りの訓練場に整然と並ぶ、聖教国の中等部と思われる制服姿の生徒たち。

 厳かな空気の中、彼らが規則正しく詠唱を唱える姿が、静かに再生されていく──。


「魔法を発動するには、大きく分けて三つの流れを踏む必要があります。①詠唱、②魔力と属性の融合、③発動──この順番です」


 映像内の生徒が、指を胸元に当て、静かに詠唱を始める。

 その言葉と同調するように、マルシスの言葉が重なる。


「術者はまず詠唱によって、自身の内にあるマナを整えます。そして、それを星と属性神へと捧げる──その祈りの結果、神々から“奇跡”として力がもたらされる。……これが、魔法の本質です」


 カナリアは釘付けになっていた。

 羊皮紙の中で展開される映像──輝く詠唱陣、溢れる魔力、発動の瞬間に咲く光の花。


(うわ……ほんとに動画みたいに“見える”んだ……)


 講義を聞きながら、カナリアの脳裏にふとした疑問がよぎった。


(……あれ? 今までノアが魔法を使うところ、何度も見てるけど──詠唱してるの、見たことないような……)


 思考より早く、手がぴんと上がっていた。


「マルシス先生、質問です!」


「どうぞ」


「ノアが魔法を発動してるの、何度か見たんですけど……詠唱してるところ、見たことなくて。詠唱って、本当に必要なんですか?」


 その言葉に、ノアが「あっ」と短く声を上げた。


「……たしかに。気にしたことなかったけど、僕、詠唱とか魔法名……言ってないかも」


 カナリアが思わず振り返ると、ノアは真顔でぽつりとそう呟いていた。


(……自覚なかったんかい!?)

 思わず左手でノアの胸にツッコミしそうになりながらも、カナリアはぐっと堪えた。


 マルシスはわずかに頷きながら、机上の羊皮紙に手をかざした。


「良い質問です。──詠唱には、大きく分けて三種類の形式があります。記録を見ながら説明します」


 羊皮紙の表面が再び淡く光り、映像が切り替わった。


 まず映し出されたのは、長い金髪を束ねた少女が、魔法陣の前で詠唱と魔法名を唱えている映像。


「光満ちる天の座よ──我が声を聞き届けよ。罪を穿ち、正義を導く聖なる槍を、ここに召喚せしめん。

我、契約を結ばん──《光罰聖槍ルクス・レギア》!!」


 その詠唱に合わせて陣が展開し、天から降り注ぐように光の槍が顕現した。


「まず、これが“完全詠唱”。術文と魔法名の両方を唱える正式な形式です。契約が最も正確に行われるため、威力・安定性ともに最大……ですが、詠唱に時間がかかるため、戦闘では隙となります」


 カナリアは説明を聞きながら、思わずゲームや漫画のシーンを思い出していた。

 詠唱が長く、発動すれば一撃必殺のド派手な魔法──まさに“大魔法”と呼ばれるようなものだ。


 成功すれば一発逆転も狙える“究極呪文”だが、その分発動までの隙は大きく、仲間が援護してくれない限りは使いどころが限られる。


(完全詠唱は独りで使うには、かなりリスクの高い選択ってことだね。)


 続いて映し出されたのは、黒髪の少年が魔法名だけを短く唱え、鋭い風刃を一閃させる場面。


「斬り裂け! 《裂空刃ウインド・ブレード》!」


「ふたつ目、“簡易詠唱”。魔法名のみを唱える略式です。即応性が高く、実戦でよく使われますが、契約が不完全なため、効果は七割程度にとどまります」


 カナリアは眉をひそめながら、羊皮紙の映像をじっと見つめた。


(詠唱のリスクを最大限に減らして、威力も効果もそこそこ……これが一番、戦闘向きのスタイルってことか)


(でも、威力が七割──数値にすれば、約三分の二。実力が拮抗しているギリギリの戦いだと、これはどっちに転ぶかわからない……)


 彼女の頭の中では、すでに剣と魔法が飛び交う実戦のシミュレーションが始まっていた。

 瞬間ごとの判断、命のやりとり──。

 その中で「七割」では足りない場面が、必ずある。そう感じていた。


 そして最後に再生された映像──少年が無言のまま手をかざし、水の槍を空間に顕現させる。


「そして、“詠唱破棄”。これは発動魔法を完全に理解している場合に限り可能な、熟練者の発動形式です」


 それを見ていたノアが、羊皮紙を指差しながらぽつりと呟いた。


「……あっ、これ僕がいつもやってるやつだ」


(無自覚天才発言きたーー……!)

 カナリアは少しひきつった笑みを浮かべ、どこか呆れと感心が入り混じった気持ちで机に肘をついた。


 今度はノアが、ひょいと手を上げた。


「じゃあ──戦闘では基本、“簡易詠唱”で戦ってればいいってことですか?詠唱もいらないし、そこそこ強い。詠唱破棄は、一部限定みたいだしね」


 その問いに、マルシスは一瞬目を見開いたあと、ふっと小さく微笑んだ。

 普段の無表情には珍しい、やわらかな笑みだった。


「普通は、そう思いますよね?」


 彼女は手をひと振りし、宙に魔力の光を走らせる。

 先ほどの《詠動写紙》とは違う、別の魔導式が空間に一瞬だけ輝いた。


「でも、私たちにはそれぞれ自分の“先天属性”というものがあります。……それこそが、魔法の面白いところなんです」


 そして、マルシスはノアのほうへと顔を向けた。


「ノア君。君の剣の腕は、先日のアデルとの立会いで見させてもらいました。では──魔法については、どうですか? 自信はありますか?」


 ノアは一拍置いてから、迷いなく頷いた。


「はい。もちろん!」


 マルシスは軽く頷き、手をひらりと弾く。


「では、ちょっと……魔法演習場に出てみましょうか」


 その言葉と同時に、カナリアとノアの体がふわりと宙へ浮かび上がった。


「えっ、ちょ──!?」


 カナリアが慌てて足をばたつかせるが、重力が抜けたかのように身体は安定して浮いている。


「重力解除と飛翔の複合魔法です。心配いりませんよ」


 マルシスは涼しげな顔のまま、開放窓のほうへと歩いていき、手をかざして魔法障壁を解除した。

 バリアがすっと消え、講義室内に風が流れ込んでくる。


 高く晴れ渡る空。流れる風。遠くに霞むイクリスの大地。

 三人の体はゆっくりと浮遊を保ったまま、空中を進み始めた。


(……空、飛んでる……!)


 吹き抜ける風が制服をはためかせる。

 足場のない空を、ただ“魔法”だけで進んでいく感覚。

 カナリアは──心の奥が、ふわりと浮き上がるような感覚に包まれていた。


 しばらくして、視界の先に魔法演習場の広大な屋外スペースが見えてきた。

 地面には幾何学的な魔力制御陣が走り、上空には透明な結界膜が張られている。

 マルシスが軽く手を振ると、結界がふわりと揺れ、三人を迎え入れるように開いた。


 ゆっくりと着地したその場所には、魔力の残響が微かに漂っていた。

 空気中に散る光の粒が揺れ、訓練の静寂を包み込むように舞っている。


 マルシスは中央まで歩き、顔だけを少しコチラに向けたまま言った。


「座学ばかりでは、どうしても眠くなりますからね。──ノア君、少し実技を試してみましょうか。カナリアさんも対魔法の技術としてよく見ていてください。」


 その背を追いながら、カナリアは小さく息を吸った。


(魔術のプロが、目の前で魔法を見せてくれる……!)


 ワクワクとした高揚感が胸の奥に広がっていく。

 今日この瞬間から、きっと何かが始まる──そんな予感がした。

※補足※

魔術=魔法を使うまでの一連の流れや動作そのものを指します。

魔法=魔法そのものを指します。


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