第79話 空島からの帰還
◆――浮遊島・夕刻
茜色の空が浮遊島ギルバートレアーを染める中、カナリアとノア、そして賢者班の面々は、朝に到着した磁空石前の転移場へと集まっていた。
「今日は初日で疲れただろう。家でゆっくり休むといい」
爽やかな笑顔で声をかけるアデル。
「明日も美味しいごはん、たくさん作るからね!」
「お部屋のお掃除は、私にお任せください!」
ルルエとリーリャがそろって胸を張り、息ぴったりに声を響かせる。
カナリアは思わず笑い、緊張が少しほぐれた。
「……ご両親に、よろしく伝えてくれ」
ギルバートは短く告げるが、その声音には確かな温かみが宿っていた。
「みんな! 今日はありがとうございました! また明日!」
双子は揃って深く頭を下げる。
カナリアは胸の中に今日一日の出来事を反芻しながら、そっと息を整えた。
朝の浮島の感動から始まり、魔造工兵との試合、ノアとアデルの立ち会い、大浴場でのひととき……本当に盛りだくさんだった。
けれど、振り返ってみれば「いい出だし」だったと思える。二人の仲も険悪になるどころか、むしろ絆を深めていた。
明日からは本格的に学びが始まる――だからこそ、今夜はシンシアママの料理を食べてぐっすり眠りたい、と心から思うのだった。
その横で、マルシスが無言のまま杖を掲げる。
「では、いきますよ。――《空転の律》」
澄んだ詠唱とともに、彼女と双子の身体はふわりと浮かび上がり、光の軌跡を描きながら夕暮れのオレンジ色の空へと吸い込まれていった。
見上げるギルバートの耳に、アデルの声が届く。
「ギルバート様――」
「どうした?」
「……二人の剣の“正式な先生”。早急に手配をお願いします」
アデルはまっすぐな声で告げる。だがその表情はどこか柔らかく、湯気の中で笑っていたあの時のような人の温かみを帯びていた。
「お前は指導しないのか?」
「いえ、当面は私が担当します。でも僕なんか、すぐ追い抜かれるでしょう。約束の7年後はどうなっているか分かりません」
アデルは自嘲気味に肩をすくめ、しかしすぐ真剣な瞳で続けた。
「彼らの才能を伸ばすためにも、より指導役にふさわしい剣士を選任してください」
ギルバートは髭を撫でながら小さくうなずく。
「ふむ……お前より強く、しかも二人を導ける人間となると……指で数えるほどしかいないな。選任自体は楽だが、受けてもらえるかどうかが問題だ」
アデルはいたずらっぽく笑みを浮かべて返す。
「だからこそ、ギルバート様に頼んでるんですよ」
その笑顔は若者らしく無邪気で――けれど双子を思う真摯さが込められていた。
◆――夜、グレンハースト家自宅にて
「ただいまー!」
扉を開けて元気よく飛び込むカナリアとノア。
「おかえり!」
シンシアとエルドが揃って明るく声を上げ、にこやかに二人を迎える。
台所からはいい匂いが漂い、家全体が温かい空気に包まれていた。
その背後から、マルシスが静かに入室する。
「シンシアさま。お二人は入浴は済ませました。それと――」
マルシスが言うと、台所からシンシアが顔を出した。手には木べらを持ったまま、少し驚いたように瞬きをする。
「はい?」
「……次は、クッキーをお願いいたします」
「は、はい?」
一瞬きょとんとしたシンシアだったが、すぐにくすっと笑い、小さくうなずいた。
シンシアは差し出されたバスケットをマルシスから受け取ると、中にはボトルに入った淡い色の粘液が入っていた。
「これは……?」
「私が調合した洗髪剤です。香り高く、保湿性にも優れています。お礼です」
「まぁ……ありがとう! 嬉しいわ、こんなの初めて……」
シンシアの瞳がぱっと輝き、思わず胸の前でボトルを抱きしめる。
そんな彼女に、マルシスはじっと視線を向けて言った。
「シンシア様――朝より肌艶がいいですね。何か特別なことが?」
「へっ!? な、なにもないですよ! 急に変なこと言わないでください、マルシスさん!」
シンシアは木べらで赤い顔をうちわのように仰ぎ、慌てて取り繕った。
カナリアとノアは「?」と目を丸くする。
「それより、お腹すいた~!」
「うわっ、今日のご飯……すっごい豪華じゃん!」
テーブルには煮込みシチューに焼きたてのパン、ローストした肉と野菜。普段よりもずっと豪勢な食卓に、双子は目を輝かせる。
「ねぇねぇ、なんかの記念日? お母さん、いいことあったの?」
カナリアの問いに、シンシアは更にぱっと顔を赤らめ、視線を泳がせた。
見かねたエルドが、慌てて口を挟む。
「ほ、ほら今日はな! 記念すべき修行一日目だろ? だからだ、あっはっはっ!」
「そ、そうそう! そういうことなの!」
夫婦が慌てて笑い合う様子に、ノアは首をかしげる。
一方カナリアは――ふっと目を細めた。
(……ふふ。そういう事ね。夫婦仲がいいのは家庭円満の秘訣だね)
そんな姉弟の温度差をよそに、シンシアはさらに赤い頬を隠すように皿を並べ直すのだった。
やり取りの最中、玄関が閉まる音がした。
カナリアが耳をぴくりと動かし、庭へ出ると――そこには、既に詠唱を終えて宙に浮かぶマルシスの姿があった。
淡い光を放つ魔法陣が足元に浮かび、夜風に髪をなびかせながら、ゆっくりと空へと上昇していく。
「マルシスさん、さようなら。……明日は何の授業?」
問いかけに、マルシスはわずかに目を細め、誇らしげに答えた。
「イクリス星魔法学について、ですね。……講師はもちろん、私です」
そう言い残すと、その身は夜空のきらめきに溶け込むように遠ざかり、やがて星々のひとつと見分けがつかなくなった。
静かな夜の中、次なる冒険の予感が胸を満たしていく。
窓から漂ってくる夕食の香りが、グレンハース家を温かく包み込み――その温もりは双子をやがて安らかな眠りへと誘っていった
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