第7話 誰が最初の一手を打ったのか
双獄狼オルトロスその牙が唸り、涎を垂らしながら、口を開く。
「グルルルル……グゥオオォォッ!!」
右の頭から吹き出されるのは、極寒のブレス。
一瞬で床を凍てつかせ、空気ごと氷の霧へと変える。
吐息が触れた瞬間、石畳は白銀の棘を立て、凍気が音を立てて広がった。
ギルバートは双獄狼オルトロスのブレスに合わせ即座に詠唱する。
「《 水纏障》!」
水の膜が張られ、ブレスの直撃を受けて瞬時に凍結し、氷の氷幕を創り出す。
だが次の瞬間――左の頭が、喉奥に紅蓮の魔力を灯す。
ごぉ……っ、と重く低い唸りとともに、口腔に灼熱の焔を溜め込み――
灼熱の火焔を、一気に吐き出した!
火炎と氷がぶつかり、蒸発した蒸気が霧となって広間を包んだ。
「……霧でかくれんぼですか?」
軽口を叩いたゼムノスだったが、その直後には音もなく空中へと跳躍し、宙に静止する。
蒼き魔眼がぎらりと光を帯びる。
「私には――すべてが視えている」
ゼムノスの全身から魔力の波動が広がり、まるで波紋のように霧へと浸透していく。その探知精度は鋭く、わずかな魔力の揺らぎすら見逃さなかった。
(……そこか!)
瞬間、彼は魔力を収束させる。
「《ドゥマルクの風》」
魔族の風が轟きと共に吹き荒れ、霧を一気に吹き飛ばす。風圧は広間の空気をねじ曲げ、石畳すらかすかに削る凶風だった。
露わになったのは、地を砕きながら唸る魔獣の双頭――双獄狼。そしてその奥、霧の帳から現れたのは――
両手に魔力を迸らせ、構えを取る賢者ギルバートの姿だった。
「鬼が見つけるまでの時間は稼いだぞ!」
ギルバートが広間に巡らせた魔力が、陣を成して紫色に輝き出す。
「《重圧縛陣》!」
空間そのものが「ドウゥン……!!」と低く唸り、地鳴りと共に石畳が割れ始める。
強力な重力による“下”への圧が、あらゆる存在を押し潰しにかかる。
広間の石床が悲鳴を上げ、双獄狼は脚部が沈むようにめり込んでいき
双頭の口すら開ける事が叶わず、強制的な服従を強いてるかのようであった。
「グルルッッ……!」
魔獣の動きが止まり、弱弱しく呻く。
だがゼムノスが一歩踏み出し、魔力を込めて魔眼を開く。
「何をしている!双獄狼…跳ね除け!押しつぶすのだ!!」
双獄狼の双眼が鈍く輝く。
重力魔法をその身に受けながらも、怒涛の魔力で反発し――
「グガアルルルッ!!」
炎と氷の息が尾を引き、咆哮が空間を裂いた。
そして――
全てを喰らい尽くさんとする狂気の質量が、圧倒的な破壊衝動と共に奔る!
巨体が空間を裂きながら一直線にギルバートを目がけて迫る!
「くっ……!」
「《ホーリー・ウォー……!」
(だめだ、間に合わん……ならば!)
詠唱途中、光の壁が歪に膨らみ、不完全なまま展開される。
ギルバートは即座に腰へと手を伸ばし、ベルトに仕込まれた小筒から
銀色に煌めく短剣状の魔具を引き抜こうとするが――
そのまま双獄狼の巨体が衝突!
ギルバートの身体が後方へ吹き飛び、石柱に激突し鈍い音が響き渡る。
「ぐはっ……!!」
「クックックッ今のは相当堪えたようですね。骨の軋む音がきこえましたよ」
「・・・ああ、確かにいたいダメージだがこれは“直接触れないと発動しない”のでな!」
ギルバートの指がわずかに動く――
突進の際、双獄狼の首元に設置型の罠魔法具を刺し仕込んでいたのだ。
まばゆい光の鎖がオルトロスの首から伸び、たちまち全身を拘束。地面へと叩きつけるように固定していく。
「――《アンダロスの鎖》」
鎖が起動し、黄金の輝きが一気に双獄狼オルトロスの全身へと走る。
「グゥオオオオオッ……!」
魔獣が呻き、暴れようとするが、四肢が強制的に地面に固定され、完全に動きを奪われる。
「無駄だよ。竜種でも簡単には拘束はとけない代物だ。躾のなってない犬は鎖につないだぞゼムノス」
巨体がゆっくりと倒れ、地鳴りが広間を揺らした。そして核心へと迫るギルバート
「そしてゼムノス……お前の眼は、万能じゃない。――“情報が不完全な瞬間”を、視ることはできないんだろう?」
「そもそも貴様の未来視が完全なものなら……初撃の三槍で、私はすでに仕留められていたはずだ」
その言葉には、確かな事実が込められている。さらに彼は続けた。
「オルトロスへの攻撃にも、貴様は対処できなかった。それがなによりの証拠だ」
だが、とギルバートは僅かに眼を細める。
「……一方で、私からの直接攻撃――致命傷となる一撃に対しては、貴様は確実に回避してきた。死角からの攻撃ですら、だ」
「貴様の魔眼は“自身の致命傷に至る未来”しか視えていない。戦闘中においては、だが……それで正解か?」
その一言にワナワナと魔力を沸騰させるゼムノス。
「なんだと貴様・・・・!!」
ゼムノスの声が、広間の空気を裂いた。
「これは、魔神様より授かりし“全知の魔眼”!!」
彼の叫びと共に、蒼く発光する魔眼がギラリと輝き、黒い魔力が爆風のように迸る。
「戦闘中の制約を“ひとつ見抜いただけ”で……!!」
彼の足元から影がうねり、床の石畳を砕く。
「――いい気になるなよ、賢者ァァァッ!!」
魔力の奔流が天井まで吹き上がり、残っていた崩れかけの石柱が一斉に砕ける。
広間が、ゼムノスの怒りによって、暴風域へと変わった。
ギルバートはその場で、ひとつ息を吐く。
「……ついに本性か。 お前も、“未来が揺らぐ”と感情を抑えられないらしいな」
ゼムノスは嗤う。
「未来が揺らぐ? 違うな――ならば、揺らがぬように塗りつぶすまでだ!」
その瞬間――ゼムスの両手が、まるで禍々しい祭壇のような魔法陣を構築する。
「……この“未来”は、まだ選べる。 ならば私は、すべてを削り取ってでも、正しい結末に到達するだけだ!そして…………こそこそ隠れているお前の仲間ごと消し去ってくれよう!」
ギルバートの周囲に、黒く濁った“靄”のような霧が立ち上る。
「《黒死葬暦》……」
空間そのものを黒く塗りつぶし、塵も記憶も痕跡も残さずに“消去”する禁呪。希望すら沈むような黒の魔が、ギルバートを囲むように侵食していく。
「選択肢を潰すのではない……存在そのものを、無かったことに……っ!」
広間の床が黒く染まり、壁が“染み”のように消失していく。
ギルバートの周囲から、あらゆるものが音もなく“失われていく”。
ゼムノスの未来視が、現実そのものを塗り潰すフェーズに入ったのだ――!
だがギルバートの瞳に、諦めはなかった。
外に潜んでいた仲間の存在――どうやら、気づかれていたらしい。
しかし、このままでは巻き添えにしてしまう。
それだけは、絶対に避けなければならなかった。
ギルバートは静かに詠唱に入る。
「《属性結合式》……光・火・土―― すべての基盤にして、戦場を貫く三柱よ……!」
空中に展開される三重の魔法陣。それぞれが異なる色で煌めき、やがてひとつへと統合されていく。
「照らせ、燃やせ、築き上げろ!」
ギルバートが両手を前に突き出し、詠唱を締める。
「――《女神の大灯台》!!」
ズゴォォォォォン――ッ!!
閃光と共に、空間を突き抜ける大爆発が発生した。地面から突き上げる岩槍、空を焼き尽くす火柱、そして全体を包む神聖なる光。三属性が融合したその一撃は、塗りつぶされた世界を逆に“上書き”するように光を放つ。
「貴様の未来視が支配するこの空間……ならば、こちらから“新たな運命”を構築するまでだ!」
ゼムノスの《黒死葬暦》が光に焼かれ、煙のように後退する。影と闇、滅びの色が、白き輝きの奔流に押されていく。
その中心で、勢いは止まらずさらに加速しゼムノスの身体が一瞬、光に呑まれた。そして賢者の放った一撃は彼の右半身を肩から下ごと“消し飛ばす。”ーーーしかし
「ヒィーヒッヒッヒイィイイイイイ!!」
ゼムノスが右半身を失いながらも、狂気の笑みを浮かべ、黒い空間の中心で吠える。
その笑い声が、破滅の波動と共鳴するかのように《ブラック・ディケイド》はさらに広がりを加速させていく。
ギルバートは、その光景を見つめながら、わずかに目を伏せた。
(くっ……ここまでか。これが、限界……か)
痛みも、恐怖も、今はただ遠く。
未来を託す者としての責務だけが、胸に残っていた。
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