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第77話 大浴場《女神の泉》・女湯のひととき

 ギルバートレアー領・大浴場《女神の泉》。


 広間に足を踏み入れた瞬間、カナリアの目に飛び込んできたのは――幻想的な大浴場の光景だった。

 白大理石で造られた広々とした浴槽の底には魔導の紋様が刻まれ、そこから淡く柔らかな光が立ちのぼる。


 天井には宝石を散りばめたような水晶灯が煌めき、湯けむりに反射して温かい揺らめきを生み出していた。

 壁際には獣人族の技で彫られた獅子や水瓶の石像が並び、その口からは絶えず湯が流れ落ちている。


(うひゃあああ……ひろ~~い! お風呂っていうより、もう神殿の温泉って感じじゃん……!)


 思わず心の中で叫びながらも、とりあえず掛け湯で体を慣らす。

 木の香りが心地よい桶でざばぁっと湯を浴び――腰を下ろして体を洗い、頭をゴシゴシと洗い流した。


 樹液由来のシャンプーに、花のエキスを練り込んだリンス。

(なにこれ……めちゃくちゃいい香り……! ちょっと持って帰りたい……いやいや、いかんいかん!)


 そうやって準備を終え、タオルをきゅっと巻いて湯へ足を入れ、ゆっくりと中央へ進む。


 そのとき――立ちのぼる湯けむりの中に、人影がぼんやりと浮かび上がった。

 揺れる赤い髪、そして白く透き通るような肩がちらりと覗く。


「あ……そういえば」


 カナリアは思い出したように小さく声をもらす。


 マルシス「先に入っていますので、着替えを取ってきたら来てください」


(――ということは、やっぱりあの人影……マルシスさん、か)


「マルシスさ――」


 湯けむりの奥に見えたシルエット。

 そこに立っていたのは、長い脚としなやかな肢体を誇る、スタイル抜群のエルフ――マルシスだった。


(脚なっが!スタイルよすぎ!さすがエルフ……って――)


「なんで真っ裸なんですかーーー!! 恥ずかしくないんですか!?」


 思わず声を裏返すカナリアに、マルシスは小首をかしげただけ。


 マルシス「? 人に見られて恥ずかしい箇所など、私には存在しません」


(さらっと自慢するのやめてもらえません!?)


「私が恥ずかしいんですってば!」


 カナリアは顔を真っ赤にしながら、脱衣所へ一目散に駆け戻った。

 棚に積まれていたバスタオルをがさっとつかむと、そのまま湯舟へ戻り――勢いのままマルシスの体にタオルを巻きつけた。

 結び目が解けぬよう、ぐいっときゅっと縛りあげる。


「胸がきつい……動きづらいのですが?」


「目のやり場に困るのですが!?」


 カナリアは耳まで真っ赤にしながら叫び返した。


 湯けむりの中、二人の声がこだました。


 そのとき――大浴場の入口から、ぱたぱたと元気な声が響いてきた。


「お風呂だお風呂ー! リーリャ、背中流してあげるよ! 代わりに私の髪洗って?」


 獣耳をぴょこんと揺らしながら、煤けた顔のまま駆け込んでくるルルエ。

 その後ろからは、きちんと畳んだ浴衣を抱えたリーリャが、ため息まじりに続いた。


「真っ黒なんですから、しっかりと全身を洗わないとだめですよ、ルルエ」


 軽口を叩くルルエと、きっちり者のリーリャ。

 その対比に、カナリアは思わず苦笑した。


(よしよし、リーリャさんはきちんとタオルまで巻いて……ルルエさんは、だーっ! やっぱり!)


 腰にだけ小タオルを巻いた、男勝りのスタイルで悠然と歩いてくるルルエ。


「ルルエさん! 体を洗ったら、ちゃんとバスタオルを巻いてくださいね!」


「えぇ~、カナリアちゃんが修道院長みたいなこと言う~」


 ルルエは悪びれもせず、けらけらと笑いながら尻尾をぱたぱた揺らす。

 その姿に、カナリアは額に手を当てて、深々とため息をついた。


 やがて一同は肩まで湯に浸かり、それぞれ思い思いにくつろぎ始める。


 肩までお湯に浸かると、全身がじんわりとほどけていくようだった。

 今日一日はいろんな出来事があった。慣れない環境、初めて顔を合わせた人たち……。


 けれど、こうして大きなお風呂に浸かっていると、不思議と心が落ち着いていく。

 初対面のはずなのに、どこか安心できる空気があった。


 ――ああ、本当にいい人たちに出会えてよかった。


 石の壁に反射する光が、ゆらゆらと湯面に揺れている。

 その視線の先では、ルルエとリーリャが並んで、笑いながら軽口を叩いていた。

 その隣でマルシスが相変わらずの無表情で淡々と応じていた――が、時折交わされる声は湯気に紛れて断片的にしか届かない。


「実は……」

「おば……ルフ……」

「……めてみる?」


 ――聞き取れそうで聞き取れない。もどかしい断片だけが耳に残った。


 その直後、不意にマルシスがカナリアの方へと身体を寄せてきた。


(え、え、え……なに? なんで近づいてくるの!?)


 カナリアがのけぞろうとするより早く、マルシスは短く告げる。


「失礼します」


 ――耳を掴まれた。

 指先がもみもみと動く。

 近い。近すぎる。


 顔が迫るたび、心臓の音が跳ね上がる。


 ドックン。ドックン。


 湯気に包まれた世界で、響くのは水音と鼓動だけ。


「ひゃっ……! な、な、なんなんですかっ!」


 声が裏返る。頬が熱い。


 ドキドキドキドキ。


(ちょ、顔近いって! 色白っ! 目鼻立ちのバランスすごっ……まるで造り物みたい……!)


(あ、だめ! これ以上近づいたら――!)


 カナリアは目をぎゅっとつむり、下を向いた。

 胸の奥で心臓の音が爆音みたいに響く。


 その瞬間、マルシスは耳から手を放した。

 すっと背筋を正し、淡々と一礼する。


「ありがとうございました」


 小さく吐息をもらし、静かに言葉を重ねる。


「……純度100%ですか。驚きました。少しは混じっていると思ったのですが」


 意味深なひと言だけを残し、すーっと湯の中を離れていく。

 揺れる湯気に紛れていく背中を、カナリアはただ見送るしかなかった。


(な、なんなのよ!? なんだったのよ今の!!)


 耳に残る感触と、心臓の鼓動だけがいつまでも消えずに残っていた。


 カナリアが呼吸を整えているその背後で――。

 湯けむりの中に、黄色く光る眼光がふたつ、きらりと輝いた。


 次の瞬間。


「カナリアちゃん、捕まえた~!」


 がばっと後ろから抱きすくめられる。

 そのままひょいっと持ち上げられ、気づけばルルエの腕の中で胡坐をかいた彼女に抱っこされる形になっていた。


「ひゃっ!?」


 唐突な行動に声を上げるカナリアをよそに、ルルエはにこにこと笑みを浮かべ、話題を切り替えてくる。


「ねぇねぇ! 私の作った料理、どうでした? 口に合ったかな?」


「……え?」


 あまりの唐突さに、カナリアはきょとんと目を瞬かせる。

 そこで昼のビュッフェの光景が脳裏によみがえった。色鮮やかな料理の数々、豪華な盛り付け、味付けの絶妙さ――


「あ、あれ……全部、ルルエさんが作ったの!?」


 膝の上で振り返り驚愕で目を丸くするカナリアに、ルルエは胸を張って自慢げに笑った。


「ガイアスじゃ木の皮や虫だって工夫しておいしく調理しちゃうんだからさ。

こんな立派な野菜や肉がある環境なら、なんだっておいしく作れるよ!」


 尻尾をぴんと立てて得意げに言い放つ。


「なにかリクエストあったらいつでも言ってね!」


 無邪気に胸を張るルルエの横で、リーリャが落ち着いた声を添える。


「そういえば……ノア君も目を覚まして、アデルさんと一緒にお風呂に行きましたよ」


「目を覚ましたんですか!? よかった~……!」


 カナリアはほっと胸をなで下ろした。

 胸の奥に絡みついていた緊張が、するするとほどけていくのを感じる。


 ノアがお風呂に行ったということは、つまりアデルとも自然に顔を合わせているはずだ。

 立ち会いのときにぶつかり合ったことで、ぎこちない空気になってしまうのではと少し心配していたけれど……その様子がないのなら安心できる。


 あの子は人と争うより、歩み寄る方を選べる子だ。

 剣の才や魔法の力だけじゃない――そういうところこそ、ノアのいいところだとカナリアは思う。


 湯気の中、知らず知らずのうちに一つの不安が解消し、頬に柔らかな笑みが浮かんでいた。


 カナリアはふと視線を泳がせ――思わず固まった。


(それにしても……マルシスさんもルルエさんも……)


 タオル越しでも隠しきれない、均整の取れた肢体。

 特に胸元は豊かに実った果実のようで、目を逸らそうとしても自然と視線が引き寄せられてしまう。


 カナリアはそっと自分の身体を見下ろし、そして小さく肩を落とした。

 正直なところ――やはり羨ましかった。

 けれど同時に、母シンシアの姿が脳裏に浮かぶ。あの美しい母から生まれたのだから、自分にも必ずその血が流れているはずだ。


 まだ七歳。今は未熟でも、これから先に伸びていく余地はいくらでもある。

 ――そう、自分には伸びしろしかないのだ。


 そう言い聞かせるように胸の奥で繰り返し、必死に自分を励ましながら、口をきゅっとすぼめるカナリアだった。


 やがて視線を横に流し、隣のリーリャへちらりと目をやる。

 ……フラット。どこまでも潔いまでにフラットなその姿。


 思わず胸を撫で下ろしたカナリアは、ほっと息をつきながらリーリャの腕にぎゅっと抱きついた。


「リーリャさんは仲間……だねっ!」


 目をうるうると輝かせながら同意を求めるカナリア。

 しかし当の本人は少し眉をひそめ、ジト目を返してくる。


 肩をすくめ、視線をそらしながら――。


 リーリャ「……なぜでしょう。不本意な同調圧力を感じます」


 しれっとした声に、カナリアは「えへへ」と笑ってごまかすしかなかった。

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