第74話 剣聖――蒼剣のアデル
アデルが静かに口を開いた。
「……なら、口じゃなく“剣”で示してくれ。“その覚悟”を――」
その声音に、いつもの軽やかさはなかった。
静かに、しかし確かに宿る鋭さ。
彼の手に握られた木剣が、すっと突き出される。その軌道は挑発ではなく、まるでノアの本気を試すような厳かさを帯びていた。
(……でも、実際にすごい。力も、技も、経験も……ぜんぶノアより上。しかもまだ“本気”じゃない……これが剣聖)
観戦していたカナリアは、思わず両手を握りしめていた。
歯を食いしばるほどの、悔しさ。
(今の自分でも、恐らく届かない。でも――悔しいけど、心が震えた。ああ、こういう人がこの世界での“本物の剣士”なんだ……!)
胸の奥で渦を巻くその感情は、憧れと痛みが伴う複雑な感情であった。
「蒼剣のアデル」
「えっ……?」
ぽつりと零れた一言に、思わずカナリアがマルシスを見る。
「通称――『蒼剣のアデル』。
星セレスティア聖教会・騎士団、元第二部隊の最年少隊長よ」
マルシスの淡々とした声が、広がる空気をさらに冷やすように響いた。
「その実力を見込まれて、ギルバート様が直々に引き抜いたの。……才覚は、聞いてるでしょう?“剣聖”。」
その言葉に、カナリアが息を呑む。
聞いたことはあった、けれど実感をともなわなかった剣聖という単語。
その“本物”が、今まさに目の前にいた。
「……剣神のノア君でも、今は敵わない。認めたくないけど彼の実力は”本物”」
マルシスは腕を組みながら、静かに言い添えた。
そしてわずかに首を傾ける。
「……しかしギルバート様、これはもう、授業というよりただの“意地のぶつかり合い”ですね」
賢者ギルバートはその言葉に肩をすくめた。
だがその目は笑っていなかった。
どこか遠くを見つめるような、懐かしさと痛みをたたえた眼差しで、アデルの姿をじっと見ていた。
「アデルはな。叩き上げの人間だ。身にしみてるんだよ。“選ばれた者”と“積み上げた者”の違いを」
その声には、長年ともに歩んできた者にしか語れない重みと、ほんのわずか――弟子を想う、切なさがにじんでいた。
「そうかも知れないけど……」
(……なにそれ。アデルさん、ノアのこと全然わかってないじゃない!)
(自分とノアの実力差を見せつけたいだけなら、もっと別のやり方ってもんがあるじゃん!)
怒りにも似た感情が、胸の奥でぐらりと揺れる。
「ノア! 次で一泡吹かせてやりなさい! じゃないと交代するからね!」
その言葉は、ほんの少しだけ怒気を帯びていた。
けれど、決して冷たいものではなかった。
どこまでも温かく、ノアの背中をそっと、でも確かに押す力があった。
その瞬間――ノアの肩が、わずかに揺れる。
「……姉さん……」
小さく、呟くような声。
その響きは、胸の奥にしまっていた想いをそっと呼び起こす。
体に入りすぎていた力が、ふっと抜ける。
無理に張り詰めていた緊張がほどけていく。
肩の力が抜け、呼吸が深くなり――ただ“振るう”のではなく、“届かせる”ための構えが、ノアの足元に静かに定まった。
(そうだ……勝ちたいだけじゃない。証明したいんだ――俺自身の手で)
その目が、迷いなく前を向いた。
アデルは、そんなノアの変化を感じ取ったのか、わずかに目を細めた。
そして手元の剣を見ながら、静かに言う。
「まだ剣を握れるようだ。……ルール通り、続行だね」
「望む……ところだ!」
その瞬間――ノアの気配が、ふっと掻き消えた。
空気がわずかに震えたと思った次の瞬間、アデルの背後に回り込んだノアが、すでに剣を振り下ろしかけていた。
風を裂く音と共に振り抜かれる白銀の刃――。
「なっ……疾い!」
アデルが低く声を漏らす。即座に振り返り、木剣を構えて受け止めた。
ガンッ!
激しい衝突音が空間を震わせる。
だが、その手に伝わる感触に、アデルはすぐ異変を察した。
「……これは」
受け止めた木剣の刃元から、うっすらと冷気が広がっていく。
パキパキ……という音と共に、刃の表面が薄く霜に覆われ始めていた。
「まさか……魔剣技を使えるのか」
アデルの眼差しが鋭くなる。
閃光のような剣撃が、交錯する。
ズバァンッ!!
空気を裂くような轟音と共に、二人の剣が何度も火花を散らした。
木剣といえど、互いに魔力を帯びたその一撃は、金属を打ち合わせるような“質量を帯びた響き”を放っていた。
衝突のたびに、円形に広がる衝撃波が観客席の床を震わせる。
そしてノアの斬撃の余波によって、地表が薄く凍り付いていく。
(これはもう……木剣の立会いのレベルじゃない!)
観戦していたカナリアの瞳が、大きく見開かれていた。
アデルの一閃。
ノアは反射的に木剣で受けながら、滑るように後方へ退く。
しかし、そのわずかな間隙を逃さず、アデルが――踏み込んできた。
「来るっ……!」
ノアはその気配をいち早く察し、跳ねるように身を翻す。
踏み込みの勢いを逆手に取り、低空回転。
その勢いを殺さず、回転の軌道を剣へ乗せ――
目元を狙った、高速の回転斬りを繰り出す。
「チッ……!」
アデルは眉をひそめ、即座に上体を反らす。
木剣の刃が、紙一重でその鼻先を掠めて過ぎていった。
だが、間を置かずに反撃。
アデルの木剣が振りかぶられ、真上から勢いよく振り下ろされる――
その瞬間。
ノアの両足はすでに地を離れていた。
着地の反動を利用し、さらに高く跳躍!
「せやぁっ!!」
空中でバク転するように身体を反転させながら、両手で木剣を振り抜く。
ビィィン――ッ!!
二連の氷の斬撃波が、唸りを上げてアデルへと飛翔。
それはまるで、空を裂くように弧を描く、蒼白の刃だった――!
「おいおい……その年で、そんな技までできるのかい?」
空中から放たれた二連の氷の斬撃を見上げ、アデルが感嘆の声を漏らす。
けれどその瞳に、焦りはない。むしろ、どこか楽しげにさえ見えた。
「――なら、僕も魔剣技を使わせてもらおうかな」
アデルの木剣が、淡い水の魔力に包まれる。
その波動はしなやかで、けれど確かな破壊力を秘めていた。
「水はね――万物の“流れ”にして、すべてを映す鏡」
「ときに湖のように、あらゆる怒りも衝撃も、静かに呑み込み、何ひとつ語らずに鎮めてしまう。攻めさえも受け流し、静寂へと還す“器”となる」
そして――剣が淡く輝いた。
「だが、一度“力”を宿せば……」
アデルの木剣に、水の魔力が流れ込む。
刀身が淡い青に染まり、うねるような波紋が表面に浮かび上がる。
「圧を高め、流れを刃と成し――水はすべてを断ち切る」
次の瞬間――アデルの剣が一閃。
ノアが空中から放った氷の斬撃に、水の斬撃がぶつかる。
シュパンッ!
氷が裂け、霧のような飛沫が空に舞った。
「こんなふうにね」
空気を裂く音とともに、ノアの放った氷の斬撃は拡散――しかし、その直後。
「……っ!?」
アデルの足元に、淡い冷気の煙が立ち昇った。
さきほど打ち払ったはずの氷の破片が、いつの間にか石畳に張り付き、じわじわと足元を凍らせていたのだ。
パキキ……!
靴底が石に吸いつくように固まり、アデルの動きがわずかに鈍る。
「脚が動かない……!?」
その一瞬の隙を、ノアは見逃さなかった。
「これで……決める――!!」
鋭く踏み込み、突きの構えのまま一直線にアデルの胴を狙って突進!
木剣の刀身には、すべてを凍結させる氷の魔力が集中し、白く輝いていた。
決まる――そう確信できるほどの、ノア渾身の一撃だった。
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