第73話 あんただって、例外じゃない
――空中庭園ギルバードレアー 闘技場
先ほどの稽古場とは違い、ここは実戦形式の一対一に特化した、円形の舞台を備えた訓練施設だった。
足場は硬質な石材で整えられ、周囲は壁と天井に囲まれている。
シンプルながらも堅牢な造りで、訓練用とは思えないほどの“雰囲気”を感じさせる。
ノアは入念に準備運動をしていた。なにせ、相手はあの――"剣聖"、アデル。
一方のアデルは壁にもたれかかり、にこやかにノアを準備を待っている。
その姿からは、これから戦うという気配すら感じさせない“強者の余裕”がにじんでいた。
(――剣聖。強さを求める剣士なら、その名を知らない者はいないはず。誰もが憧れる“目標”のひとつ、その人がまさかアデルさんだったなんて)
カナリアが視線を向けていることに気づいたのか、アデルがふとこちらを見て――
にこっと、穏やかな笑顔を返してきた。
その仕草は飾らず自然で、どこまでも余裕がにじんでいた。
そのとき、ローブの裾を翻してギルバートが現れ、続いてマルシスも無言で姿を見せた。
「呼び出しに応じて来てみれば……なんの騒ぎだ?」
ギルバートの問いに、マルシスは無表情のまま淡々と応じる。
「ギルバート様もですか。どうやら今日の午後の授業は、アデルによる剣術稽古のようですね。ノア君の実力を、私たちにも確認させたい――そんな意図を感じます」
その声には、わずかに不満がにじんでいた。マルシスの鋭い視線がアデルへと向けられる。
「っ……今、一瞬悪寒が……!? さて、役者は揃った。じゃあノア君、自分に合った木剣を選んでくれ」
ノアは迷わず、やや長めの木剣を手に取った。
「そんな長物でいいの?」
アデルが軽く眉を上げて尋ねると、ノアはにこっと笑いながら木剣を持ち上げた。
「うん! 前に父さんからもらった剣も、しばらく使えるようにってちょっと長めだったんだ。だから、こっちの方がしっくりくるんだ!」
「なるほどね」
アデルは微笑し、自分も壁から木剣を取り、軽く素振りをしている。
「ルールを説明するね。相手に“負けを認めさせる”か、“戦闘不能もしくは気絶”させたら勝ち。打撃が入っても、相手がまだ剣を握っていれば試合は続行。攻撃魔法・回復魔法は禁止。剣技だけの勝負だよ」
「わかった」
ノアはまっすぐに頷く。
その横顔を見つめながら、カナリアは小さく息を呑んだ。
(ノアが……いつもなら「わーい!」とか「楽しみー」って飛び跳ねるのに。
いつになく真剣な表情をしてる。……本気なんだね、ノア)
アデルは、控えていたマルシスに声をかけた。
「マルシス、頼む」
無言のまま前へ出たマルシスが、魔導盤に手をかざす。
カチリ――低く重い音とともに、床の魔法陣が淡く輝いた。
瞬間、天井の一部が音もなく霧のように溶け、側壁が静かに消え落ちていく。
風が吹き抜け、場の空気が一変する。
ノアとアデルの髪と服が、ふわりと風になびいた。
「それでは、私が合図を送ろう」
賢者ギルバートの言葉を受け、ノアとアデルが間合いを取り――
静かに剣を構えた。
ノアはやや前屈みに体を沈め、両足で地を捉える。
対するアデルは、無駄のない動きで剣を肩口に担ぎ、笑みを消した。
ギルバートが前に出て、軽く杖を振る。
火球が天井高く打ち上がり――空中で炸裂。
その瞬間、空気が張りつめた。
――パァン!!
火球が空中で炸裂した瞬間、ノアが風を切って飛び出した。
躊躇はない。最初から、全開。
鋭い踏み込みとともに、上段から真っ向に振り下ろされる一撃――!
しかし。
「……なかなかの疾さだ」
アデルは、その場から一歩も動かず。
わずかに身体を傾け、木剣の腹でその一撃をいなした。
打撃音すら生まれない、まるで風のような身のこなし。
だがノアもすぐさま反応する。
足を払われる前に後ろへ重心を移し、
瞬時に体勢を立て直して――
連撃。
横へ、斜めへ、下から上へ。
木剣がしなるように閃き、連続で剣を奔らせる。
(速い……!)
カナリアの目が見開かれる。
(今までのノアの剣速より、確実に速くなってる……。ダウロ戦で一度だけ覚醒した力―その“片鱗”が、戻ってきてる!?)
けれど。
アデルはその場を一歩も離れず、
迫る斬撃を――
いなす。
かわす。
受け流す。
そして、ときおり木剣の峰で弾き返す。
「すごいね。威力も申し分ない」
アデルが軽く言った。
「並みの剣士なら、とっくに細切れにされてるよ」
アデルは軽く息を吐きながら、にこりと笑う。
「せっかくの初授業だし、講師らしく、ちょっと講義も兼ねようか。ノア君は……喋る余裕ないでしょ? 聞いてくれてればいいよ」
「馬鹿にしないでください!」
そう言った直後、ノアが踏み込む。
重心を一瞬で切り替え、横から鋭く斬りつけた――が、
アデルはまるでその動きを“見えていたかのように”体を滑らせる。
木剣の柄で軽く受け流しながら、軽快に言葉を続けた。
「……聖印は、もちろん知ってるよね?」
アデルは木剣を軽く払いながら、にこやかに言葉を継いだ。
「そう、女神の民なら誰もが持つこの“聖印”。君たちは知りもしないだろうけど――聖印って、ね。”成長”するんだよ」
ノアの斬撃がさらに鋭さを増す。だがアデルはわずかな重心移動でそれをいなし、話し続ける。
「もちろん、成長って言っても誰もが一様に育つわけじゃない。鍛え方、戦い方、生き方……全部が積み重なって、聖印の“核”が育っていく」
今度は逆手の斬り込み――を読んで、アデルは木剣を縦に立てて受け流す。
アデルの穏やかな声が響く。
語りかけるような口調のまま、ノアの連続攻撃をいなし続けながら、言葉を紡ぐ。
「たとえば、剣士の聖印を持つ人が、本人の努力と才能によって、ある日“上級剣士”になったり。上級剣士がさらに、絶え間ない鍛錬を重ねて“剣豪”になったりね。――聖印は、まさに“人の人生”を表す証そのものなんだよ」
(聖印が、成長……?)
カナリアは息を呑む。
(そんなの、知らなかった。生まれ持った“固定の存在”だと思ってた……)
「それが……今の僕たちの、この立会いに――何か関係があるんですか!?」
ノアが叫ぶ。
肩で息を荒げ、額に汗をにじませながら、息も絶え絶えに言葉を吐いた。
幾度となく放った斬撃が、一度も届かない。
その苛立ちが、声の端々に滲んでいた。
「……飛ばしすぎだよ、ノア君。スタミナ切れちゃうよ?」
アデルが軽く言う。だが、その言葉が終わるより早く――
「うるさいっ!」
ノアが踏み込み、木剣を構えたまま真正面から突っ込んでくる。
アデルも迎え撃つように踏み出し、
――バチィン!と音を立てて、剣と剣が正面でぶつかり合った。
鍔と鍔が噛み合い、火花のような気迫がぶつかる。
顔と顔が近づくほどの距離で、アデルの瞳が冷たく細まった。
「関係あるのかって?――それが“大あり”なんだよ、ノア君」
口調は静か。けれどその声は、氷の刃のように鋭く、冷たい迫力を帯びていた。
「君たちは――生まれ持って、剣神と刀神の聖印を持つ。才能の、まさに“頂点”にいる存在だ。成長はしない。……そこが“到達点”なんだ」
アデルの声が、わずかに熱を帯びる。
そして、腕ごと振り上げるようにして――
ガンッ!
ノアの木剣は遥か上空に打ち上げられ、ヒュンヒュンと音を立て回転しながら上空に。
体勢を崩したノアの胴に、間髪入れずアデルの容赦ない、膝蹴りが突き刺さる。
「ぐはっ――!」
鈍い音とともに、ノアはたまらず地に崩れ落ちた。
呼吸ができず立ち上がれない。額に脂汗にじむ。
「君がこのまま剣を極めていけばいずれ、“女神セレスティアが剣を振るった時”と同じ力を手にすることができるんだよ」
アデルは木剣をくるりと回し、軽く手を払う。
そして一拍、声のトーンが静かに変わる。
「僕だって、最初から剣聖だったわけじゃない。努力したんだ。何度も挫けて、それこそ血を吐きながら、積み上げてきた」
「でも、君たちは違う。生まれたその時から完成してる」
淡く笑いながら、静かに言い添える。
「そんな理不尽で、納得のいかない存在が今、僕の目の前にいるんだ」
ザシュ――
弾き飛ばされた木剣が、ノアの顔のすぐ横の地面に、鋭く突き刺さる。
アデルは剣を軽く構え直し、目を細める。
「僕の剣にはね――これまで一緒に剣を学んだ仲間、そして時には命を奪った敵……そのすべての剣士たちの“想い”が、乗ってるんだ」
木剣を肩に担ぎ直しながら、アデルは淡く笑う。
「――だから、悪いけど。才能だけでここまで来た君には、簡単には負けてあげられないよ、ノア・グレンハースト」
(違う……!)
カナリアは、息を詰めて立ち上がるノアを見つめる。
(ノアはそんなんじゃない!才能だけでここまできたんじゃ、絶対にない……!)
「ゴホッ……ゴホゴホッ!」
ノアは咳き込みながら、腹部を押さえてうずくまる。
だが、倒れたままではいなかった。
地面に突き立った木剣を杖代わりに、歯を食いしばりながら立ち上がる。
アデルが目を細め、わずかに口角を上げる。
「今のをくらって、立てるのか。……タフだね」
ノアが叫ぶ。
「違う!」
その声は、息を切らせながらも、まっすぐに響いていた。
「才能だけで、ここまできたんじゃない! 僕だって……勝てない相手に、毎日挑んできたんだ! そのために、必死で努力してきた!」
ノアの目に宿った光は、もう迷いのないものだった。
「証明するよ。姉さん以外には――負けない。“剣聖”アデル・ハーロウ。あなただって、例外じゃない!」
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