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第72話 その笑顔は強者の証

 

 さらに奥へ進むと、魔法訓練用と思しき幻想的な広場が姿を現した。


 浮遊する石の足場、魔力刻印が施された塔、空中にふわふわと漂う粒子の光。

 そのすべてが、魔法という力に特化して調整された“異空間”のような雰囲気を放っていた。


「ここは……ノア君の魔法の訓練、そしてカナリアちゃんの“対魔法”訓練の場にもなるだろうね。」


 アデルがそう呟くと、ノアは少し背筋を伸ばし、真剣な眼差しでその光景を見つめた。


「魔法の先生は、誰なの?」


 ノアが問いかけると、アデルは振り返りながら軽く頷いた。


「当面はマルシスじゃないかな。彼女、見た目はクールだけど教えるのは丁寧だよ」


 そして、カナリアへと視線を向ける。


「カナリアちゃんも、魔法が使えないからって授業がないわけじゃないぞ~?

 魔法に対する知識や理論も、ちゃんと学んでもらうからね」


 アデルが軽い調子で言うのを聞きながら、カナリアはほんの一瞬だけ、まなじりを伏せた。


(……やっぱり“使えない”って、情報は把握済みか)


 しかし、それは仕方のないことだ。

 それよりも気になるのは――


(ってことは、私の能力――《異世界アビスゲート》のことも、少しは掴んでる感じかな?)


 カナリアは小さく息を吸い、すぐに視線を持ち上げた。


(……考えても仕方ない。それにいつまでも隠してはおけないし、見せないといけない時は来たのかも)


 そう心の中で切り替えるように、前を向いて歩き出す。


「よし、次は屋敷の中だ」


 アデルが扉を開き、双子を先に促す。


 まず案内されたのは、二人の宿泊部屋だった。


 柔らかな光を取り込む大きな窓。清潔なベッドがふたつ並び、木の温もりを感じさせる調度品がシンプルに整えられている。どこかほっとする、落ち着いた空間だった。


「ここが君たちの部屋だ。他に何か必要なものがあれば、ルルエかリーリャに頼めばいいよ」


「うわっ……ふかふかだ!」


 リアがさっそくベッドに飛び込み、ノアもつられるようにぴょんと跳ねた。


「これ、雲の上にいるってこういうこと……!?」

「この島自体が雲の上だよ!」


 双子はベッドの上でキャッキャとはしゃぎ、アデルは呆れ顔で頭をかいた。


「……ほら、次いくよー」


 その後も館内を巡りながら、アデルは手際よく各施設を紹介していった。


 落ち着いた雰囲気の客間と来客用の部屋、荘厳な空気を纏ったギルバートの書斎――そこでは魔道具や不思議な書類が整然と並べられていた。


 無数の本が棚を埋め尽くす図書室には、魔導・歴史・薬学など、多岐にわたる分野の文献がぎっしりと詰め込まれていた。


 その量と種類に、思わずカナリアも足を止めて見入ってしまう。


(本好きの私でも、これ全部読み切れる気がしないかも……でも、ちょっとワクワクする)


 ふと、書棚の奥にある一角――鉄枠のついた扉が目に入った。

 小さな鍵穴があり、他の棚とは明らかに違う造りをしている。


「ねぇ、あそこは?」


 カナリアが指さすと、アデルが足を止め、ちらりと視線を送った。


「あそこは……鍵付きの禁書庫。ギルバート様の許可がないと入れないんだ」


「へぇ~、そうなんだ」


 カナリアはあっさりと答えると、すぐにまた視線を他の本棚へ移した。


(まあ、見るだけなら別に困らないし……でも、そういう場所ってちょっと気になるよね)



 その後は食堂ホールやリビング、メイドたちの居住区を通り過ぎ、アデル自身とマルシスの部屋位置も簡単に案内された。


 そして、案内は教室と研究室へと移る。


「こっちの研究室は、マルシスがよく使ってる。……入るときは、必ずノックしてからね」


「勝手に入ると……どうなるの?」


 ノアが小声で尋ねると、アデルはいたずらっ子のように笑い、

 両手を軽く持ち上げ、指をくいくいと曲げる仕草をしてみせた。

 モンスターが襲いかかる直前のようなポーズで、ゆっくりと口を開く。


「マルシスに……研究材料にされちゃうかもよ~?」


「アデルさん、こ、怖がらせないでください!」


(なんか……ちょっと本当にやりかねないかも)

 カナリアはマルシスの鋭い目つきを思い出していた。


 そのときだった。

 研究室の扉が、ギギギ……とわずかに軋む音を立てて開いた。


 冷たい声とともに、扉の隙間から甘い香りがふわりと漏れ出す。


 ゆっくりと顔だけを扉の隙間から突き出し、

 フィンベリーパイを頬張ったままのマルシスが、無表情で静かに告げた。


「アデル……あなたが材料になりたいのですか?」


 そしてまた、すぅ……っと顔を引っ込めると同時に、

 扉は何事もなかったかのように、静かに閉じられた。


 残されたのは、甘いパイの香りと、背筋にじわりと残る冷気。


「ノア君、こういうことになるって事だ。わかったね?」


「は、はい……!」


「ほ、ほら、次行こう次!」


(……しかもマルシスさん、あの見た目で食いしん坊キャラなの!?)


 カナリアは内心で思いっきり突っ込みながら、慌ててアデルの後を追いかけた。


 一通りの案内を終えて広間へ戻ると、アデルがふぅっと息をついて言った。


「けっこう時間かかったね。ま、一度には全部覚えられないだろうから。困ったときは、近くの人間に遠慮なく聞いてね」


 そして、近くの壁に設置された時計代わりの魔導盤にちらりと目をやる。


「そろそろ食事の時間だ。……いったん、食堂へ行こうか」




 ――食堂ホール


 天井が高く、広々とした空間――その中央には長いビュッフェテーブルが据えられ、湯気を立てた料理の数々が美しく並んでいた。


 香ばしい香草の効いた肉料理、彩り豊かな野菜のソテー、鳥の出汁のきいたスープ、焼きたてのパン。

 さらには甘やかな果物やデザートまで、どれも見ただけで食欲をそそる。


「こちら、ビュッフェ形式になっております。好きなものを好きなだけ、お好きにどうぞ~♪」


 にこやかに説明するルルエの声に、ノアの目が一瞬で輝いた。


「ぱあああっ……!」


 喜びを全身で表現するノア。勢いそのままに駆け寄ろうとするが――


「でも、君たちはまだ子どもだからね? お姉さんがちゃんとバランスよく、野菜もたくさん入れてあげます」


「……ガクッ」


 ノアは盛大に肩を落とした。


 一方のカナリアは、真面目な顔で元気に手を挙げる。


「はーい! わかりました~!」


(バランスの取れた食事を摂取することが、体づくりの基本なのだよ、ノア君)


 満面の笑顔を浮かべながら、内心ではどこか得意げに呟く。


 そんなやり取りのあと、三人はテーブル席へ移動し、それぞれの皿に好きな料理を盛って食事を始めた。


「うまっ……これ、さっきのパン? 焼きたて?」


「このスープ、出汁がしっかり染みてる~」


 双子が嬉しそうに料理を口に運ぶ姿を見て、アデルは腕を組みながら笑った。


「ルルエの作る料理は美味しいでしょ?……それにしても、午前は施設の紹介で終わったな~。明日からはきっちり、座学も実技も込みで組んであるからね。覚悟しておいてほしいな」


「……午後は? なにか予定あるの?」


 カナリアが問いかけると、アデルは「あっ」と思い出したように手を打つ。


「ああ、そうだったね。午後は自由に使っていいよ。見たい場所があれば案内するし、希望があれば体験訓練も組んであげるよ。ま、準備ができてれば、だけどね」


 ノアが身を乗り出して尋ねた。


「賢者様はいろいろ教えてくれないの?」


 アデルはパンをちぎりながら、優しい笑顔で答える。


「もちろん教えてくれるさ。ただ、あの人は忙しいからね。付きっきりってわけにはいかないよ。でも要所要所では、きっちり指導してくれるさ」


 そして、にやりと笑う。


「この浮き島の利点はね――君たちのために、世界中から一流のスペシャリストを呼び寄せられるってことなんだ。内容も質もトップクラス……そのぶん、難易度も高い。ついてこれるかい? 本気で、ね」


 ノアはそっとリアのほうを見て、小声で呟いた。


「ざ、座学はねえさんにまかせるよ……」


「私は魔法以外なら、なんでもこい!」


 カナリアがにっこりと笑って胸を張る。

 対照的なふたりだが、その息の合い方はいつだって絶妙だ。


「なら――」


 アデルが立ち上がり、手を軽く叩いたあと、静かに微笑む。


「君たちの現在の実力も見ておきたいし、午後は臨時の剣の授業といきますか」


「やった! 剣だ!」「わーい!」


 カナリアもノアも、目を輝かせてキャッキャとはしゃぎ出す。

 食堂に響く笑い声。まるで遊び場へ向かう子どもたちのような無邪気さだった。


「もしかしてさ、姉さんと戦ったあの魔造工兵ゴーレムみたいな――最新鋭の訓練装置とか、魔導兵器を使った演習とかあったりして!」


 ノアが目をきらきらさせながら言うと、カナリアはふっと笑って返す。


「いいな~。次はノアの番だもんね?」


 アデルが立ち上がり、腰の剣帯をひと締めしてから、ゆっくりと口を開いた。


「いや、僕たちは――剣士だろ?」


 その声色は、先ほどまでの軽快な調子とは違っていた。

 澄んでいて、よく通るのに、不思議なほど静かだった。


 その瞬間、ピリッとした“何か”が空気に走った。

 熱でも風でもない。

 ただ、ひたひたと肌をなぞるような、殺気のような“圧”が、確かにそこにあった。


 ふたりは思わず、アデルのほうを振り返る。


一対一さしの立会いといこうじゃないか、ノア君」


 ついさっきまで親しげだった剣士――

 笑っていた青年の姿が、そこにはもうなかった。


 その笑顔の奥には、はっきりとした真剣な光が宿っていた。

 そしてアデルは青髪をかき上げ、額の聖印が淡く輝く。


「講師はこの僕――剣聖、アデルがね」


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