第70話 可愛いは正義!?メイドの奇襲
カナリアは、目の前に広がる“空の楽園”に、しばし言葉を失っていた。
無数の浮島が空に連なり、草花が風に舞い、光の粒が空へと吸い込まれていく。その美しさは、まるで絵本の中にしか存在しない幻のようで、足元の感触すら夢の中のようだった。
(こんな場所……本当に、あったんだ)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
今まで読み漁ってきた本のどれにも、こんな景色は載っていなかった。思わず足が動き、ギルバートのもとへ駆け寄る。
「賢者様! ねぇねぇ、なんで島が浮いてるの? ここって世界地図のどの辺? 落ちたらどうなるの!?」
興奮で口が止まらない。けれど、その途中で、ふと違和感に気づいた。
「はぁ、はぁ……あれ……? ちょっと……息が……」
胸がきゅっと締めつけられるような、酸素が足りない感覚。声を出すたびに、喉の奥がかすかに焼けるように痛む。
隣を見ると、ノアも同じように息を切らしていた。
「……う、うぅ……なんか、空気……薄い……」
ノアは口元を押さえ、顔をしかめる。
ふたりの体が、ようやく“高所にいる”ことを告げていた。
「ワッハッハッ! まあまあ落ち着け。島は結界で包んでおるから、そう簡単には落ちぬよ」
ギルバートが笑いながら、腰のポーチから小さな束を取り出す。
「地上と同じ環境を保っている“つもり”ではあるが、少々空気が薄いのは否めんだろう。――これを噛め。酸素を多く含んだ薬草だ。この島の環境に適した体になるぞ」
二人はおそるおそる草を口に含んだ。
「にがっ……」
「まずいぃ……」
顔をしかめるが、すぐに胸のつかえが取れたように、呼吸がしやすくなっていく。
「……ほんとだ。なんか、楽になった」
じわじわと感じていた息苦しさが、まるで霧が晴れるように消えていった。
まるで空気そのものが、体に馴染んでいくような不思議な感覚。
「これでこの空島の環境にもすぐ慣れるだろう。――さて、アデル。案内を頼む」
「了解!」
現れたのは、青髪をなびかせた爽やかな青年。
軽装の剣士服に身を包み、どこか皮肉げな笑みを浮かべている。
「改めまして――カナリアちゃん、ノアくん。アデル・ハーロウだ。よろしくね」
アデルは柔らかな笑みを浮かべ、二人に手を差し出す。
ノアとカナリアもそれぞれ握手を交わし、軽く会釈を返した。
「とりあえず館まで案内するから、ついてきて」
そう言ってアデルが先頭に立つと、一行は石畳の道を歩き出した。
(ふーん。……前から思ってたけど、なかなか爽やか系イケメンじゃん)
カナリアはアデルの背中に視線を向けながら、無意識にその動きに注目していた。
無駄のない歩幅、重心の移動、身体の構え――。
日常の所作の中にも、剣士としての研ぎ澄まされた感覚が滲み出ている。
(……どうも、剣士を見ると無意識に“強さ”を測る癖がついちゃったなぁ)
じっと観察していたその瞬間――アデルが背を向けたまま、軽く手を振る。
「やだなぁ、カナリアちゃん。君みたいな可愛い子に、そんなに注目されると……俺でも照れちゃうぜ?」
軽口を叩きながらも、明らかに視線を感じ取る余裕のある動き。
(……全部、視えてるってわけね)
カナリアは小さく息を吐き、口元をわずかに引き結んだ。
一行の後方では、無表情をたたえた緋色のショートカットのエルフ――マルシスが、静かに歩いていた。
「そういえば、まだきちんと挨拶していませんでしたね」
その声に、カナリアとノアは歩きながら振り返る。
「私はマルシス。マルシス・ゴールドリバー。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
二人は声を揃えて元気よく返した。
空島を歩く――そんな非現実的な体験にも、次第に足が慣れてくる。
眼下には果てしない雲海が広がり、風の流れに合わせてゆっくりと形を変えていく。
遠くでは、雲の隙間から雷光が淡く瞬いていた。
(アデルさんはもちろんだけど……マルシスさんと賢者様の実力も気になるな)
ふと気になって、カナリアは声を潜めてノアに問いかけた。
「ねぇノア、賢者様はもちろんだけど……マルシスさんも強そう?」
ノアは歩みを緩め、わずかに目を細める。
その瞳に淡い光が宿る――彼が“視て”いるのは、ただの姿形ではなく、魔力の流れそのものだ。
「……マルシスさんも、相当すごいよ」
ノアの声は、いつになく真剣だった。
「魔力の流れが、ぴたってしてる。乱れがないっていうか……完全に制御してる感じ。あれは、長年鍛え抜かれた魔法って感じがする」
少し考えるように黙ったあと、ノアは小さく続けた。
「しかも……たぶん、あの人、まだ全部は見せてない」
その言葉に、カナリアは反射的にマルシスの方を見やった。
(マルシスさん……あの耳、エルフだし。見た目は若いけど……もしかして実は百年以上生きてる、おばあちゃんとか……ホホホ)
――その瞬間。
マルシスが無表情のまま、静かに、だが鋭くカナリアの方へ視線を向けた。
「っ……!」
カナリアはビクリと肩をすくめ、慌てて話題をそらすように声を張る。
「じゃあ、賢者様は?」
ノアの視線がギルバートへと向いた――その瞬間。
「ッ……!」
ノアがピクリと小さく震えたのを、カナリアは見逃さなかった。
「うーん……ちょっと、次元が違うかも」
目を逸らすようにして、ノアが静かに言う。
「嵐が、そのまま人の形になって歩いてる……そんな感じ。すごすぎて、あんまり注視できないよ」
まるで“見てはいけないもの”を見てしまったような顔。
(全属性を扱うノアが、そこまで言うなんて……)
(ローネアン連合国の“大陸半分”を沈めたっていう七魔星。その一柱をたった一人で倒したって話……)
(――そりゃ、規格外だよね)
「何、さっきから二人して肩をビクつかせておるんだ?」
いつの間にか背後にいたギルバートの声に、双子はさらに同時にビクッと跳ねた。
「――着いたぞ」
その瞬間、霧が払われるように前方の視界が開ける。
重厚な建造物が、ゆっくりとその姿を現した。
「――ここが、君たちの学び舎だ」
前を歩いていたアデルが足を止め、振り返る。
視線の先に広がっていたのは、館と砦が融合したような荘厳な建物だった。
灰白の石で積まれた外壁には長年の風雨が刻まれ、塔の先端では魔術的な光が淡く揺れている。
まるで世界から切り離された“知の聖域”――そんな雰囲気があった。
「……うわああああっ、カッコイイイ!」
ノアが目を輝かせて声を上げる。
カナリアはその建物を見上げながら、静かに息を吐いた。
「……なんか、空気が違うね」
(“館”っていうより、“砦”……いや、“要塞”って言った方がしっくりくる。有事の際はここも拠点になったりするのかな?)
「ねえねえ、あのおっきな扉が入口!? 中、入っていい!?」
ノアが前方の巨大な扉を指さして駆け出す。
「ちょ、ノア! 行儀悪いよ!」
カナリアがあわてて後を追いかける。
その様子を後方で見ていたマルシスが、わずかに口元をゆるめて言った。
「なんだかんだ言っても、やっぱり子供ですね」
アデルが肩をすくめ、ギルバートもくすりと笑う。
「だな。ああやってはしゃいでると、本当にただの七歳にしか見えん」
「ですね。きっと戦う姿とのギャップがすごいんだろうな、あの二人は」
「おっ邪魔しまーす!」
ノアが勢いよく扉を押し開け、中へ飛び込んでいく。
「ノア! みなさんを待たないとダメじゃない!」
カナリアが慌てて追いかけて入ると――そこに広がっていたのは、白と青を基調とした大理石の広いエントランスホールだった。
その中央。
揃いの制服をまとった、二人のメイドが立っていた。
一人は、金髪をきれいにまとめた小柄な少女。
凛とした瞳と背筋の通った姿勢が印象的で、小さな体に似合わぬキリッとした雰囲気をまとっていた。
もう一人は、それとは対照的にすらりとした長身。
八頭身のモデルのようなプロポーションに、ふわふわの獣耳としなやかな尻尾が揺れている。
――ビースター(獣人)の女性だった。
二人は、不意に現れた小さな来訪者たちに気づき、同時に動きを止めて目を丸くする。
「……わいい」
「えっ?」
次の瞬間、
「きゃわいいぃぃぃ~~っ!!」
突如沸き上がる奇声とともに、二人のメイドが一直線に駆け寄ってきた。
「うわっ!?」「ええっ!?」
戸惑う暇もなく、ノアとカナリアは軽々とひょいっと持ち上げられ――
豊かな胸に、ぎゅううっと包み込まれる。
「ちっちゃい!ちっちゃい双子!ひぃっ尊い……!」
「えっ、なにこの天使……尊死っ……!」
メイドたちは歓喜に震えながら、抱きしめる手をまったく緩める気配を見せない。
カナリアとノアは、目を白黒させながら、しばらく身動きが取れなかった。
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