第65話 七魔星と魔大帝
黒雷が空を裂き、瘴気が唸るように渦巻く。
ここは魔大陸の中心――かつて幾万の命が焼かれた、伝説の戦場。
その最奥に築かれた黒曜の魔宮《煉獄の王座ラーダ・ティラノス》。
今まさにその玉座の間で、魔族の頂点たちが対峙していた。
魔大陸を支配する“魔大帝ヴァトラス”と、肩を並べる“七魔星”。
その関係は忠誠でも服従でもなく、あくまで利害一致の共闘関係。
かつて牙を剥き合った過去を抱えながらも、“女神の民”という共通の敵を前に、彼らは今、煉獄の円卓を囲んでいた。
沈黙を切り裂いたのは、中央の玉座に君臨する、ただ一人の男の声だった。
「……討ち損ねただと?」
魔大帝ヴァトラスの怒声が、玉座の間を震わせた。
黒曜の柱が軋み、地の底から呻くような重低音が響き渡る。
禍々しい装飾を施された六本の腕が、巨大な黒曜の王座の肘掛けを軋ませる。
その下半身――鋼鉄の如き四脚の馬体さえも収める、異形の座面。
暴馬の脚が瘴気を纏いながら、玉座の周囲を重く踏み鳴らしていた。
その姿は、まさに威圧の化身――かつて魔大陸全土を力で屈服させた暴君そのものだった。
「結界の突破に……百年を費やしたのだぞ」
怒気に染まった声は、ただの咆哮ではない。
空間すら圧し潰す重みを持つ、破壊を孕んだ魔力の奔流だった。
「余が直々に“侵攻の機会”を与え、軍勢まで貸し与えてやったものを……!」
ヴァトラスの目が、玉座の間に並ぶ七魔星陣営を鋭く射抜く。
「貴様ら、なんたる失態だ!」
その声と共に、“バチン”と地面がひび割れた。
ただの怒声ひとつで、煉獄の王宮が軋み、威圧に膝を折る魔族すらいた。
だが七魔星の者たちは、誰一人として屈せず、ただ沈黙を保っていた。
そんな中――
「……お言葉ですが、殿下」
威圧にまったく怯まず応じたのは、七魔星の一人、“黒幻公”バルザメイル。
光を吸い込むような黒衣のマントをまとったダークエルフは、椅子に浅く腰掛けたまま足を組んでいた。
その銀髪は月光のように冷たく輝き、顔立ちは美しいが、瞳に宿る冷笑が全てを見下している。
赤い双眸が愉悦に細められ、唇の端が皮肉げに歪む。
「我ら七魔星は、ガイアス獣王国の勇者三人のうち二人の命を刈り取りました。
ザヴォルドゥ殿に至っては、ローネアン連合国の双子の勇者と――その大陸の半分すら呑み込んだのです」
軽く肩をすくめ、言葉を区切る。
「……侵略に失敗したダウロとヘカトス。あれは、殿下の直轄の配下でございましたな?」
玉座の間に、嘲るような笑みが広がった。
「小さな功績すら上げられず、態度と図体だけが肥大する巨人族には――実に困ったものですなぁ」
刹那、ヴァトラスの瞳が怒気に染まり、空気そのものが爆ぜた。
魔力が実体を帯びて迸り、壁の亀裂はさらに深く走る。
「貴様……今、何と……?」
地鳴りのような声が轟き、黒曜石の床が砕け散る。
「……おや、器までお小さいことで? クックックッ……」
その瞬間――
ヴァトラスの六本ある腕のうち一本が魔力を凝縮し、虚空から“黒き魔槍”を創造した。
それは禍々しくうねる雷を纏い、まるで破滅の具現。
ヴァトラスはその魔槍をバルザメイルへと、音速を超える勢いで投擲する。
――ズドォッ!!
放たれた黒槍は椅子ごと彼を貫かんと迫る――が。
その刹那、バルザメイルの姿が霞のように揺らぎ、槍は幻をすり抜けた。
そのまま黒槍は玉座の間の奥、壁を貫通して外へ抜ける。
……外壁の先に広がる、煉獄の溶岩海。
そこを悠々と泳いでいた巨大な魔魚が、突如現れた黒槍によって串刺しにされた。
ギャアァァアオッ、と絶叫を上げた魔魚は、赤黒い泡を立てながら溶岩へと沈んでいく。
その凄絶な破壊の余波が残る中――
幻影から実体へと戻るように、バルザメイルは何事もなかったかのように椅子に腰掛けていた。銀の髪を指先で弄び、冷笑を浮かべながら呟く。
「……ご立腹ですな、殿下」
場がざわりと波打つ。
七魔星の幾人かは目を細め、他の者は口元に笑みを刻む。
このやり取り自体を愉しむかのように。
その時だった。
ヴァトラスが座す玉座の傍ら――濃い紫の魔力を帯びた巨大なオーブが、不意に脈動した。
低く唸る魔力が空間を震わせ、そこから鋭い――女の声が突き刺さる。
「……調子にのってんじゃねぇぞ、薄汚い血の詐欺師ヤロウが」
荒々しい声音が玉座の間を打つ。
「てめぇがビビって前線に出ねぇから、わざわざ兵を貸してやったんだろうが。図に乗るな、下種め」
バルザメイルの口元に、ゆっくりと――だが明らかにひきつった笑みが浮かんだ。
その頬の筋肉は引き攣り、冷笑はもはや仮面のように貼りついていた。
「ほう……“薄汚い血”ときましたか」
銀の髪を弄ぶ指先に力がこもる。
余裕を装っているようで、その動きはどこかぎこちなく速い。
「口の利き方には、くれぐれもお気をつけいただきたい……ジュディーカ殿下」
冷ややかな声音が虚空を震わせる。
だが、その奥底には怒気が滲み、彼自身の感情の揺らぎを隠しきれていなかった。
「バルザメイル。お前はこの中じゃ一番の新参だろう? ガキはすっこんでな」
対するオーブの向こう――ジュディーカと呼ばれた声は、嘲笑を含んだ鼻息を響かせた。その挑発的な反応が、バルザメイルの苛立ちをさらに焚きつける。
「……あらぁ?」
甘く響く声が、張り詰めた空気をすり抜けた。
ふわり、と甘い芳香が広間を包む。
花と血と毒を混ぜたような、妖艶で不吉な香り。
天井の暗がりから、ひとすじの影がゆるやかに舞い降り、七魔星の空いた椅子に腰かける。
闇の中から現れたその女は、香りと色気と死を纏い、場の空気すら支配していた。
――“深紅の吸血姫”ルナファ・グラムッド。
絹のような黒髪がさらりと揺れ、黒の薄衣が肌をなぞる。
真紅の瞳は艶やかに、されど鋭く光を放ち、そのスタイルは神造のごとく完璧だった。
優雅に脚を組み、椅子の背に身を預けながら、艶やかに笑う。
「ねぇ? そんな事いって~ジュディーカ~」
ルナファは唇を歪めると、いたずらっぽく声を弾ませる。
「アタナより美しい私の顔を見るのが怖いから、今日来れてない癖に~」
「随分大口叩くじゃな~い?」
紅い唇から、わざとらしい高笑いが広間に響き渡る。
「アッハハハハ――!」
挑発の余韻が空気に漂う中、オーブの奥から今度は低い声が返ってきた。
「…………てめぇら七魔星とは」
ジュディーカの声音は、笑いを凍り付かせるように重く沈んでいた。
「二百年前まで、殺り合ってたんだ」
その言葉には、確かな殺気と怨嗟が滲んでいる。
「今すぐ、再開したって……構わねぇんだぞ?先ずは、鉄臭いお前の領土から灰にしてやろうか?」
虚勢か本気か、判別できぬまま、ジュディーカの実体のない殺気は空間をじわじわと蝕んでいく。
対するバルザメイルも、静かに矛を手に取り――立ち上がろうとした、その瞬間だった。
会議室全体の空気が、刹那に凍りつく。
煉獄の王座を揺るがすほどの獣じみた咆哮が轟き、空間すべてが震えた。
――グォオオオオオオオオオオオオッ!!
「……そこまでにしておけ」
低く静かな声。
だがその一言は、暴威を凌駕する圧倒的な威圧を孕んでいた。
七魔星陣営の中央、空席とされていた席に、漆黒の闇が渦巻く。
次の瞬間、闇を引き裂くようにして“それ”が姿を現した。
七魔星最強にして、最古の悪魔――“原初の罪”アグナ。
その姿は獣と人と悪魔が交わったような異形。
二対の角が天井に届きそうなほど高くそびえ、皮膚は溶岩すらも抑え込む鋼のごとき硬質さを備えていた。
その身からは常に熱と瘴気が漏れ、放たれる言葉すら、灼けつくような炎を帯びていた。
その瞳が両者を睨み据えるだけで、弾けかけた力は霧散し、荒れ狂っていた瘴気が沈黙を取り戻していく。
「ヴァトラス殿下……そしてジュディーカ殿下。我々の目的は、其方らと争うことではない」
「――話を戻させてもらおう」
その声に込められた魔力と言葉の重みは、他の誰にも逆らえぬ、絶対の力そのものだった。
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