第64話 葬火の下で
町の外れに設けられた葬儀会場
夕暮れの空は赤く染まり、崩れた町を覆うように淡い光が広がっていた。
教会関係者と騎士団が設けた祭壇の前で、カドゥランの人々は静かに立ち並んでいる。
(助かった人のほうが多い……でも、亡くなった人も、やっぱり少なくないんだ)
カナリアたちグレンハースト家一同は列の後方から町の人々を見つめていた。
すすり泣きの声が、会場のところどころで風に紛れて聞こえてくる。
騎士団の方へ視線を移すと、そこに並ぶ兵士たちはいつもの実戦服ではなく、
深い紺に銀の刺繍が施された礼装用の騎士団服を纏っていた。
司教が一礼し、ギルバートへ視線を送る。
「……ギルバート殿、お願いいたします」
「うむ」
ギルバートは祭壇の前に立つと、片手をゆっくりと掲げ、その掌から、淡く揺らめく聖火をそっと灯した。
それは戦いのための炎ではなく、心を照らすための光――。
祭壇の周囲には、色とりどりの花と共に、翼を広げた鳥を模した木彫りが数え切れないほどに、くくりつけられていることにカナリアが気づく。
(あれは……? 鳥の……人形?)
「大鷲を模したものですよ」
背後から穏やかな声がして、カナリアは振り向く。
そこには、副騎士団長レオナと警備隊長アーキルが並んで立っていた。
「レオナさん、アーキルさん! もう元気になったんですか?」
ノアが目を輝かせて声をかけた。
だが、アーキルは肩をすくめ、苦笑した。
「いえ、まだ全快とは言えませんが……この葬儀に参列しないわけにはいきませんので」
そう話す二人も、礼装に身を包み、喪に服すような慎ましさと沈痛な面持ちをたたえていた。
カナリアが木彫りを見ながら小さく首をかしげる。
「……大鷲?」
レオナは静かに微笑み、ゆっくりと頷いた。
「カドゥラン領主地方では、大鷲がシンボルなんだ。この地の民は“星に帰る”とき、大鷲に乗って迷わず旅立つ――そう信じられている」
アーキルが腕を組み、祭壇を見上げながら静かに続ける。
「私たちも、あの地震に飲まれるところだったんです。ですが……空の守護者である神鳥に助けられましたし」
レオナは小さく頷き、遠くを見つめるように目を細めた。
「私たちにとって“鳥”は、ただの象徴ではない。この領地を見守る、守り神のような存在なんだ」
風が一度、静かに通り抜けた。
そしてレオナが深く一礼する。
「では――我々は隊に合流する」
アーキルも丁寧に一礼しながら続けた。
「今夜は……死者を弔いましょう」
レオナとアーキルが人々の列へと消えていくと、
葬儀会場を包む空気は、さらに深く静まり返った。
ギルバートは葬儀場の中央に歩み出ると、
静かに杖を掲げ、一礼してから低く唱えた。
「──《追想の灯》」
聖火の中から淡い光が立ちのぼり、
その煌めきは粒子となって夜風に溶けるように空へと舞い上がっていく。
やがて光はやわらかく形を結び――
そこには、生前の人々が笑い、語らい、穏やかに過ごした日々の一瞬一瞬が映し出されていく。
それは蜃気楼のように淡く、
もしも指先で触れたなら崩れてしまうような、儚い光の残像。
刹那の後、すべては風に溶けるように、静かに消えていった。
涙をこぼす者、帽子を胸に抱きしめる者――
それぞれが、大切な人を思いながら空を仰いでいた。
エルドとシンシア、そしてカナリアとノアも、
人々の輪の中で、静かに目を閉じる。
胸に浮かんでいたのは、
どこか照れくさそうに笑う、祖父ギャンバスの笑顔だった。
ふいに、懐かしい声が耳をかすめた。
「……みんな、元気でな……」
その響きに、家族四人ははっとして一斉に目を開く。
そこには、祖父・ギャンバスの後ろ姿があった。
「……おじいちゃん……」
カナリアが小さく声を漏らす。
光の祖父は振り返り、優しく微笑むと――
ゆっくりと手を振り、炎に溶けるように消えていった。
「お父さん……!」
シンシアはその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って声を殺すように泣き始める。
エルドはそっと肩に手を置き、ノアも小さな身体で母に寄り添った。
三人の影が重なり合うように寄り添う姿は、静かな夕闇に溶け込んでいく。
「カナリア様は大丈夫なのですか?」
声に気づき、カナリアが横を向くと、
そこには白銀の翼亭のメイド、シャロンがどこか悲しみを含む笑顔で静かに立っていた。
カナリアは小さく息を吸い込み、ほんの一拍置いてから答える。
「大丈夫じゃないよ」
そう言いながらも、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「……でもね、私はおじいちゃんの最後に立ち会えて、直接別れの言葉を交わせたから――もう、泣かないんだ」
自分に言い聞かせるような、少しだけ強がった声だった。
ふと、そのとき気づく。
シャロンの装いが、いつも見慣れたメイド服ではない。
紺を基調とした軽鎧のような服に、腰には短剣。
どこか、騎士団員を思わせる実戦的な出で立ちだった。
「……あー、この服装のことですか?」
シャロンは小さく微笑むと、片足をそろえてビシッと敬礼した。
「アーキル警備隊・諜報部所属――シャロン・ソームです」
きりりとした口調に、カナリアは一瞬ぽかんと口を開けた。
いつもの柔らかなメイド姿とのあまりのギャップに、言葉が出てこない。
「町がこの状況ですからね、さすがにメイド服というわけにはいかないもので」
シャロンは肩をすくめてそう言うと、片目をつむりウィンクする。
「――でも、このことはご内密に」
カナリアは呆気に取られたまま頷くしかなかった。
「これをお渡しにきました」
シャロンがそう言って、両腕で抱えるほどの大きな包みをカナリアに差し出した。
ずしりとした重みを感じながら受け取り、膝の上で慎重に包みを広げる。
視界に飛び込んできたその形に、思わず小さく声が漏れた。
「……これは……っ」
中に収められていたのは、見慣れた祖父ギャンバスの斧だった。
刃はところどころ欠け、柄には深い傷が刻まれている――
それでも、まるで彼の生き様そのものが残っているかのような存在感を放っていた。
「すごいですよね」
シャロンが柔らかな声で言う。
「あの大地震で地割れまで起きたのに……この斧だけは、しっかりと戦場に残っていたんですから」
カナリアは言葉を失い、ただその斧を抱きしめるように胸元へ寄せた。
まだ祖父のぬくもりが残っている気がして、胸の奥がじんわりと熱くなる。
その時だった。
足元の大地から、宙へと向かって――
無数の小さな光が一斉に舞い上がった。
ざわついていた葬儀の場が、ふと、音を失う。
誰もが言葉を呑み、ただ光の行方を見つめていた。
まるでその幻想的な瞬間に、時間そのものが静止したかのようだった。
淡く揺らめく粒子は風に乗って漂い、
まるで夜空へ帰る魂のように煌めきながら浮かんでいく。
炎の赤と夕闇の青が溶け合う空の下で、
世界そのものが静かに祈りを捧げているかのようだった。
「……霊幻蛍」
カナリアが思い出したように小さくつぶやく。
横でシャロンがそっと目を伏せた。
「……あの日、皆様を揃ってお迎えしたあの夜……無理やりでも、この場所へご案内していればよかった」
後悔の滲む声に、カナリアは小さく首を振る。
「大丈夫だよ。おじいちゃんも……きっと近くで、一緒に見てると思うから」
風に揺れる霊幻蛍の光が、その言葉に応えるように、一段と強く瞬いた。
――まるで、女神が星へ帰る魂を優しく迎え入れているかのように。
女神の民が各地で死者を弔い、
静かに光が夜空へ還っていく――そんな時が、静かに過ぎゆく中。
ローネアン連合国より、はるか西のその先。
世界の理すら歪むとされる、大地の果て――魔大陸。
漆黒の雲が渦を巻き、空には黒雷が走る。
煉獄の王座 ラーダ・ティラノス
黒雷が空を裂き、瘴気が唸るように渦巻く、その玉座の間で――
魔大陸の二大勢力、魔大帝と七魔星は、それぞれに
相手の出方をうかがっていた。
互いの気配を探り合い、視線を交わすだけで、
空気は今にも裂けそうなほど張り詰めている。
刃を交える寸前のような沈黙の中――
魔大帝ヴァトラスと七魔星たちは、向かい合い座していた。
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