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第62話 四年越しの答え

 領主ルグイは双子を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「君たち二人は、この町に来る前にも――我が兵を救ってくれたそうだな」


 一拍置き、深くうなずく。


「報告は受けている。本当に……感謝している」


 そして、ふっと表情をやわらげた。


「……もしかすると、君たちはすでに“人を救う星”のもとに、生まれてきたのかもしれないな」


 その声音は、領主としての威厳を保ちながらも、どこか柔らかさを帯びていた。

 まるで、子を見守る父親のような眼差しだった。


 カナリアはふと、胸の奥が温かくなるのを感じた。


(あー……そういえば、町に来る前、土石流から御者さんたちを助けたっけ。報告するとは言ってたけど……ほんとに伝えてくれてたんだ。律儀だなぁ……)


 彼女はそっとルグイの横顔を見つめる。


(……こうして、身分の下の人間に対しても、ちゃんと感謝と敬意を示せる人なんだ。上に立つ人みんながルグイさんみたいだったら世界は平和なのに)


 胸の奥に、小さな尊敬の念が芽生える。


「私たちも……合同葬儀に参加します! ねっ、ノア!」


「う、うん……! よろしくお願いします!」


 ギルバートは、そんな二人に深くうなずいた。

 その鋭い眼差しには威厳が宿りながらも、声色は柔らかい。


「今日は、ご苦労だった。……また後日、改めて会おう。そして――いい返事を、期待しているぞ。グレンハーストの諸君」


 続いて、ルグイが振り返り、控えていた騎士団長バルクレイに指示を飛ばす。


「バルクレイ、馬車の準備を。……お送りしろ」


「はっ!」


 短い返答ののち、重い扉が音を立てて開かれる。

 双子たちは深く頭を下げ、領主と賢者に見送られながら、その部屋を後にした。


 こうして、グレンハースト家は病院へと戻っていく。

 だが――彼らの胸の内に去来する想いは、先ほどよりもさらに重く、そして深いものとなっていた。




 カドゥラン領主城・別室――


 厚い扉が静かに閉まる。

 途端、さきほどまでの会議室とは空気が一変した。



 そこは、城の中とは思えないほど整然とした研究空間だった。

 壁際には最新式の魔導装置や実験器具が所狭しと並び、

 水晶管を走る魔力が淡い光を放って脈動している。


 静寂の中、魔導灯の淡い光だけが魔導式の計測盤を照らしている。

 ギルバートは迷いなく部屋の中央へと歩み寄り、

 緋の色の髪をもつ人物に視線を向けた。


 長身で、眼鏡越しの瞳が冷たく研ぎ澄まされているエルフ――マルシスだ。

 彼女の手元には、解析用の計測盤や魔導式の魔力測定器が整然と並んでいる。


「……それで、マルシス。”解析”の結果はどうだった?」


 低く、しかし鋭さを帯びた声。

 ギルバートの問いかけに、マルシスは一度だけ深く息を吐き、水晶盤から視線を離さず、淡々と結果を口にした。


「姉カナリアに関しては――やはり属性検知はまったく感じられませんね。“微弱”ではなく、“無い”です。ゼロ。……こんなのは初めて見ました」


 無表情のまま、声色だけがわずかに弾んだ。


「正直、研究体として持ち帰りたいくらいですよ」


 その一言で、部屋の空気がひやりと冷えた。


「ほんとかー?属性がない”生き物”なんて、にわかに信じられない」


 壁にもたれかかっていたアデルが、青髪をかき上げながら、半眼でマルシスを見やる。


「……私の鑑定系最上級聖印、《解析》を疑う根拠を述べてもらっていいかしら?」


 淡々とした声音に、わずかな圧が滲む。

 マルシスの返しに、アデルは肩をすくめ、苦笑した。


 ギルバートが視線を落とし、低く問う。


「聖印は……刀神で間違いないか?」


「はい。剣――いえ、刀を使った剣術としては、常人の十倍以上の成長速度を示しています」


 マルシスは淡々と答えながら、指先で水晶盤の計測結果をなぞった。


「それに伴い、身体能力も異常な水準で向上していますね」


 一度区切りをつけて、彼女は小さく息を吐く。


「加えて、町の人々の証言によれば――彼女が戦闘中に使ったとされる“黒い雪”については、正体を掴めていません」


 眼鏡越しの瞳が、わずかに光を反射する。


「それが刀神由来なのか……あるいは別の力なのかは、現状では不明です」


「ふむ……弟のほうはどうだ?」


「ノアくんは、全属性保有で間違いありませんね」


「全属性を有していることもあって、こちらも慎重を期しました。故に……彼の感情が高ぶった瞬間を狙って解析しましたが――魔力感知の鋭さが異常です。危うく気づかれるところでした」


 淡々と述べながらも、マルシスは指先で水晶盤をなぞった。

 解析結果の揺らぎを確認するような仕草だが、その表情は変わらない。


「ただ――おかしいんですよ。属性の“根源”が深すぎる。最深部まで到達しようとしても、まるで拒まれるように……探れば探るほど、答えが遠のくんです」


 マルシスは言葉を切り、わずかに視線を落とした。


「……私をもってしても、この双子の力の根源については完全な解析は不可能です」


 静まり返った部屋に、マルシスの言葉だけが低く響く。

 解析結果が示すのは、常識を超えた“異質”。

 この双子の存在が、既存の理を逸脱していることを否応なく突きつける結果だった。

 

  ギルバートは腕を組み、アデルに視線を向けた。


「グレンハースト家と竜族……何か関わりは掴めたか?」


 アデルは顎に手を当て、少し考え込んでから答える。


「司祭から聞いた件ですね? なんせ、まだノア君が竜の腕を顕現させた聖環の儀から数日ですから、詳細な情報は……」


 そこで一度言葉を切り、慎重に続ける。


「ただ、少なくとも母方には竜族との縁はなさそうです。父エルドさんは村の出身じゃないので、可能性があるとすれば――そっちでしょうね」


 ギルバートは小さく眉をひそめた。

(……竜族の因子が絡んでいるとすれば、双子の力は女神の加護だけでは説明できん)


「……うむ。引き続き調査を頼んだぞ、アデル」


 ギルバートはわずかに目を細め、微笑とも納得ともつかない表情で呟いた。


「方針は決まりだ。我々《賢者班》は、あの双子を勇者第一候補として前面的に育て、教育する」


「えっ!? 独断で決めちゃっていいんですか? 帝国の兄妹もいるのに!」


 アデルが慌てて声を上げる。


 マルシスは水晶盤から視線を外さぬまま、淡々と口を開いた。


「……つまり、ゼムノスの一件の答えが、この双子にあると――そういうことですね」


「ああ。ようやく確信が持てた気がするよ」


 ギルバートの声音は静かだが、その奥には強い決意が滲んでいた。


「ちょっと、二人で勝手に納得しないで、教えてくださいよ!」


 アデルが半ば呆れ、半ばすがるように迫った。


 ギルバートはアデルに視線を向け、低く問いかける。


「お前もあの場にいたんだ。……ゼムノスの件は覚えているだろう?」


 一拍置き、さらに言葉を重ねる。


「お前に未来視があったとして――魔族の邪魔をする“勇者候補”が現れると知っていたら、どうする?」


「そりゃ……赤子のうちに始末するか、生まれる前に両親を亡き者にするか、ですかね」


 アデルは肩をすくめて答え、すぐにハッと目を見開いた。


「……あっ、そういうことですか」


 ギルバートは小さく頷き、重々しく言葉を続ける。


「そうだ。だが、ゼムノスはそれをしなかった。……いや、できなかったのだろう。だからこそ、わざわざ勇者候補を育てる私の命を狙った――そう考えるのが自然だ」


 そこで一呼吸置き、静かに双子の名を口にする。


「魔族側の未来視と、女神側の総力をもってしても――図り切れない“何か”を秘めた存在。……だからこそ、グレンハースト家の双子を推すというわけさ」


「了解ですけど……それにしてもですねぇ」


 アデルは片手を上げ、少し不満げに口を尖らせた。


「こんなにこそこそ調べ回らなくても、カナリアちゃんとノア君本人に事情を話して、たっぷり調べさせてもらえばいいじゃないですか」


 その言葉に、マルシスが小さく溜息をつく。


「……単独でこちらの大陸に侵入したゼノムスのような魔族もいる可能性もあります」


 マルシスは淡々と告げると、机上の水晶盤に視線を落とした。


「それに、勇者候補の存在を敵視する勢力も少なくありません」


 言葉を区切り、眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。


「どこから情報が漏れるか分からない以上、本人たちへの開示は――時期尚早です」


 ギルバートは厳しい眼差しで二人を見据えた。


「……我々《女神の民》は、すでに四人の人の勇者候補を失った。

 残された勇者候補たちを導かねばならん。――頼んだぞ、アデル、マルシス!」


「「はっ!」」


 二人の声が重なり、別室に短い緊張の響きを残す。


 ギルバートは深く息を吐き、静かに目を閉じた。

(……なんとしてでも、あの双子を守り抜き、この時代を乗り越えなければならない。

 それが、私に課せられた使命だ)


 窓の外では、いつの間にか夜の帳が降り始めていた。

 静寂の中、魔族を退けたという事実だけが、なお重く胸に残る。


 この夜、

 ――グレンハースト家は、家族の無事に安堵しながらも双子の運命これからを思い、

 ――騎士団は、領を守り抜いた誇りと、崩れた街の復興を願う。

 ――そして賢者たちは、迫りくる未来に備えて胸の内で決意を固めていた。


 それぞれが想いを抱えたまま、長い夜は静かに更けていく――。

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