第61話 普通の子供なんです
(女神の……代行者!? まさか――)
カナリアは思わず口を開いた。
「その……代行者って、どういう人なんですか?」
ギルバートは静かに目を閉じ、短く息を整えてから答えた。
「名はラピス・サルフェン。私がかつて、“七魔星”の一柱――消滅のゼムノスと対峙した際に現れた、女神の代行者だ。……あの時、彼の協力がなければ、今ここに私はいなかっただろう」
言葉を終えたギルバートの横顔には、僅かに過去を思い返す影が差していた。
(やっぱり……白狼サルフェンだ!出発前、家の屋根の上で再会したときに言ってた。“強大な敵と戦った”って……あれはゼムノスのことだったんだ)
カナリアの胸の奥で、安堵と確信が入り混じる。
女神の代行者としてサルフェンの名を聞けたことで、すべてが一本の糸で結ばれたような気がした。
(ここにきて、一気にいろんなことが繋がってきた気がする。物語が――動き出してる。あのとき女神に託された言葉の意味も……少しずつ、見えてきた)
(いっそ……今ここで、自分が転生者だって話してしまおうか。そして――女神と会ったことも)
だめだ……サルフェンは、賢者に私のことを伝えていない。
「兄弟」という断片的な情報だけを与えたのには、きっと意味がある。
それに……賢者ギルバートは“七魔星”とすでに対峙している?
いつ、どうやって……?
わからないことが多すぎる。
(……一気に聞くのは不自然だ。また賢者に会う機会は来るはず、少しずつ解き明かしていこう。)
ギルバートが双子をまっすぐに見据え、深く頷く。
「同じ問になるが――神の聖核を持つ兄弟こそが、この世界の希望だ。
――私はそれが君たちだと確信している。どうか、力を貸してほしい」
その言葉が放たれた瞬間、まるで音さえ吸い込まれたような静寂が訪れる。
誰も息をするのも忘れてしまうほどに。
やがて、父・エルドが重たい口を開く。
「……先日、私とノアで領主様とお会いした際に……たしかに、子どもたちが“勇者の可能性”を持っていると示唆されました。しかし……まさか、こんな形で、こんなに早く、現実になるとは……」
そこで言葉が途切れる。
エルドの視線は自然と、カナリアとノアへと向けられていた。
まだ幼い二人。その背に、時に世界すら背負わされるかもしれない未来を想像し、胸が痛む。
守りたい。けれど――託さねばならないのかもしれない。
父としての本能と、現実の重さが、静かにせめぎ合っていた。
ノアが俯きがちに、怒りに震えるように呟く。
「やっぱり……ダウロが言っていたこと、全部本当だったんだ。いろんな町を襲って……人をたくさん、死なせて……!」
小さな拳が、ぎゅっと握りしめられる。
その声はかすかに震えていたけれど――それは恐怖ではなかった。
悔しさ。怒り。そして、自分の無力さへの情けなさ。
“どうすれば守れたのか”。
その答えのない問いが、胸の奥に深く刻み込まれていく。
まだ幼い心なのに、責任を背負おうとしている――それが痛いほど伝わってきた。
カナリアは、そんな弟の横顔を見つめながら、胸の奥に小さなざわめきを覚える。
(ノア……これが“勇者”の反応なんだね……。じゃあ、私の立ち位置は――勇者を守る存在?……でも、それなら……なぜ“転生者”の私を、女神様は選んだんだろう。その謎こそが、私の転生理由の鍵を握ってる気がする……)
部屋に沈黙が満ちる。
その空気を破ったのは、母・シンシアだった。
「……少しだけ、考えさせてください」
静かに紡がれた言葉だったが、その響きには揺るぎない母の意志があった。
「お気持ちは、痛いほどわかります……。でも、この子たちはまだ“七歳の子ども”なんです。そんな子たちに“世界を救うために力を貸してほしい”なんて……すぐに答えを出せることではありません」
シンシアは一度言葉を詰まらせたが、堰を切ったように続けた。
「この子たちはまだ、友達と遊んで、学校に通って、一緒にお買い物に出かけて……小さな包丁で一生懸命お手伝いをして、失敗して笑って……それに――大好きだった祖父を亡くして、今も傷ついているんです。私たちにとっては、ただの“普通の子ども”なんです!」
シンシアの声は涙に震えながらも、母としての必死さがにじんでいた。
(……お母さん……)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
転生者としての私は、どこかで「子ども扱いされたくない」と思っていた。
(……でも、私、この人の子どもでよかった……)
ただ一人の子共として母に守られていることが、心から嬉しいと思えたんだ。
「シンシア……!」
隣にいたエルドが、思わず妻の名を呼ぶ。
その声に、シンシアはハッとしたように肩を震わせる。
自分の感情があふれ出たことに気づき、慌てて口を押さえた。
「……申し訳ありません。賢者様、領主様に対して……なんて言い方を……」
深く頭を下げるシンシアの肩は、小さく震えていた。
それでも、その背中には、“親として譲れぬ覚悟”が宿っていた。
ギルバートはシンシアをまっすぐ見据え、首をゆるく横に振った。
その瞳には、揺るがぬ決意と深い慈悲が同居している。
「いや……母として、当然の言葉だ」
低く響く声が、部屋の空気をさらに重くする。
一呼吸置き、鋭さを帯びた眼差しで続けた。
「だが――あまり猶予はない。奴らはいずれ必ず、この大陸全土を狙ってくる。世界はもう、待ってはくれぬ」
静かな口調なのに、その一語一語が胸を打つほど重く響いた。
ギルバートは一瞬言葉を切り、双子を見据える。
その声音は低く、けれど不思議な温かみを帯びていた。
「……今すぐ答えを出せとは言わない。だが――君たちは、女神の民にとって、希望の一つなんだ。その意味を、胸に刻んでおいてほしい」
領主ルグイ・カドゥランが、静かに執事へと目で合図を送った。
すぐに背後から現れた執事が、手にした荷物を恭しく差し出す。
「さて――僅かながら、これは町を救っていただいたお礼です」
ルグイの言葉とともに、執事の手から金貨袋が差し出された。
袋の中で金属が擦れる、鈍く重たい音が部屋に響く。
それは紛れもない“報酬”だった。
けれど同時に、それは 領主としての誠意と感謝 が込められた証でもあった。
「そ、そんな……私たちは当然のことを……」
エルドとシンシアは顔を見合わせ、受け取るべきか迷うように言葉を失った。
複雑な感情が、二人の表情に滲む。
――助かった命への喜び。
――救えなかった命への痛み。
その最たる存在が、シンシアの父――ギャンバスだった。
ルグイは、二人の心を察したように、やわらかく首を振る。
「いいえ、これは当然の礼です」
ルグイは少しだけ声を落とし、続けた。
「……ギャンバス殿のことも聞いています。よろしければ、明日、合同葬儀を執り行いたい。カドゥランの民を代表して――どうか、ギャンバス殿に敬意を払わせていただきたい」
その申し出に、シンシアの目が大きく揺れた。
言葉よりも先に、熱い感情がこぼれ落ちる。
「ぜひ……よろしくお願いします……」
声は震え、途切れ途切れだった。
彼女は深く頭を下げながら、頬を伝う涙を袖でそっと拭った。
その背を見つめるエルドの瞳も、静かに潤んでいた。
彼もまた、深く頭を垂れる。
それは、誇り高き木こりだった義父への、最後の敬意だった。
「……ありがとうございます」
エルドが、少し遠慮がちに口を開く。
「……町もこの状況ですし、私たちだけが施しを受けてもよいのでしょうか?」
ルグイは、その言葉にゆっくりと首を振った。
彼の声音は穏やかだったが、その奥には領主としての揺るぎない確信がある。
「心配はいらぬ。セレスティア聖教国とギリス公国から、復旧支援隊と物資がまもなく到着する手はずだ。今日明日すぐ復旧とはいかんが……この町を見捨てることは決してない。安心するとよい」
そこで、隣に控えていたギルバートが一歩前に出て、低く響く声で言葉を継ぐ。
「加えて、建造物の復旧に特化した魔法部隊もすでに呼んである。城壁から家屋まで、魔法で強化しながら再建を進める予定だ。……ここは任せてくれて構わん」
ルグイとギルバート、二人の言葉には、現実的な厳しさと、それを支える確かな備えがあった。
領主としての責任と、賢者としての信頼――その両方が、今の彼らを強く見せていた。
カナリアは天井を見上げ、静かに息をついた。
(……おじいちゃんが、あのとき守ってくれなかったら。私も、ノアも、ダウロを倒す事はできなかった。本当に……英雄だよ、じいちゃん)
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