第60話 七魔星『穢れし爛れザヴォルドゥ』
──プツッ。
無機質な音とともに、記録は唐突に途切れる。
称号も、素性すらも語られることなく――
ただそこに残されたのは、帝国の“圧倒的な力”の痕跡だけだった。
ギルバートは静かに息を整え、口を開いた。
「ご覧の通り、レグナント帝国は勇者候補二人の力”だけ”によって、魔族を退けた。特に、神言の少女――魔力量は私と肩を並べるほどだ。さらに、報告では私と同じ“三属性”を有しているとの情報もある」
短い言葉ながら、告げられた内容は重かった。
「あの双子は、“力”の完成に最も近い存在と言えるだろう」
そして、口調をひときわ低く落とす。
「ただし、これはあくまで帝国側の報告と記録晶によるものだ。教会側の立会いがなかった以上、真偽は断定できぬが……映像を見るかぎり、偽りはないだろう」
カナリアは小さく息を吐く。
(レグナント帝国……“帝国”ってつくと、どうも偉そうに見えるのよね。ああやって他国を見下してる態度も、“帝国らしい”っていうか……)
ノアは拳を強く握りしめ、唇を噛む。
胸の奥で渦巻くのは、ただの悔しさではなかった。
(……同い年なのに、あの力差……)
彼らの態度には敬意のかけらもない。
それでも、実力だけは否応なく認めざるを得ない。
プライドを踏みにじられるような感覚に、悔しさがにじみ出る。
――そのとき、ノアがふと眉を寄せた。
耳を澄ますように、視線を部屋の隅々まで巡らせる。
「……?」
まるで、誰かに見られているような――そんな錯覚。
けれど、異常はどこにもない。
ノアはわずかに首を傾げ、胸に残る違和感を振り払うように小さく息をついた。
一方、カナリアは静かに瞳を細める。
(……確かに強い。でも、私たちだって同格の“神核”を有してる。力を完全に制御できるようになれば、決して負けない。)
カナリアの胸の奥で、強い確信が芽吹いていた。
(それにノアは全属性。私には異世界の門がある。ポテンシャルなら、絶対に私達が上だ。)
ギルバートが視線を巡らせ、再び口を開いた。
「そして、最後にローネアン連合国。ここが、最も甚大な被害を受けた」
――ローネアン大陸間大渓谷・東大陸側の監視塔。
ギルバートの側近の一人であるドワーフの神官が、
霊視晶に映し出された映像を静かに覗き込んでいた。
「……なんということだ……」
かすれた呟きと共に、晶石の中で像が揺らめいた。
そこに映っていたのは、かつて首都があったはずの地――。
だが今そこにあるのは、建物の輪郭すら失われた暗黒の渦だった。
黒煙と瘴気が空を覆い、全てを呑み込み、視る者の心を蝕むかのような景色。
「最大の兵力を誇っていたローネアンが……」
神官は言葉を失い、額に冷や汗を滲ませた。
霊視晶に映るその闇は、都市の滅び以上の“何か”を告げていた。
絶句とともに、霊視晶の中に映し出されたのは――
闇に呑まれ、もはや地図にも名を刻めぬほどに変貌した、ローネアン連合国の首都だった。
その中心部、崩れかけた王城の観閲台に、それは鎮座していた。
人の骸で編まれた巨大な王座に腰を下ろし、黒き魔力を放ちながら、
滅びた都市と屍人たちの群れを冷たく見下ろしている。
その巨体は黒く膨れ上がり、腐肉のように爛れ、王城を背にしてもなお輪郭が滲んで見えない。
その正体は、すべての生命への冒涜。
七魔星の一柱――“穢れし爛れ”ザヴォルドゥ。
濁った瘴気が城下を這うように広がり、空すら淀ませていた。
陽の光は届かず、空気はどろりと濁り、触れた草木は瞬く間に黒く変色していく。
そのとき、不吉な羽音が響いた。
城の上空を横切った鳥の群れが、瘴気に触れた瞬間、
次々と地面へ腐り落ちていく。
しかし、そこで終わらなかった。
ほどなくして、地に伏したはずの鳥たちは、
腐敗した翼をばさりと広げ、再び飛び立つ。
――死鳥と化した鳥の群れが、
まるで“死を運ぶ死神”のように暗い首都を旋回し始めていた。
その瘴気が漂う廃墟の首都を、ゆらりと闊歩する人影の群れ。
――いや、それは昨日まで“人”だった者たち。
肉は崩れ落ち、眼窩は空ろにえぐれ、ボロボロになった衣服には、
かすかにローネアン連合国の紋章が残っている。
街を守ろうと剣を取り、盾を掲げた兵士。
老いた学者、商人、職人。
かつて生きたいと願った命たちは、
今や死してなお、命なきまま彷徨い続けていた。
ザヴォルドゥの瘴気によって屍人と化した彼らは、呻き声を漏らしながら、ゆっくりと徘徊していた。
「……オォオォ……」
その声はもはや悲鳴ではなく、怨嗟とも哀悼ともつかぬ、命の名残だけが滲んだような音。
何かを訴えているようで、何も伝わってこない。
意思の断片すら見えない、空虚な呻きだった。
そして、その先頭――
髑髏の軍団とその将軍らしき骸が黒剣を掲げる。
骨の騎馬隊を率いて進軍するその背後には、
数万を超える屍人の群れが、
黒い波のように大地を覆い尽くしていた。
やがて屍人たちは、音もなく王城の元へと集まり始める。
そして――まるで“死の王”への忠誠を示すかのように、
一斉に呻き声を上げながら、深々と頭を垂れた。
玉座に鎮座するザヴォルドゥの足元に、ふたつの小さな影が見える。
ぼろぼろの戦装束に身を包んだ、細身の少年と少女。
肌は青白く、目にはまったく光がない。
それでも互いの背をかばうように、寄り添うように、ぴたりと並んで立っていた。
(……まさか、あれは――)
ドワーフの神官が、霊視晶に吸い寄せられるように身を乗り出す。
――“神盾”と“神弓”、ローネアン連合国が擁していたハーフエルフの双子。
あまりにも、似ている。
髪の色、背格好、立ち姿。そのどれもが、記録と一致していた。
だが確証はない。名前を呼ばれたわけでも、顔がはっきり見えたわけでもない。
ただ、ひとつだけ確かなのは――
そのふたりが、ザヴォルドゥのすぐ傍らに、“護衛”のように立っていたことだ。
動くわけでもなく、語るわけでもなく、ただそこに“在る”。
それだけで、異様なまでの迫力を放っていた。
目を逸らすことができない。
まるで彼ら自身が、“死の王”の忠実な側近であるかのようにすら感じる。
「なんだ……あれは?」
双子の胸元に刻まれた聖印が、じわりと黒い光を帯びて滲み始める。
白銀の輝きは塗り潰され、まるで“穢れ”が神聖を喰らい尽くすかのように変質していく。
「……聖印が……っ、邪悪なものに“塗り替え”られていく……!?」
神官の声が震えた。
まるで女神の祝福そのものが、目の前で穢され、捻じ曲げられていくかのようだった。
そのときだった。
ザヴォルドゥの首が、ぎぎぎ……と軋む音を立てるように、
ゆっくりとこちらを向いた。
まるで何かに反応したかのように。
霊視晶の向こう側から、“観測している視線そのもの”に焦点を合わせるように邪眼をこちらに向けてきた。
「ッ……!」
ドワーフの神官が、反射的に手をかざした――その瞬間。
**“バチィッ!”**と音を立てて、水晶の映像が途切れる。
蜘蛛の巣のようなひびが瞬時に広がり、黒い斑が表面を這い回る。
魔力の糸がばちりと切れたかと思うと、視界が一気に暗転した。
映像は潰れるように崩壊し、霊視晶は腐食したかのように、ぽろぽろと崩れ落ちていく。
残されたのは沈黙だけ。
神官は動けず、ただ呆然と、砕けた破片を見つめた。
そして、重く、呻くように声を絞り出す。
「……化け物め。ギルバート殿、これは――由々しき事態ですぞ……」
カドゥラン領主城の一室。
魔導装置の淡い光だけが壁を照らす
賢者ギルバートの表情は険しいままだった。
「ローネアン連合国の双子――“神盾”と“神弓”のハーフエルフは、戦死と認定された。襲撃したのは、七魔星の一柱……ザヴォルドゥだ」
言葉が落ちた瞬間、空気が凍る。
「首都は壊滅。大陸西部の大半が……暗黒に覆われた。だが、東西を隔てる大陸間渓谷の橋を崩落させたことで、東側への侵入は、いまはどうにか防いでいる」
カナリアは息を呑んだ。
(……首都だけじゃなく、大陸の半分が……陥落?)
(そんな……勇者がいただけじゃ、到底防ぎきれなかったってこと……?)
(七魔星って……そこまで、規格外の存在なの……!?)
ギルバートはゆっくりと息を吐き、視線を双子へ向けた。
「……私は、女神の代行者と共に戦い、その声を聞いた。 “神の聖核”を持つ兄妹こそが、この世界の希望だと。――私は、それが君たちだと確信している。どうか、力を貸してほしい」
その言葉に、カナリアの胸が一瞬だけ強く脈打つ。
(女神の……代行者!?)
(それって、もしかして……!)
私は、その二つ名を聞いた瞬間、
ふわふわの白い毛並みを持ち女神の側近である、“あの”白狼の姿を思い浮かべていた――。
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