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第59話 格差

 部屋の明かりがわずかに落ち、記録晶が淡い光を放つ。

 静寂の中、映し出されたのは――ガイアス獣王国の聖環の儀。


 神域《黎樹の海》――太古の樹々が生い茂る神聖な森の中心部。

 霧と陽光が交じり合う幻想的な風景のなか、白狼族の三つ子が獣神の祭壇の前に並ぶ。


 低く響く太鼓が森にこだまし、骨笛の音が清らかに旋律を紡ぐ。

 樹々の間に張られた縄に獣骨の飾りが揺れ、風が吹くたびカラカラと音を立てた。

 爪先で土を踏み鳴らし、腰の鈴がしゃらりと鳴る。


「――来たぞ! 全員、狼煙をあげろ!」


 奥の方から怒号が響いた刹那、祭壇周辺の戦士たちが一斉に顔を上げる。

 霧の奥で木々がざわめき、黒い波が這い出すように押し寄せてきた。


 襲来したのは、無数の蟲――蠢く脚、毒針、羽音。

 瘴気の甘い腐臭が森を覆い、甲殻のぶつかる甲高い音が響き渡る。


 白狼族の三つ子を守るため、獣人族ビースターの戦士たちが前へ躍り出た。

 重装備の巨躯が木々の間を駆け抜け、爪と牙と精霊術を武器に応戦する。

 自然との絆を活かした連携と獣のような瞬発力――それは、獣王国ならではの戦法だった。


 だが、群れは止まらない。

 幾重にも押し寄せる蟲の壁に戦線が押し潰されかける。


「……やむを得ん、森を燃やせ! 蟲族は残すと厄介だ、殲滅するんだ!」


 悲痛な叫びとともに、油を染み込ませた布が投げ込まれ、火炎魔法が一気に火を広げる。

 炎は瞬く間に樹々を伝い、緑深き聖域を覆い尽くす。

 獣人族にとって祈りの場である森が、自らの手で焼かれていく――その現実は、戦士たちの胸を抉った。


 女王蟲が炎によって悲鳴を上げ、群れがようやく後退していく。

 しかし、その勝利は、決して祝福できるものではなかった。


 熾烈な戦いの末、魔族の群れは撃退されたかに見えた――

 記録晶の映像は、そこで一度途切れる。


 次の瞬間、断片的な映像がふたたび映し出された。

 記録晶に走るノイズ。悲鳴と断末魔。映像はぼやけ、音声だけが鮮明に残る。

 虫の群れにたかられ、人影の輪郭しか映らない。

 体は半ば飲み込まれ、動けない。

 それでも――。


「レグル!ティナ!」

「お前らやめろおおおおおおおおおおッ!!」


「ケルヴィン、ッ……ヴッ、俺た゛は、も……もう、だめ、だ……っ!俺ごと……やれ……ッ!!」

「…………生き、のびて……ガイ、アスを、みちび……いてぇ……ッ……!」


「うわあああああああああああああああッ!!」


 記録晶の映像がノイズで荒れた、その一瞬――

 画面の端を、黒い巨大な“何か”が横切った。

 斬り裂くように――いや、“喰い破る”ように影が走る。


 直後、断末魔すら残さず、画面は黒く塗りつぶされた。


 無慈悲に、記録は終了した。


 思わず、エルドとシンシアが顔を背ける。

 目を伏せ、言葉もなく、ただ胸に手を当てる。

 小さな子供が迎える“最後”にしては、あまりにも無惨な光景だった。


(……ムゴイ。魔族って、ほんと容赦がない)


 カナリアは胸の奥に冷たいものが広がっていくのを感じていた。


(ガイアス……白狼族の三つ子。退けはしたけど、あの子一人だけが……)


 同じ“神核”を持つ仲間が、あんな形で失われた。

 それが、どうしても他人事には思えなかった。


 ギルバートが静かに告げる。


「三つ子のうち、二人が命を落とし……生き残ったのは、“神拳”の少年ただ一人だった」


 ノアの表情が強張り、拳が震える。 


「そ、そんな……!」


 同じ年の仲間が命を落としたという事実が、幼い心を容赦なく突き刺す。

 逃げ場のない現実が、ノアの胸を締めつけた。



「次は……帝国から送られてきた映像だ。私も、最初は目を疑ったよ」


 ギルバートの声とともに、記録晶がふたたび淡い光を帯びる。

 映し出されたのは――レグナント帝国の聖環の儀の記録だった。


 舞台は帝都郊外。神殿を見下ろす視界が開ける小高い丘。

 そこへ、黒い雷雲のような瘴気とともに、巨大な影が現れる。


 姿を現したのは、多腕の巨人族の魔将。

 その背後には、禍々しい気配を放つ魔族の軍勢が控えていた。


 咆哮とともに魔族たちが進軍を開始し、聖なる儀式の地を踏みにじろうとした――そのとき。


 門が開き、正面に現れたのは、勇者候補と思われる二人と……

 場違いなほど優雅な立ち居振る舞いの執事とメイドだった。


 その中で、ひときわ異彩を放つ存在があった。

 紅と黒を基調とした無駄のない戦装束を纏い、肩口で揺れる火花のような装飾が戦の余熱を思わせる。


 褐色の肌に短く整えられた黒髪、真っすぐに伸びた背筋。

 少年の静かな気迫は、まるで揺るぎない槍そのものだった。


 神槍の少年が槍を構え、低く身をかがめる――と思った次の瞬間。

 大地を蹴り、凄まじい跳躍で宙へ舞い上がる。

 その衝撃で、背後にいた三人の服がばさりと大きくはためいた。


「蹂躙せよ、押し潰せ!」


 魔将が軍勢に号令を飛ばしたその刹那、槍を携えた少年が空から突き込む。

 降下の衝撃が大地を割り、魔将以外の魔族はまとめて吹き飛ばされた。


 直後、地面に青白い炎が奔り、円形の陣を描きながら燃え上がる。

 炎が壁となり、外界を遮断する。

 魔将と少年、強制的な一対一タイマンの構図が完成した。


 カナリアは息を詰め、映像を凝視した。


(……あれは、おそらくダウロと同格の巨人族!)

(それに、この少年……既に“覚醒”しきってる。しかも、力に溺れず制御まで……!)


 魔将が雄叫びを上げ、多腕を振り下ろす――だが、その全てを槍が叩き落とす。

 槍が振るわれるたび、巨人の多腕が一本、また一本と切り裂かれていく。

 終始、一方的。

 魔将は抗おうとするが、巨体を揺らすだけで反撃の機会を掴めない。


 最後の腕が宙を舞った瞬間、少年の槍が閃き――

 巨体の胴を深々と貫いた。


「僕と姉さんで、やっとの思いで倒した魔将を……たったひとりで……」

 ノアの声は震え、拳が自然と固く握られる。

 カナリアも目を見開き、記録晶から視線を外せなかった。


 だが――真に異質なのは、その後だった。


 戦場の片隅。

 メイドの魔法で生成されたレースの椅子とティーセット。

 その椅子に腰掛け、香り高い紅茶を優雅に口へ運ぶ一人の少女。

 深い紫の巻き髪ツインテールが揺れ、執事が差し出すパラソルの下、涼しげに戦況を見下ろしていた。


 突進してくる魔族の軍勢が、彼女の方へ迫る。

 その魔の手にかかるかと思われた、その瞬間――。


「……醜い上に、頭が高い。」


 冷たい視線とともに、少女が呟く。

 次の瞬間、魔族の軍勢たちは天からの重圧に押し潰されるように地面へ叩きつけられた。

 一匹たりとも例外はいない。抗おうとするが、震えるだけで一歩も動けない。

――まるで、それは“彼女を視界に入れることすら許されない”かのような、絶対的な服従だった。


「視界から消えていただきたくてよ?」


 パラソルの影の中、紅茶を置いた少女が、扇のように指を払う。


 瞬間、光と炎が奔り、天空を裂いた。

 少女が紡いだのは、“神言”――神の言葉を借りる奇跡の詠唱。

 その神言たる光は、まるで三月の瞳をも焼き抜くかのような凄絶さで立ち昇った。


「魔族って、思ったよりお雑魚ですわねぇ。……まぁ、幾分、虫よりは燃えづらいかしら?そう思わなくて? シャプティーン」


 少女は指先をひらりと返す。

 クルクルと回した残り火は小さな蝶の群れとなり、ふわりと空へ消えていった。


「これに手こずる他国の勇者は……よほど軟弱者だな。情けない。引き上げるぞ、アナスタシア」


 最後に、気だるげな一言が入る。


「ん? もう記録晶は切っていいか? 残すほどのことでもなかったろ」


 ──プツッ。


 無機質な音とともに、記録は唐突に途切れる。



 静まり返る応接室に、誰も言葉を発せられなかった。

 ガイアス獣王国とレグナント帝国――

 同じ“神核”を宿す勇者を持つ国でさえ、これほどまでに差がある。

 それを突きつけられた現実が、重く胸にのしかかる。


 そして記録晶は、静かに次の光を灯す。

 ローネアン連合国――

 最後の勇者の兄弟たちの行く末が、いま映し出されようとしていた。

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