第58話 答え合わせ
カドゥラン領主城・客間――
グレンハースト家は、領主ルグイ・カドゥランと賢者ギルバートに呼び出され一室で控えていた。
天井は高く、壁には領家の紋章と歴代の肖像画が整然と並んでいて、ステンドグラス越しに差し込む陽光が、グレンハースト家の双子に淡い輝きを与えている。
(……これが、領主城の客間か。転生前のゲームやアニメの中では見たことあるんだろうけど、現実で座ってるなんて、ちょっと信じられない)
(椅子も机も、いちいち凝ってる……彫刻も装飾も。さすが領主町カドゥラン。格式の違いを見せつけてくるな……)
さすがのノアも、今日は緊張した面持ちで椅子に座っていた。
一方で、カナリアの瞳には、どこか影が差していた。
自分とノアが町中で戦ったせいで、被害が大きくなってしまったのではないか――
そんな思いが、心にのしかかっている。
誰も責めなかった。だからこそ、自分だけは、許せなかった。
(おじいちゃんも……ここに連れてきてあげたかったな)
そんな思いを胸に抱きながら、彼女は静かに背筋を伸ばしていた。
その隣には、父エルドと母シンシアが静かに控えていた。
――コン、コン。
重厚な扉がノックされると、堂々たる体格の男がゆっくりと姿を現す。
鋼の鎧を纏った騎士が、一歩前へと歩み出た。
褐色の肌に、短く刈り込まれた黒髪。鋭い眼差しのその男性は、先日病室を訪れた騎士団長だった。
「改めてご挨拶を。カドゥラン領騎士団、団長のバルクレイ・アイアンフェルです。未だ傷も癒えぬ中、お越しいただき感謝いたします」
騎士団長バルクレイは深く頭を下げた。
「先日の魔族襲撃に関しては、我々の到着が遅れたことを、まずお詫び申し上げます。領主の身柄確保を最優先とせざるを得なかった――それが事情とはいえ、申し訳ありませんでした」
そう語るバルクレイの眼差しは、真正面からカナリアとノアへと向けられていた。
言い訳でも、取り繕いでもない。まるで、その責任を真正面から受け止めるかのように――
静かながらも強い意志が、その瞳に宿っていた。
「君たちがいなければ、あの魔将を止めることは我々には不可能だった。町の民を、そしてこの領地を守ってくださったことに……心より感謝いたします」
真摯な言葉に、エルドとシンシアは静かに頷いた。
カナリアとノアも、戸惑いながらも姿勢を正す。
カナリアは少し困ったような表情で、慌てて両手を小さく振った。
「私も……目の前のことで精一杯で。気づいたら、こうなっていたというか……」
ノアも同じように、手を振りながらしどろもどろに言葉を継ぐ。
「そ、そんな……いきなりのことで、無我夢中で……気づいたら体が動いてたというか……!」
2人の動きがぴたりと揃った様子に、騎士団長バルクレイは思わず口元をほころばせた。
けれど、その視線はしばし双子に注がれたまま離れなかった。
――肩や腕、背中の筋肉の付き方。力を抜いたときの立ち姿のバランス。
戦闘経験に裏打ちされた騎士の目は、無意識のうちにふたりの身体の「整い方」に目を凝らしていた。
(剣を振る動きこそ見てはいないが……わかる。これは、生まれ持ったものだな)
努力では届かない、天賦の才――
長年剣に生きてきた者として、その差を認めざるを得なかった。
(……正直、少しだけ、羨ましいな)
内心でそう苦笑しながらも、彼は堂々と続けた。
「やはり、双子なのだな。似ている。……それに、あの魔将ダウロを倒したのは間違いなく君たちだよ」
そのとき、近くに控えていた兵士が騎士団長バルクレイの耳元に何かを囁く。
団長は短くうなずき、双子に向き直った。
「準備が整いました。皆さん、こちらへどうぞ」
一行が別室へと向かって歩いているとき――
(……そういえば、こないだの二人は?)
カナリアの脳裏に浮かんだのは、戦場で自分たちを助けてくれた、レオナとアーキルの姿だった。
そのとき。
「団長さん。レオナさんとアーキルさんは……?」
隣を歩くノアが、まさに思っていたことを口にする。
(ノ、ノア~……! さすが我が弟……!)
内心で小さく拍手するように、カナリアはノアを称賛した。
問いかけを受けたバルクレイは、苦笑混じりに肩をすくめた。
「……ああ、二人とも、昨日は気丈に振る舞っていたが、実のところ結構な重傷でね。本人たちは復帰すると聞かなくて困ったよ。だから、団長命令で無理やり病院に縛りつけてる。今頃ベッドの上で不満をこぼしてるさ」
ノアとカナリアは顔を見合わせ、小さく笑った。
「さあ、この部屋だ」
バルクレイが一歩進み、扉の前で軽く咳払いをした。
コン、コン――
礼儀正しくノックを二度。
「グレンハースト家をお連れいたしました。失礼いたします」
そう言って扉を静かに開けると、豪奢な調度品が並ぶ応接の間が広がった。
高い天井、厳かな静けさ。部屋の中央には、すでに二人の人物が待っていた。
領主ルグイ・カドゥランと、賢者ギルバート・ピアソンである。
二人は一行が部屋へ入ってくるのを認めると、静かに席を立った。
領主ルグイ・カドゥランは、威厳ある佇まいのまま柔らかな笑みを浮かべ、
ギルバートも軽く頭を下げて出迎える。
「よくぞ来てくれた、グレンハースト家の皆さん。どうぞ楽にしてほしい」
柔らかな口調でそう告げるルグイ。
(……とはいえ、そう言われて本当に楽にできる人なんて、そうそういないよね。
でも、偉そうに威張ってる領主様じゃなくてよかった。……ふぅ)
続いて、ギルバートが一歩前に出て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「本題に入ろう。君たちにここへ来てもらった理由――そして、賢者の私がこのギリス公国カドゥランに身を置いている理由だ」
言葉を切り、視線を双子に向ける。
「それは、“神の聖核”を持つ君たちを守るため。そして、果たさねばならない“願い”がある」
彼の瞳はまっすぐに、カナリアとノアを見据えていた。
「同日、世界各地で勇者候補の“聖環の儀”が行われた。そして――すべての会場で、魔族の襲撃が発生している」
「えっ……同時開催!?」
カナリアが、思わず声を上げた。
ノアは、きょとんとした顔で隣を見やる。
「……ノア? もしかして、知ってたの?」
ノアは小さくうなずきながら、言葉を探すように答える。
「うん。直接聞いたわけじゃないけど……ダウロと戦ってた時、そう言ってたんだ。世界各地の勇者たちを一斉に襲うって。だから、もしかしてって思ってた」
(そうか……そういうことか)
カナリアは、納得したように息をひとつ吐くと、礼儀正しく頭を下げた。
「……すみません、初めて知って驚いて。続けてください」
カドゥランへ向かう馬車の中で抱いた疑問――その答えが、ようやく見えた気がした。
どうして、自分たち双子の“聖環の儀”だけ遅れたのか。
あのときは理由を告げられず、ただ予定が変わったとだけ知らされた。
だが今ならわかる。
すべては各地の儀式を同じ日に揃えるための“調整”だったのだ。
儀式を一斉に行うため、意図的に日程が整えられていた。
(……つまり、最初から魔族の襲撃を“予想してた”ってこと?)
その考えが頭をよぎると、町に入ったときの光景もつながる。
異様に多かった兵士たち――あれは偶然ではない。
魔族への備えが、最初から進められていたのだ。
聞きたいことは山ほどあった。
(でも、今は……賢者の話を最後まで聞こう。それから考えをまとめよう)
一度だけ、ギルバートはわずかに眉を寄せる。
その表情には、責任を負う者の重みと、今まさに語られる現実への静かな緊張が宿っていた。
「各地の被害は甚大だ。カドゥランは……まだ、マシな方だ」
短く、深い沈黙が落ちる。
その重みが、部屋の空気をわずかに揺らした。
ギルバートは手を上げ、傍らの魔導装置へとかざす。
「……言葉で語るより、見たほうが早い」
彼の合図とともに、部屋の一角に据えられた魔導装置が、淡く光を帯び始めた。
静かな起動音が響く。
空中に、魔力の粒子がふわりと漂い始める。
やがて粒子たちは、中心へと集まり、ゆるやかな軌跡を描きながら幾重にも重なり――像を結び始める。
まるで光の霧が、形を持ち始めたように。
浮かび上がったのは、鮮明な立体映像。
部屋の明かりがわずかに落ち、記録晶による映像が、再生を始める。
それは、各国で起きた“ありのまま”の現実を描き出す。
誰が生き延び、何を失ったのか――そのすべてを。
最後まで見ていただきありがとうございます!
【☆】お願いがあります【☆】
ちょっとでも、
「面白いかも?」
「続きをみてもいいかな!」
と思っていただけましたら、是非ともブックマークをお願いします!
下の方にある【☆☆☆☆☆】から
ポイントを入れてくださるとさらに嬉しいです!
★の数はもちろん皆さんの自由です!
★5をつけてもらえたら最高の応援となってもっとよいエピソードを作るモチベーションとなります!
是非、ご協力お願いします!