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第57話 崩れた町と賢者の名

 窓辺へと歩き、指先でカーテンをつまんで引いた。

 領主町の北区の高台に建つこの病院の一室からは、カドゥランの町が一望できた。


 ――けれど、そこに広がっていたのは。


「……なに、これ……」


 カナリアは、思わず息を呑んでつぶやいた。


 窓を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でる。

 その風には、まだ燻るような焦げ臭さが混じっていた。


 瓦礫をどかす鈍い音と、誰かの嗚咽が微かに響く。

 病院の庭先には入りきらない負傷者のための簡易テントが並び、

 包帯を巻かれた人々が横たわり、必死に看病する者たちの声が飛び交っていた。


 その先に広がるのは、瓦礫の山。

 焼け落ちた屋根、裂けた通り、崩れ落ちた防壁。

 ダウロの爪痕は確かに残っていたが、それ以上に――


 町そのものが、崩れていた。

 南区はとくに酷く、地形ごとえぐられたように壊滅している。


「……酷い有様だろ」


 病室の扉がわずかに開き、静かな女性の声が中に届く。


 そこに立っていたのは、銀髪の女性と、彼女の肩を支える包帯姿の男性だった。

 姿勢は乱れていながらも、その佇まいには確かな気品と誇りが漂っている。


 ノアが戸惑い気味に声をかける。


「……あなたたちは?」


 男性が一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「いきなり部屋に立ち入って、すまない。ただ……どうしても、直接礼を伝えたくて」


 それを聞いた銀髪の女性は、そっと彼の腕を外し、自らの足でしっかりと立ち上がる。

 表情にわずかな痛みを浮かべながらも、毅然とした動きだった。


「アーキル、大丈夫だ。一人で立てる」


 そして、深く息を吸って名乗る。


「申し遅れました。カドゥラン騎士団副団長――レオナ・グランシェイドです」


 続いて、男性も敬礼とともに名乗る。


「同じく、警備隊長のアーキル・ブランフォード」


 二人は揃って、まっすぐにノアとカナリアを見つめ、深く頭を下げた。


「カナリア君、ノア君。この度は、カドゥランを守ってくれたこと、心の底から感謝する。……失ったものは少なくない。それでも君たちがいなければ、この町はもっと多くのものを失っていた。本当に……ありがとう」


 レオナの言葉を聞いたカナリアは、少しだけ視線を伏せながら、口を開いた。


「そんな……私たちは、できることをしただけです」


 その声音は控えめで、どこか複雑な心境を物語っている。


(……きっと、私たちが気づかないところでも、騎士団のみんなが戦っていたんだ。私たちだけの力で、この町を守れたわけじゃない……)


(どういたしまして!なんて素直に喜べないよ。町もこんなになって、おじいちゃんも……それに、全員が助かったわけじゃないだろうし……)


 胸の奥に重く残るものを押し込めるように、カナリアは口をつぐんだ。


 その隣で、ノアが真剣な面持ちで問いかける。


「……一体、あのあとに何があったんです?」


 ノアの問いかけに、アーキルとレオナは互いに目を合わせた。

 そして、簡潔に、けれど丁寧に、あの“後”の出来事を語りはじめる。


――ダウロの死後も暴れた魔族の第2陣。

――上空から現れたアルコン、ギルバートの介入。

――逃げ遅れた人々を、間一髪で救い出した奇跡のような瞬間。

――そして、地震と崩落。カドゥランの被害の全貌……。


 話を聞き終えたカナリアとノアは、言葉を失っていた。


 カナリアは窓の外に目を向けた。


 通りには、多くの人々がいた。

 破片をどける者、けが人を運ぶ者、ただ呆然と座り込む者――

 皆が、それぞれのやり方で、戦いの終わりを受け止めようとしていた。


(……こんなにも、傷ついてるんだ)


 町の形は変わってしまった。

 だけど、人々はまだ、ここに生きている。


 涙をこらえ、前を向こうと必死になっている。

 胸の奥が、重く締めつけられる。

 誰かの笑顔が戻るには、まだ遠い道のり。

 でも、それでも――。


 カナリアが静かに町を見下ろしているそのとき、隣のイスに座るノアの脳裏にも、ふいに“あの声”がよみがえった。


 ――〈今宵、我ら七魔星の同胞たちが、世界の各地で牙を剥く〉


 ダウロが放った、あの言葉。

 ただの虚勢ではない。実際、この町は襲われ、多くの人々が傷ついた。

 そして……それと同じような惨劇が、世界中で起きているのだとしたら。


(いま頃……他の場所は、どうなってるんだ……?)


 ノアは思わず、ぎゅっと拳を握りしめた。

 遠くの空で、この今も苦しんでいる人がいるかもしれない。

 自分と姉が生き残れた奇跡――それが、他の誰かには訪れなかったかもしれない現実が、胸を締めつける。


 ――キィ……


 ふたたび扉が軋む音を立てて、静かに開いた。


 入ってきたのは、三人の男たち。


 その瞬間、それまで温もりに包まれていた室内の空気が、ぴり、と引き締まった。

 まるで空気の重力が変わったかのように、自然と背筋が伸びる。


 先頭を歩いていたのは、濃紺の外套をまとい、胸元に銀の大鷲の紋章を輝かせた壮年の男。

 高い鼻梁と整えられた顎髭、威厳に満ちた眼差しがすべてを語っている。


「目覚めたばかりのところ、無礼を承知で……お邪魔させてもらう」


 その言葉にあわせて、レオナとアーキルがぴたりと敬礼の姿勢を取る。

 二人も思わず姿勢を正した。


「我はこのカドゥラン領の主、ルグイ・カドゥラン。君たちの無事を、そして……勇気に、心から感謝している」


 ルグイは柔らかく頷きながら、ノアに視線を向ける。


「そして……ノア殿。君と父上とは、先日の下見でお目にかかった。こうして再び会えたことを、嬉しく思う」


 隣に立つ、重厚な鎧を纏った騎士が一歩前に出た。

 褐色の肌に短く刈り込まれた黒髪、鋭い眼差しはまさに歴戦の戦士のそれ。


「カドゥラン騎士団長、バルクレイ・アイアンフェルだ。君たちには……感謝しかない。頭が上がらないよ」


 騎士団長は深々と頭を下げた。


 そして――最後に歩み出たのは、白色のローブを纏った中年の男だった。

 目元には深い知恵と観察力が宿り、背筋は凛と伸びている。

 腰に提げたのは、繊細な彫刻が施された金属の杖。


 彼が一歩足を踏み入れた瞬間、部屋の空気が、ひときわ張り詰めた。


 その姿を見た瞬間、カナリアの目が見開かれる。


「……っ! あなた……あのときの魔法使いさん!」


 ギルバートは、口元にかすかな笑みを浮かべ、ローブの裾を揺らして一礼した。


「うむ。やっと会えたな、グレンハースト家の双子の姉弟よ。私が賢者のギルバートだ」


 その声には、どこか優しさがにじんでいた。


(賢者……賢者! この世界にもいたんだ……!そして、例外なく強そう……!)


 カナリアは気絶する直前に感じた、あの“絶対的な安心感”。

 あれは、この賢者のものだったのだと再認識した。


 ギルバートは言葉を告げた直後、彼はルグイに視線を送り、軽くうなずく。

 ルグイも静かにうなずき返し、言葉を引き継いだ。


「……今日は、君たちに話さねばならぬことがある」


「そして……聞き入れてほしい願いがあったのだが――」


 その声音には、静かだが確かな重みがあった。


「どうやら先ほど目が覚めたばかりのようだな。では、病み上がりところ悪いが明日、城へ来てほしい。昨夜、この町で何が起きたのかはもちろん……いま、世界各地で何が起きているのかを、あらためて伝えねばならぬ」


 部屋の空気が、再び引き締まる。

 そして二人はふと気づいた。


 この瞬間にも、遠い空の下で、別の誰かが命を懸けている。


 その現実が、胸を強く打った。

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