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第56話 守ったはずの町へ

 闇の中、ノアの意識が揺れていた。

 目の前には紅蓮の炎。

 音もなく宙を裂く巨大な鉄槌。咆哮。

 潰されそうになった自分をかばって、祖父が――


(やめろ……やめろやめろやめろッ!!)


 その瞬間、全身に奔った、奇跡のような感覚。

 力が、あふれた。

 剣が変貌し、魔族の巨体を断ち伏せる。

 しかし、それでも魔将は倒れなかった。

 死の恐怖が、再び迫る。


 そして――。

 見たこともない姉の姿。

 漆黒の雪とともに、時さえ止まったかのような斬撃。


(姉さん……!)


 ――ぱちっ!


 ノアは勢いよく目を開いた。

 焼けつくように肺へ空気が流れ込み、胸が激しく上下する。


「っ……!! ダウロは!? ここは……!?」


 飛び起きようとした瞬間、全身を鈍痛が襲い、ノアは顔をしかめる。

 ぐるぐると巻かれた包帯。

 体を押さえつけるような痛みに耐えながら、視線をめぐらせた。


 柔らかな光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。

 白亜の天井。草の香りと薬草の匂い。

 静かな寝息――すぐ隣に目を向けた。


「……姉さん!」


 カナリアは、ベッドに身を横たえ、静かに寝息を立てていた。

 その姿を見た瞬間、ノアの胸に熱い安堵が広がる。


 ――すると。


「……ノア? ここは……病院……?」


 微かに瞼が揺れ、寝息が止まった。

 ノアの声に応じるように、カナリアのまつげがゆっくりと震える。

 そして次の瞬間、まどろみの中でその蒼い瞳が、薄く開いた。


 カナリアの意識が、どっと押し寄せるように蘇った。

 ダウロの咆哮。迫り来る死の気配。そこへ――救いの声があった。

 そして最後に見たのは、強大な魔力を纏って、魔族を討ち倒す魔法使いの姿。


(……助かったんだ……私たち……!)


 蒼い瞳が大きく見開かれる。

 次の瞬間、ベッドから半ば飛び起きるようにして、隣のノアを力いっぱい抱きしめた。


「二人とも……生きてるんだ、よかった……!」


 途切れ途切れの声と一緒に、抑えきれない嗚咽が胸からあふれ出す。

 胸に押し付けられた温もりに、ノアは驚きながらも息を呑む。

 カナリアの声は震えていた。安堵と涙の入り混じった、命の実感そのものだった。


 ――キィ……。


 そっと開かれる扉の音に、二人は振り向いた。


 そこに立っていたのは、片足に包帯を巻いた女性。

 目に涙を浮かべ、口元を押さえ、今にも泣き出しそうな母、シンシアの姿だった。


「……あなた! リアとノアが!」


 その声は、信じられない現実を確かめようとするように震えていた。

 そしてそのすぐ後ろから、父・エルドが駆け込んでくる。


 シンシアはベッドに飛び寄り、二人を強く、強く抱きしめた。


「よかった……ほんとうによかった……!もしも、あなたたちまで目を覚まさなかったら……私、どうしたらよかったか……!」


 涙を拭いながら、それでも母として強くあろうとする笑顔を浮かべる。

 だがその笑顔は、泣き出しそうに揺れていた。


「……お母さん。わたし、昨日……いきなり飛び出しちゃって、ごめんなさい」


 カナリアがつぶやく。

 けれど胸の奥にあったのは、それだけじゃない。


 ――もっと早く判断していれば。

 家族と一緒に動いていれば、もっと多くの人を助けられたかもしれない。


 転生者として持つ力。

 それを、もっと掴んでさえいれば……。


 もう戻れないとわかっていても、

 最善を選べなかった自分への後悔だけは、消えてくれなかった。


 ……でも、きっと私たちがいなかったら、町は今も燃えていた。


 胸の奥に広がる悔いと、それでも確かに守ったという誇り。

 カナリアは、母の腕の中で、そっと目を伏せた。


「それに……それに、じいちゃんが……」


 ノアも、うつむきながら言葉を継いだ。

 祖父を、死なせてしまった。自分をかばって、命を……。


 確かに、あの力が目覚めたのは、あの瞬間だった。

 けれど、それでよかったなんて、どうしても思えなかった。


 シンシアは、そっと首を振った。


「……言わなくていいの。お母さん、わかってるわ。あの人は、あなたたちを守るために動いたんでしょう? だったら、それでいいのよ」


 必死に強くあろうとする母の声。

 けれどその奥に、深い悲しみが確かに揺れていた。


「私、誇りなのよ。私のお父さんは、最高だったって……」


 そう言い切ると、シンシアはわざと明るい声を作る。

「……ね、きっとお腹すいたでしょ? なにか、持ってくるわね」


 そう言って、安堵を装いながら部屋を出ていった。


 後に残ったエルドが、そっとベッド脇に腰を下ろす。

 そして、優しく二人の肩に手を添えた。


「……お母さんは、いまは落ち着いてるけどな。最初は……あまりに動揺して、正気を保つのもやっとだった。だから――そっとしてやってくれ」


 カナリアとノアは、静かにうなずいた。

 そのときだった。カナリアがふと、何かを思い出したように表情を変え、あたりを見回す。


「……私の刀と……ノアの剣は?」


 その問いに、エルドは部屋の隅へ視線を向ける。

 そっと置かれていた包みを手に取り、ゆっくりとほどいて見せた。


 中にあったのは――


 焼け焦げ、ひび割れ、今にも崩れそうなカナリアの刀。

 そして、鍔の部分で真っ二つに折れてしまった、ノアの剣だった。


「……耐久性では、本物の鋼鉄以上の硬さを持つ“アーバン樫”の剣が……こんなになるとはな。よっぽどすごい戦闘だったんだな」


 ノアも、少し困ったように笑いながら答える。


「僕の剣……たしか、ダウロの胸に突き刺して、そのまま抜けなくなって……。それで……そのあと、意識を失ったから……」


 その言葉を聞きながら、カナリアはじっと壊れた刀を見つめる。

 胸の奥に、ざわりと何かが広がった。


(……あれは、私の能力と、全魔力を込めた一撃だった。だから……刀が、耐えきれなかったんだと思う。それに――あの斬撃で、ノアの剣まで……)


(……ごめん、ノア。あなたの大事な剣まで、壊してしまった……)


 そして、ぽつりとつぶやく。


「……おじいちゃんの形見でもあるのに、ごめんなさい……」


 エルドは、ふたりの頭にそっと手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でた。


「ははっ……壊れて当然さ。あの剣は、ちゃんとお前たちを守ってくれたんだからな。……自分で言うのもなんだが――最高の贈り物だった。今なら、胸を張ってそう言えるよ」


 そこでふと視線を落とし、少しだけ間を置いて――静かに、ぽつりと心情を吐露した。


「本当は……父親の俺が、守らなきゃいけなかったのにな。まだ小さいお前たちに、命張らせて、守ってもらうなんて……情けなくて、悔しくて仕方がない。――だけど、それでも……お前たちは、この町を救った。たくさんの命を、救ってくれた。お父さんは……心から、お前たちを誇りに思う」


 父の言葉を聞いたあと、カナリアはゆっくりとベッドから身を起こす。

 ノアの横顔にちらりと目をやりながら、そっと足を床につけた。


(自分の目で、しっかりと確かめておきたい)


 私は、自分が守ったはずの町を見るために――

 窓の外の景色へと、そっと視線を向けた。


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