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第55話 カドゥラン領強襲⑳ 魔将たる所以

 逃げ場などない。

 その事実だけが、戦場を覆い尽くしていった。


 「……かなりの数が、外で待ち構えていたようだな」


 銀髪の賢者は淡々と告げる。


 「だが――この大地に、魔族がいることは許されない。ゆえに、すべて……消えてもらった」


 そして、ゆっくりと視線を魔族の残党に向けた。


 「さて、残るは……お前たちだけだ」


 ローブが風に揺れる。

 その一言で、場の温度がさらに下がった。


 「――滅せよ」


 その言葉と同時に、ギルバートの身体から蒼白い魔力があふれ出した。

 炎とも光ともつかぬ冷たい輝きが戦場を包み、魔族たちは膝を折り絶望する。


 それを合図に、騎士団が攻めが激化する。


 「おおおおおおっ!!」


 剣が閃き、盾がぶつかり合い、怒号が交錯する。

 士気を取り戻した人類の剣士たちは、次々に魔族を討ち果たしていく。



 瓦礫を踏み分けながら、巨躯が影を落とす。


 「……レオナ、ここにいたか。さすがの俺でも心配したぞ」


 声に気づいたレオナは、血に濡れた鎧の中で、うっすらと瞼を開いた。

 意識はもうろうとしているが、それでも副団長として気丈に視線を向ける。


 バルクレイは腰の袋から一本の瓶を取り出した。

 緑色に輝く液体が、微かに光を放ちながら揺れる。


 「飲め。一番いいものを、もらってきた」


 ごくりと喉を潤した瞬間、レオナの呼吸が少しずつ整っていく。


 「……団長。……遅いですよ」


 微かな笑みを浮かべ、掠れた声で続ける。


 「あなたがいるということは……戦況は……?」


 バルクレイは黙って穴の開いた壁を指差した。

 そこからは――銀髪の賢者ギルバートが蒼白の魔力を振るい、騎士団が魔族を蹂躙する光景が広がっていた。


 「見てみろ」


 豪胆な声が低く響く。


 「勇者も無事だ。人も、町もだ……アーキルもな」


 その言葉に、レオナの瞳がわずかに潤む。

 副団長の胸に、ようやく確かな安堵が広がっていった。


 騎士団長バルクレイに肩を抱かれ、足を引きずりながら中央広場へと進むレオナ。


 (そうだ確か私は、下級魔族に意識を奪われ、ダウロに案内を……)


 ぼんやりと霞む視界の奥で、脳裏にかすかな疑問が浮かんだ。


 「なぜ奴は……中央広場ここに案内を……? 勇者がいる宿舎ではなく……」


 その瞬間、意識を失う直前に見た光景が蘇る。




 ――巨大な鉄槌を両手で握りしめる、ダウロの姿。

 魔力を練り上げ、凝縮し、集中させ――

 ゆっくりと、しかし確実にその鉄槌を地面へとねじ込むように叩きつけていた。


 重く鈍い衝撃音が地中に響き渡り、濃密な魔力が地下深くへと沈んでいく。

 粉塵が舞い、足元の石畳には亀裂が走った。


 一瞬、地面が微かに震え――しかし、すぐに静まり返った。




 (……まさか、奴は地中に仕掛けを……!?)

  背筋を冷たいものが走り抜ける。


 「……まずい! 今すぐ全員避難するんだ!」


 レオナの声に反応して、ギルバートの瞳が閃いた。


 真っ二つに裂かれた巨体――牛頭の巨人ダウロ。

 その断面から、なお脈打つように魔力が漏れ出している。


 (……こいつ、まだ……!)


 「――燃え尽きろッ!」


 蒼白の魔力が奔流となり、裂けた半身を一気に呑み込んだ。

 轟音とともに肉も骨も焼かれ、残滓すら残さず灰と化す。


 ジュオオオオオッ!!


 しかし――その瞬間。


 ギルバートの視界の端で、反対側に動く影が蠢いた。

 焼き尽くしたはずの巨体――カナリアに斬り裂かれたそのもう半身が、なおも生きていたのだ。


 血と灰にまみれた腕が、地を這うように持ち上がり――


 「……ヴァトラス殿下に……栄光……あれ……」


 ドンッッ!!!


 「極部地震アースシェイカー!!」


 ――カドゥラン侵攻の際に中央広場の地下に仕掛けた“ソレ”。

 それは、万が一にも自分が敗北した時のための保険。

 配下の魔族が捕虜となることを許さず、敵も味方もろとも崩壊させるための最終手段。


 暴君と謳われながらも、知略を兼ね備えた魔将ダウロの、最後の足掻きであった。


 地鳴り。

 魔力の脈動。

 広場の空気そのものが、凍りつくように震えだした――。


 地鳴りは瞬く間に広場を超え、街全体へと広がっていった。

 最初は足元を震わせるほどだった揺れが、次第に縦揺れとなり、建物を軋ませ、塔を揺らす。


 ギルバートは膝をつき、掌を地面にあてる。

「……深い……! 今からでは、止められん……!」

 冷徹な賢者の声に、焦りが滲んでいた。


 その時――

「ギルバート様ッ!」

 上空から声が響く。アデルとマルシスが、アルコンの背に乗り現れた。


 アルコンは翼を大きく広げ、広場に着地すると、乗せられるだけの騎士たちを一気に背に引き上げていく。


 「早く、こちらへ!」

 「ギルバート様も、急いで!」


 しかし賢者は首を振った。


 「大丈夫だ――お前たちは空へ避難しろ!」


 揺れは激化し、縦揺れで、もはや人々が立っていられないほどに達していた。


 ギルバートの身体がふわりと浮かび上がる。

 銀の髪を風に散らしながら、全魔力を解き放ち、町全体へと広げていった。

 空気そのものが魔力で満たされ、蒼白の光が街を包み込む。


 「……この町の住人、逃げ遅れ――五百十二名。

  うち、建物内部に取り残されている者――百三十四名……!」


 声が、魔法によって街全域へと響き渡る。


 「命惜しくば、全員外へ出るんだ! 早く!!」


 魔力を帯びた声が街に響く。


 だが――まだ間に合わない。

 崩れゆく建物の中、泣き叫ぶ声、逃げ遅れた人影。

 ギルバートは唇を結び、静かに両腕を広げた。


 「……この私でも――この数は骨が折れるぞ!」


 蒼白の奔流が爆ぜる。

 その魔力は選別するかのように、人間だけを掬い上げ――

 広場にいた騎士も、住民も、瓦礫に埋もれていた子供を含め町全体の逃げ遅れた住民が一斉に宙へと浮かび上がった。


 大人も子供も、空に押し上げられ、震えながら互いを抱きしめる。


 彼らは互いを抱き合い、泣き、震えながら崩れゆく街を見下ろす。

 助かった安堵は確かにあった。だが――

 崩れ落ちていく家、砕けていく通り、二度と戻らぬ生活の光景を見下ろしながら、歓喜の声よりもむしろ、悲嘆と慟哭が空へと満ちていった。


 ギルバートはその叫びを胸に刻みつけながらも、視線を下へ向ける。

 まだ数体、生き残った魔族がいる。

 彼は掌をかざし、数体を確保しようと魔力の網を伸ばす。

 ――だがその瞬間。


 地面が裂け、黒い土の腕が無数に伸び出した。

 捕らえかけた魔族たちの脚を絡め取り――そのまま地中へと引きずり込んでいく。


 「だ、ダウロ様……なぜ……!」

 「助けろォ!! まだ死にたく――!」


 悲鳴もろとも、彼らは大地に呑まれた。

 残されたのは、虚しく口を閉じた亀裂と、灰色の粉塵だけだった。


 ギルバートの眉がわずかに震える。

 「……死してなお、配下の命を奪ってまで、情報を閉ざすか……」



 遥か上空。

 アルコンの背に身を預けながら、レオナは震える視線を眼下へ落とした。


 そこに広がっていたのは、もはや彼女の知るカドゥランの姿ではなかった。

 誇り高き城を中心とした北地区こそ辛うじて形を残していたが――

 西も東も、そして南地区は壊滅。

 街並みは瓦礫とに覆われ、人々の生活の痕跡は無惨に砕け散っていた。


 レオナの喉から、かすれた声が漏れる。


 「……たしかに、民の命は救われた……」


 握りしめた拳が震え、頬を伝う涙が風に流れる。


 「……しかし、これは……果たして“守った”と言えるのか……」


 その涙は、悔しさか、情けなさか。

 彼女自身にも分からない。

 ただ――眼下に広がる、かつての都の残骸が、その心に重くのしかかっていた。


 そして――


 これまで一度として侵攻を許さなかった要塞都市カドゥラン。

 その誇り高き名は、たった一度の侵攻によって、

 決して消えぬ爪痕を歴史と人々の心に刻まれることとなった。


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