第51話 カドゥラン領強襲⑯ 破壊の構図
ダウロの瞳が見開かれ、血の気が引く。
経験したことのない異質さに嫌な冷気が、ぞわりと這い上がる。
しかし、それでも。
ダウロは奥歯を噛みしめ、膨れ上がった全身に力を込めた。
「無属性者が……調子に乗るなああああッ!」
「見せてくれる……!“魔法を扱える者”と、“扱えぬ者”の圧倒的な差をッ!!」
ダウロの切断された腕の肉塊が、地面に溶け込むように沈んだ――その瞬間。
ズズ……ズズズズッ……!
カナリアの足元の大地が、低く唸るように震えた。
黒雪が舞うカナリアを中心に、地面が「掴まれた」ように盛り上がる。
岩、砂、金属片――周囲の構成物すべてが捩れ、蠢き、
ひとつの“巨大な掌”を象るように変貌していく。
禍々しい気配を放ちながら、それは一瞬にして半球状の檻を形成し――
バチンッ!
網のように張り巡らされた魔力が光り、掌はそのままカナリアを握り潰そうと締め上げていく。
空間ごと押し潰すかのような圧力に、空気すら重たく歪んだ。
「入ったな? 二度と出られんぞ……」
ダウロの口元に嗤いが浮かぶ。
その眼には、捕えた獲物を逃すまいとする執念と、確信が宿っていた。
「――《地壊掌》!!」
巨大な指が握り潰さんと迫りくる。しかし、カナリアは微動だにせず、ただ冷たく視線を向けた。
「門が、ないなら……」
その唇が、わずかに動く。
「なら、“新しく”つくればいいだけ」
刹那――!
カナリアが振るった刀が、ダウロの上空を裂いた。
斬撃は空間そのものを断ち割り、漆黒の傷跡のような〈亀裂〉が走る。
空中に、バキン……と金属が割れるような音が響き、現実の皮膜が破れたように“門”が形成されていく。
次の瞬間には、彼女の姿はすでに掌の上にはいなかった。
――裂け目が、ゆっくりと開いた。
その暗い裂け目の中から、蒼髪をなびかせた少女の姿が現れる。
風切り音と共に、カナリアはそのまま重力に身を預け、刃を構えたまま落下する。
黒雪が渦を巻き、彼女の身体を導くように尾を引く。
次に声が響いたのは、ダウロの上空――
「……この黒雪、全部“繋がった門”だって言ったよね?」
落下しながら静かに刀を反転させ、その切っ先をダウロの口吻へと突き刺す。
「こういうことも――できるの」
刹那――
ズブブブブブブブブブブブブブブブッ!!!!!
空間のあらゆる方向から、黒雪が刃へと変貌する。
そして突き刺さった一振りの刀が“起点”となり、そこを中心にしてダウロを包囲するように全方向から黒刃が出現!
それはもう「串刺し」ではない――
まるで“閉じた棺”のように、
全身、全方向から異界の刃が貫いた。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
空間のあらゆる方向から、黒雪の中から伸びた漆黒の刃がダウロの巨体を突き破る。
肩、腹、太腿、背中――分厚い筋肉を容赦なく抉り、肉を裂くたびに血飛沫が弧を描いた。
鋼のような皮膚を削ぎ落とすたび、鉄臭い匂いが戦場に濃く満ちていく。
怒りと苦痛を混ぜた獣じみた悲鳴が、戦場を震わせた。
巨体がのけ反る中――
その鼻先に刀を突き立てた少女と、目が合う。
カナリアの蒼い瞳は、怒りでも憐れみでもなく、ただ冷たく、確固たる意思を宿していた。
「……言っとくけど、これで終わりじゃないから」
ゆっくりと、確実に言い放つその言葉は、死刑宣告のようだった。
カナリアは視線を逸らさぬまま、突き立てた刀の柄を握り直す。
――ジュプ、と音を立てて刀が口吻から引き抜かれた。
それと同時に、ダウロの体を貫いていた漆黒の刃が霧のように消え去る。
まるで存在そのものが“門”へと回収されたかのように。
(……これが、“魔力を使う”って感覚……)
胸の奥に、ほんのわずかな感動が灯る。
自分の中から力が放たれていく――それが初めて、実感として分かった。
だが同時に、思っていた以上の“重さ”が、体を芯から蝕んでいく。
(この能力……やっぱり、消費が激しい)
とくに――
空間を斬り裂いて門を強制的に開く“あの技”は、想像以上に魔力を削る。
普通の攻撃ならまだしも、あれを何度も使うのは無理だと、身体が先に教えてくる。
(……乱発は、できないね)
ギリ、と柄を引く力が強まる。
「なんのこれしきぃいいいい!!」
ダウロは全身に力を込め、筋肉を盛り上がらせる。
次の瞬間、傷口が捻じれるように閉じ、噴き出す血が無理やり押し戻されていく。
肉と肉がぶつかり合い、骨の軋む音すら混じる、常識外れの自己治癒。
カナリアはその様子に警戒し、ダウロから離れ着地する。
決して倒れはしない。
なおも魔将は狂気で己を奮い立たせる。
断面を押さえ、歯を食いしばり、獣のような咆哮を上げた。
出血は止めた――だが、その代償は大きい。
肩で荒く息を吐き、呼吸は不規則に乱れ、額には玉のような汗が滲む。
視線は鋭さを失わないものの、その奥にわずかな焦燥と苛立ちが混じっていた。
それが、確実に追い詰められている証拠だった。
「舐めるなよ小娘……! 魔将ダウロ! この身朽ち果てようと――地獄の底まで付き合ってもらうぞおおおおおッ!!」
怒号とともに、右手の三指で地に転がった鉄槌の“打撃部”を鷲掴みにする。
そのまま、切断された左腕の断面へ――強引に、ねじ込んだ。
「グ……ウゥゥウアアアアアアアア!!」
血が噴き上がると同時に魔力が逆流し、鉄が脈動する。
打撃部は、まるで最初から身体の一部だったかと錯覚させるように
強引に、暴力的に、肉と骨に組み込まれていく。
融合していくその様は、もはや再生ではなく“異形の進化”。
やがて左腕は、“黒鉄の武骨な打撃器”と化した――
それはもはや腕ではなく、"破壊兵器"そのものであった。
――武器を喰らい、進化する狂獣。
ダウロの全身から魔力が噴き上がる。
「動くなよおおおおおおおおお!!」
命令とも、恐怖ともつかぬ――本能の絶叫。
怒りと狂気の咆哮が、大気を震わせる。
全てを破壊するための一撃が、いま振り上げられようとしていた。
先ずは、空中への大跳躍。
ダウロは黒い弾丸と化し、戦場の空を裂いて飛翔した。
天へ――いや、破壊の起点へ。
天空に静止した巨体が、禍々しい魔力を全身から噴出させる。
その背後――夜空には、かつてないほど濃い紅が滲んでいた。
狂気に染まった“紅月”が、この世界を嘲るかのように、魔将ダウロの凶行だけを照らしていた。
その凶星を背に、魔将ダウロの姿は、影の王のように浮かび上がる。
漆黒の魔力が収束する。
全てが鉄槌と化した左腕へと流れ込み、災厄を帯びた質量の塊へと変貌していく。
空に浮かぶ“紅の月”と、“終焉の鉄槌”――
この世界を壊すためだけに存在する、滅びの構図が完成する。
「この地に降り注ぐ、その黒い雪ごと……すべて吹き飛ばす!
町も、貴様も……粉砕してくれるわあああああああああッ!!」
――《終焉の鉄槌ぁぁぁぁああ》!!!!
漆黒の鉄槌と化した悪魔が、紅月を背に流星の如く落下してくる。
重力すら悲鳴を上げるようなその勢いに、空気が振動し、空間が歪む。
巨躯と凶器が融合した流星が、空を裂き、災厄を纏ってカドゥランへ――!
その質量、その速度、その魔力――誰もが確信した。
「これは……避けられない」
だが、たった一人――蒼髪をなびかせ、蒼眼でダウロを常に視界にとらえ続ける少女。
カナリアだけは、迎え撃つべく、異界の力を宿した刀を静かに握りしめていた。
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