第47話 カドゥラン領強襲⑫ 死にゆく者の願い
一方、ノアは必死に踏みとどまっていた。
大地壊滅の衝撃が地を揺らすその瞬間、反射的に剣を地面へ突き立て、半ば無意識に氷の盾を出現させた。だが、それはあまりにも急造だった。形は保ったものの、咄嗟の事で魔力による厚みも強度も足りず、ダウロ放った衝撃で容易く亀裂を走らせ、容赦なくノアの全身を襲う。
地面ごと吹き飛ばされそうになる体を、剣と氷にしがみつくことでかろうじて繋ぎ止める。
だが――その代償は、あまりにも大きい。膝は震え、全身の神経が悲鳴を上げていた。骨が軋み、魔力に焼かれた肌が灼熱の痛みを訴える。
(さっきの攻撃に魔力を使いすぎた……防御が、甘くなった)
(立て……まだ倒れちゃいけない……)
心ではそう願っているのに、体は一向に言うことを聞かない。吸い込むだけで胸が痛む空気。鼓動は早鐘のように乱れ、視界の端がちらちらと暗転していく。
そのとき、ふと違和感がノアを襲った。……暗い。さっきまで空から差し込んでいた光が、ぴたりと途絶えている。
首を上げる――恐怖を押し殺し、意志だけで顔を上げた。
そこには、巨大な影があった。ダウロが、すぐ目の前に迫っていた。
「……終わりだ」
低く響く声が、骨の芯まで突き抜けた。
逃げ場はもうない。覆いかぶさる巨躯と鉄槌。その質量と殺意は、死の具現そのものだった。
ノアは目を見開く。それは恐怖ではない。ただ、確かな理解だった。
(……ああ、これが“死”か)
終わる。胸の奥で、その言葉が静かに落ちる。
身体は動かない。残っているのは意志だけ。その意志すら、指先から零れ落ちそうだった。
視界の端が揺れた。
ちら、と横を見る。
瓦礫に埋もれた姉がいた。顔を伏せ、小刻みに震えている。小さな背は、今にも砕けそうなほど脆く、弱々しい。
胸が軋む。息が詰まる。何より、この光景が――苦しい。
(……ねえさん……だけでも、逃げて……)
心の奥で願いが漏れる。無意味だと、知っていても。
(……父さん……母さん……)
(……ごめん……俺……)
頭の中が白く塗り潰され、音も光も遠ざかっていく。
そのときだった。
シュッ、と視界の端を何かが横切る。反射的に、ノアはそちらを向いた。
ゴウン……ッ!!
鈍く、腹の底に響くような音。空気を切り裂きながら、雷鳴のような圧が押し寄せてくる。
ギュルルルル……ガガンッ!!
飛来した巨大な斧が、一直線に――ダウロの片眼に突き刺さった。
「ぐおおおおおおおおッ!!」
咆哮が爆ぜ、巨体がのけぞる。斧は眼窩の奥まで深々と食い込み、飛び散る血と砕けた骨片が地面を染めた。ダウロは片手で斧を掴み、もう片手で顔を押さえ、地を割る勢いで暴れ出す。
その斧を放った影が、砂埃と血の匂いを纏って歩み出る。
――祖父ギャンバスだった。
(……来てくれた……!)
胸の奥で、じん、と熱が広がる。
「大樹切り(プライド・アックス)ッ!!」
叫びはただの技名じゃない。孫を守る意志を叩きつける、命の咆哮だった。
木を裂き、山を割り、血を守り続けてきた者の信念が、その斧には宿っていた。
鋼のような刃が、片眼をえぐり取るまで――決して止まらなかった。
「ノア!! 早う逃げんか!! そこは危ない!!」
怒声が耳を裂く。だがノアの身体は動かなかった。痺れた脚、軋む関節――どうあがいても反応が追いつかない。
その様子を見て、ギャンバスが目を見開く。
「こりゃいかん!」
次の瞬間、彼は地を蹴り、迷いなくノアへ駆けた。腰をひねり、片腕で胸倉を鷲掴みにすると――
ブンッ!!
空気を裂く音とともに、ノアの身体が宙を舞う。視界が一瞬で反転し、風が頬を切った。
その刹那――。
ドゴオオオオッ!!!!
半狂乱で暴れ狂うダウロの拳が、真正面からギャンバスを貫くように突き刺さった。
「グハッ!!」
鈍い衝撃音と共に、老人の身体が弾かれたように宙を舞う。骨が悲鳴を上げる音すら聞こえそうだった。
力なく吹き飛ばされたギャンバスは、空を滑るように飛ばされ、カナリアの近くへと転がり落ちる。瓦礫が崩れ、その山に彼の体が沈んだ。
カナリアは平静を取り戻し、ダウロに立ち向かうべく状態を整える。
(……よし、息は整ってきた。あとは脚のしびれさえ取れれば、合流して――)
ノアの方へ視線を向けた瞬間、胸が跳ねた。
――あれは……おじいちゃん!?
どうしてここに……嘘……にげて!
言葉になるより早く、巨腕が振るわれた。
拳が祖父の胸を叩き抜き、その身体を弾丸のように吹き飛ばす。
視界の中で、瓦礫を砕きながら迫ってくる姿に、血の気が引いた。
「おじいちゃんっ!!」
崩れ落ちた体を引きずりながら駆け寄る。
瓦礫をかき分けた瞬間、息が詰まった。
胸は不自然に凹み、血の泡を吐きながら――それでも笑おうとしている。
「おじいちゃん……どうして……?」
唇が震え、答えが返ってくる。
「グフ……孫を守らんじいさんが……どこにおるんじゃ……げほっ、げほっ……」
「喋っちゃダメ!」
泣き声になった叫びも届かず、祖父はかすかに笑い、かすれた声で問いかけてきた。
「仲直り……は……できたのか?」
震える手で、祖父の手を強く握る。
「……うん。できたよ……」
声が掠れ、首を縦に何度も振った。
そのたびに、涙が止めどなくあふれ出す。嗚咽はこらえても、視界はすぐに滲んだ。
握っていた祖父の手が、ゆっくりと握り返してきた。
「……実はな……お前が生まれた日に……ワシの小指を……ぎゅっと握ってくれてな……」
その言葉に、脳裏が勝手に開く。――転生して、まだ一日目のことだ。
(指、太っ! これ小指かよ!)
本能的に、私はその差し出された小指を、ぎゅっと握ってしまった――
あの日の温もりが、鮮明によみがえる。
「……あれが……本当に……うれしかったんじゃ……」
胸の奥が締めつけられ、視界が揺れた。頬を伝う涙の熱さだけが、やけに鮮明に感じられた。
祖父の目が、そっと細められる。最後の力を振り絞ったような――穏やかな微笑が浮かんだ。
「……リア……いいか、よく聞け。属性なんて関係ない。お前とノアは……ワシに……最高の毎日をくれた……。ノアを……護れ……シンシアと……父さんに……よろしく伝えて……くれ」
「あり……が……と……う……」
その声が、風に溶けるように消えていくと同時に、祖父の腕がダラリと垂れる。
私は言葉を失ったまま、そっとその手を握り続けた。
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