第46話 カドゥラン領強襲⑪ 震える脚に力を込めて
「ぐおおおおおおおおおおおおッ!!」
血が吹き上がり、ダウロは吠えた。思いもよらぬ痛恨の一撃に、傷ついた右手をかばいながら、崩れかけた体を無理やり支えるその姿は、もはや余裕などない。
ダウロは指を失い、角を斬り落とされ、膝をついたまま吠えた。
指の犠牲がなければ脳天を貫かれていたかも知れない――
そんな不安と焦りが巨体を揺らし、頭部を地面に近ける。
それを見て、カナリアの瞳が閃いた。
「ノアが仕留めきれなかった! それならっ!」
声と同時に、カナリアが地を蹴る。
その脚にはためらいがなかった。
疾風のごとき勢いで距離を詰め、狙うはダウロの頭蓋。
木刀を突きの構えに変え、脳天を貫く一撃を放たんと突進する!
だがその瞬間――
ドオォォォッ!!
ダウロの身体から、怒気と共に赤黒い魔力が爆発的に噴き上がった。
灼熱の奔流が空間ごと震わせ、制御を失った怒気が全身からあふれ出す。
「こ、これは……?」
突進中のリアの表情が一瞬だけ強ばる。だが、全速で駆ける身体は止まれない。
ノアがその気配を読み取って、叫ぶ。
「ねえさん、だめだ! 一度離れて!」
だが――その声が届くよりも早く、異変は加速していた。
リアの木刀を包んでいた氷の属性付与が、ジュッと音を立てて一瞬で蒸発した。
白い霧が弾け飛び、冷たさは奪われ、代わりに焼けるような熱が押し寄せる。
瘴気混じりのオーラが周囲を焦がすように震わせ、呼吸は荒れ、瞳の焦点はもはや定まっていない。
だが、口元には怒りに満ちた怒号――。
「糞餓鬼どもがァ……! 貴様ら……よくも我が角を……誇りを……ッ!」
「ぶっ潰れろおおおおお!!!」
その咆哮とともに、ダウロの両腕が背後へ反る。
拳は背中に届くほどまで大きく引き、血管の浮いた上半身から巨木のような両腕にかけ、ドス黒い魔力の塊が集中していく。
そして一気に大地にむかって振り下ろす!
――《大地壊滅》!!
ズガァァァァンッ!!!
一瞬、轟音が耳を裂き、足元の大地が突き上げた。
地中から噴火のように土塊と石礫が吹き上がり、爆風が街路を薙ぎ払う。
衝撃波が空気を押し潰すように広がり、建物の壁が一斉に砕け散った。
視界が白く弾け、耳鳴りが世界を支配する。
ただの一撃で、街の中心が爆心地のように変わっていた。
直後――
ズズゥゥゥン……!!!
地が砕け、裂け、街の中心が陥没する。
「っ……く、ぁああああっ!!」
カナリアの突きは衝撃で正面から押し返され、腕を伝って全身へ突き抜けた衝撃に体が弾かれる。
次の刹那、背中から石壁に叩きつけられ、鈍い音と共に粉塵が舞い上がる。
ドガンッ!!
崩れた瓦礫に埋もれるようにして、カナリアの身体が崩れ落ちる。
「かはっ……い……息が……」
背中を強打し、肺から空気が一気に抜けた。呼吸ができない。ただ、それだけのことが――こんなにも怖い。
カナリアは生まれてから、恐怖というものを知らなかった。
魔獣や二つ名を冠するネームドモンスターと対峙しても、勝利は揺るがなかった。達人と呼ばれる剣士たちと相まみえても、己が上だという確信は揺らがなかった。
だが――魔将は違う。
常識を破壊するほどに、強大で、圧倒的だ。
「……ここまで……強いなんて」
声が震えていることに気づき、同時に膝がわずかに揺れているのを見下ろす。歯がカチカチと鳴る。寒さではない――これは、恐怖だ。
「……こわ……い……?」
今まで一度も揺らいだことのなかった“自信”が、心の奥で崩れる音を立てた。
しかし、それでも待ってはくれない。
目の前の“現実”を乗り越えた者にしか、
“明日”は許されない。
爆ぜた瓦礫の向こう、ダウロの巨体が赤く染まっていた。
背後では建物が燃え、吹き上がる火柱が、その影を地面に焼きつける。
震える脚に力を込める。
恐怖ごと心を押し潰し、目を逸らさずに前を見据える。
そのとき、あの女神の声が胸の奥に鮮明に蘇る。
『世界を頼みましたよ』
(わかってるよ……私だって、この七年間……必死だったんだ!誰よりも!)
胸の奥で荒れ狂う恐怖を、真正面から受け止める。
逃げたい気持ちも、膝の震えも、全部“自分のもの”として抱きしめた。
恐怖は確かにここにある。
でも、それは私の足を縛る鎖じゃない。次に動くための合図
生き抜くための術――そう感じた。
全てを受け入れた脚はもう震えていなかった。
「ここで……絶対に終わらせない!」
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