第45話 カドゥラン領強襲⑩ 猛追の双刃
青い髪が風になびき、鋭い蒼の眼が戦場を貫く。
無属性と烙印を押された少女――カナリア・グレンハーストだった。
「姉さん……来てくれたんだ……!」
安堵の声を漏らすノア。その視線が、聖衣の赤い染みに向く。
「……はっ!? その血……ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
「ああ、これ? ……うーん、多分、返り血かな?」
「返り血……!?」
「だって、ここに来るまで気持ち悪い奴がいっぱいいたからさ。ぶっ飛ばしてたら、多分そのせいかなって」
軽口を叩きながらも、その眼には確かな覚悟が宿っていた。
「ヌウウウ……!」
瓦礫を押しのけながら、ダウロがゆっくりと立ち上がる。
巨体をぐいと起こすと、カナリアの姿を一目見るなり――
「ブハハハハハハッ!! なんだ貴様!? エレメントが……“無”!? 属性の流れすら感じぬわ! ただの虫以下ではないか!!」
「……プチーン」
カナリアの表情が、カチリと変わった。
肩がビクリと震え、呼吸が荒くなる。目がカッと見開かれ、鋭く光る。
「こいつ……あたしが……一番気にしてること……言っちゃったねぇ?」
その眼差しは、巨人を“ただの殴る対象”としか見ていない冷たさと激しさを帯びていた。
「……絶ッッ対、ぶっとばす!!!」
涙を滲ませながら、ノアは震える声で言葉を紡ごうとした。
「あ、あのね……ねえさ──」
だが、その言葉は最後まで届かなかった。
「ノア、ごめんッ!! あたしが悪かった! ……本当に、ごめん! 仲直り、してくれない!?」
言葉と同時に、カナリアは勢いよく一歩踏み出し、両手を胸の前で合わせてぐっと差し出す。
深く頭を下げるその姿は、必死で、そしてどこか不器用だった。
ノアの緊張した表情が、ぱあっと綻んだ。
「……うん! もちろんだよ!僕も……ごめんなさい」
ぽろりと涙がこぼれた。だがその瞳には、もう迷いはなかった。
姉弟が肩を並べたその瞬間に、場の空気が明確に“変わった”。
まるで、その場全ての存在が、ふたりの決意に呼応して、味方をしているそんな感覚だった。
ノアはふと、横に立つ姉を見た。
剣を構えるよりも早く、胸の奥に湧き上がる想いがあった。
(姉さんが、隣にいるだけで……こんなにも心強いなんて)
彼は背中の紐をほどき、木刀を手に取った。
「姉さん、これ……!」
そう言って差し出しされた愛刀を、カナリアがそっと受け取る。
指が柄に触れた瞬間、彼女の表情が変わった。
目の奥に静かな炎が宿り、その姿に、かすかに気迫が立ち上る。
「やっぱ……これがないと、ね」
木刀を握る手に力がこもる。
次の瞬間、ふたりは並んで立ち、呼吸を合わせた。
カナリアは刀を握り、ノアは剣を構えて深く息を吐く。
前方で、瓦礫が崩れ落ちる音。
崩れた瓦礫の中から、ダウロが鉄槌を肩に担ぎ、ゆっくりと立ち上がっていた。
巨体が影を落とし、その気配は圧倒的な重圧となって肌を刺す。
「あいつ、見た感じ……かなり強いよね?」
「正直一人じゃ勝てない。でも、二人なら」
双子の瞳が交わる。
短い沈黙。だがその間に、互いの意思はもう通じていた。
そして、声を揃えて叫ぶ。
「じゃあ!」
「こいつを!」 「こいつを!!」
「 「倒そうッ!!!」 」
その叫びを合図にしたかのように、ダウロの巨体が地を鳴らし、突進してくる。
唸る気迫とともに地面が砕け、瓦礫が弾け飛ぶ。
双子の前に迫るのは、破壊そのもの。
だがその目に、恐れはなかった。戦場に、再び“双子の呼吸”が戻ったのだから。
「いくよ、ノア!」
「うん、ねえさん!」
街の大通りを駆け抜けるような烈風が、戦場を貫く。
次の瞬間――ふたりの視線が、ちらりと交錯する。
「ノア! 氷属性付与!」
「ああっ!」
その一言だけで、全てが通じた。
ノアの手から放たれた冷気の魔力が、青白い奔流となって木刀へと流れ込む。
刹那、木刀の表面が白く霜を帯び、きしむ音と共に薄氷が走った。
握るカナリアの掌に、ひやりとした感触が宿る。
ふたりの身体が交差するように駆け出す。
駆け抜ける軌跡が残像を描き、戦場に疾風が奔った。
「せいっ!」
「はああっ!」
斬撃と打撃が交差する。
だがそれは、ただの連撃ではなかった。
カナリアは地を駆け、ダウロの右側面から脚を狙う。
ノアは逆方向へ迂回し、崩れた居住区の壁を蹴って一気に跳躍!
宙を走るように壁を伝い、ダウロの背後、そして頭上へと迫る。
上下左右からの同時挟撃。
獲物を封じるような動きが、まるでひとつの意識で組み上げられているかのようだった。
攻め、撹乱、フェイント――。
あらゆる手が、寸分の狂いなく噛み合っていた。
ダウロは咄嗟に正面のカナリアへ意識を向ける。
だが、その瞬間、頭上からノアの一撃が氷の閃光となって振り下ろされる。
片方に反応すれば、もう片方の死角が空く。
その目まぐるしい挟撃に、反撃どころか防御すら追いつかない。
巨体の動きに、確かな“綻び”が刻まれていく。
(……よし! 私とノアの体格と運動量だからこそ作れる隙だ! いける……!)
ダウロは咆哮を上げ、這いまわるカナリアを潰さんと、鉄槌を大きく振りかぶる。
しかし、振り下ろしが軌道が迫る寸前――カナリアが低く前転し、間合いの外へ転がり出る。
ズドン!!
力を込めた巨人の一撃は空振り、砂埃を巻き起こし鉄槌が地面へとくい込む。
その一瞬のスキを、ノアは逃さなかった。
「今だ、ねえさん!」
ノアが叫び、片手から冷気を纏った魔力を更に木刀に流す。
それは白い流星のように空中を駆け、一直線にカナリアの木刀へ吸い込まれていく。
触れた瞬間、木刀の表面が白く霜を帯び、瞬く間に氷結。
刃先は鈍器のような重量感を宿し、“氷の槌”へと変化した。
「任されたッ!」
カナリアが地を蹴る。
跳躍――いや、低空跳躍からの捻りだった。
低空のまま勢いで体をひねり、体重と遠心力を一点に集中させた回転打撃。
「ここは、弁慶の泣き所!」
氷の槌と化した木刀が、ダウロの脛を正確に打ち据える。
ゴギャッ!!
鈍く、骨に響く音。
巨木のような脚を持つダウロでさえ、苦痛に顔を歪め、立ってはいられない。
「ぬぐぅッ……!」
崩れ落ちるように膝をつき、巨体がぐらりと揺れる。
それはまるで、森を支えていた巨樹が根本から軋んだような瞬間だった。
ヒビが走るような音とともに、槌の形を成していた氷がパキンと砕け散る。
砕けた破片は宙に舞いながら再び魔力を凝縮し、鋭利な氷刃へと形を戻す。
カナリアの一撃で膝をついたダウロ。
巨体が傾き、荒れた呼吸が地を揺らす。
そのとき――
ダウロは空中から放たれる、凄まじい魔力に気づいた。
本能が警鐘を鳴らす。
見上げる視線の先、宙を舞う少年――ノアがいた。
天に掲げた剣に、氷結の白光と魔力の奔流が渦巻いている。
「ありったけだ!」
その声に、ダウロは咄嗟に反応する。
叫ぶ間もなく、咄嗟に防ごうとしたダウロの右手が、上空へ伸びる。
だが――
「遅いッ!!」
ノアの叫びと共に、剣が一気に振り下ろされる。
抑えきれない程の水冷の青い一閃が、地上へと落ちる軌道上に白い奔流を描き出す。
壁という壁に氷紋が走り、床石が瞬く間に凍りついて亀裂を広げた。
吐き出された冷気が広場全体を飲み込み、空気が鋭く裂ける音が耳を貫く。
ギン――ッ!!
斬撃は、防御に向けたダウロの右手――中指と薬指を容赦なく巻き込み、斬り飛ばした。
そしてそのまま、頭部の脳天部をかすめ――
魔牛の捻じれた片角を、鮮やかに斬り落とす!
「ぐおおおおおおおおおおおおッ!!」
血が吹き上がり、ダウロは吠えた。思いもよらぬ痛恨の一撃に、傷ついた右手をかばいながら、崩れかけた体を無理やり支えるその姿は、もはや余裕などない。
もはや魔将としての威圧を感じさせることもなく、迫る刃を前にした獣のような、狩られる側の焦りが滲んでいた。
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