第43話 カドゥラン領強襲⑧ 有能の証明
ぐぅぅ~~っ
お腹が、盛大に鳴る。
その音に、自分でもハッとした程だ。
さっきまで、自分の力の正体、あの得体の知れない能力について整理しようとしていたのに、
頭がぼんやりして、思考がうまく繋がらない。
「……あ、そっか。お昼の《聖環の儀》の前から、なにも食べてなかったんだ……」
ちらりと視線を向けた先の食卓には、まだ温もりの残る夕食がそのまま置かれていた。
部屋の中は、しんと静まり返っている。
「……誰もいない、みたい。そりゃそうだよね。魔族が攻めてきたんだし、当たり前か……」
テーブルの料理に、つい目が奪われる。
煮込みスープに、焼きたてのパン。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「……このままだと、腐っちゃいますよね?」
小声で呟いたあと、ぺこりと頭を下げる。
「……ごめんなさい、住人さん。……いただきます!」
そう口にしたあと、両手をぎゅっと合わせる。
「必ず……お礼はします! 生きて、絶対……ちゃんと、戻ってきますから!」
そう言って勢いよく食事をかきこみ、水もぐびぐびと飲み干す。
「ご馳走様でした~!美味しかった~……復活!!」
「……よし! これで動ける!」
元気を取り戻し、勢いよく玄関のドアノブへ手をかけた。
だが、扉にはしっかりと鍵がかかっている。
「……あ。そ、そっか……勝手に開けちゃまずいよね……!」
気まずそうに玄関を見つめ、ぐるりと家の中を見渡す。
「えーっと、じゃあ……あそこならっ!」
階段を駆け上がり、二階の窓を開け周りを見渡す。
暗闇のなか、街のあちこちから赤い火の手が立ちのぼっている。
建物の屋根越しに揺れる炎。煙が夜空に昇り、空気を焦がすように街灯の明かりを滲ませていた。
熱気と焦げた匂いが鼻の奥を刺し、遠くから悲鳴が風に乗って届く。
外からは、警鐘と人々の叫び声――カドゥランの街の混乱がまだ続いていた。
「よしっ……宿舎まで、屋根伝いに行くしかない!」
窓枠に片足をかけ、ひょいっと屋根へ飛び移る。
そしてそのまま、真剣な顔で長く続く橙色の屋根を駆け出した。
屋根の上から見下ろすと、下では兵士たちと魔族が死闘を繰り広げていた。
剣と爪がぶつかり、断末魔が飛び交う。
そのときだった。
びゅおっ――!
唐突に、闇を裂くような影が上空をよぎる。
(っ、何……!?)
遅れて、強烈な風が吹き抜ける。
強烈な気流が巻き起こり、カナリアの髪と聖衣が激しく乱れる。
思わず片膝をついて屋根に伏せ、顔をしかめながら空を見上げた。
そこには、羽ばたく巨大な怪鳥と、交差するように舞う鳥人部隊の姿があった。
漆黒の魔鳥と、空を守る者たちの激しい空中戦が繰り広げられていた。
一瞬、息を呑む。
そのまま、視線を下に落とした。
街路では、兵士たちが魔族と剣を交え、建物の影では炎が揺れている。
叫び声。爆音。悲鳴。
(……空も、地上も……全部が戦場になってる……)
胸の奥が焦りと、ざわめきでいっぱいになる。
それでも、止まっている暇は、なかった。
(みんな……ごめん。今は、全員を助けてあげられない)
カナリアが目を伏せかけた、そのとき。
「……!」
視線の端に、見覚えのある顔が映った。下の通路を駆ける小柄な人物……あれは、聖印記録官だ!
「今のうちにお逃げください!記録官殿!」
側にいた兵士が、盾で魔族を防ぎながら叫ぶ。
「ギリス王にお伝えを! 魔族の襲来、そして……あの双子のことを! 未来の希望なんです!!」
「し、しかし……!」
記録官が戸惑い、足を止める。
「ぐああああっ!!」
兵士の脇腹を、魔族の鋭い爪が貫いた。返り血が飛び、兵士は崩れ落ちる。
「っ……!」
じりじりと魔族が迫る。記録官は震える手で腰の剣を抜いた。だが――
ガキンッ!!
その一撃はあっさりとはじき飛ばされる。
「こ……ここまで、か……」
背を壁につけ、魔族の影に呑まれようとした、そのとき――
ヒュン、と風を裂く音。
空中で弾き飛ばされた剣が、放物線を描いて
シュッ。
それを、誰かがキャッチした。
「すぐに、終わらせるから!」
軽やかな声とともに、空から降り立ったのは、白の装束に身を包んだ少女カナリアだった。
キィィン――!
甲高い金属音とともに、閃光が闇を切り裂く。
その光は瞬きする間もなく複数に分かれ、魔族の体を縦横無尽に走り抜けた。
ザシュッ――ズバババッ!!
返り血が、《聖衣》の肩や裾を斜めに濡らす。だが、カナリアは振り向きすらせず、ただ前を見据えた。
「おっし! 魔族にも私の剣術は通用するみたいだね!」
魔族の巨体が音もなく崩れ落ちる。細切れとなった断面が、時間差でどさどさと地に落ちていった。
「き、君は……!」
「話はあとあと!」
そう言い放つと、よっこらしょと記録官の脇を抱え、もう片手で傷ついた兵士の体を背中へ担ぎ上げた。
兵士の血の匂いと重みが一気にのしかかる。
背後では、まだ別の魔族がこちらを睨み、低く喉を鳴らし襲い掛からんと身構える。
「カナリア・グレンハースト! 一体何を!? 子供の腕力では無理だ!」
記録管の言葉もよそに、そのまま足に力を込めて、屋根へジャンプ!
ズドンッ!!
屋根に着地した瞬間、瓦がガコッとへこみ、軋んだ音を立ててつぶれる。それでもカナリアは構わず屋根の上を疾走しはじめた。
街の北側へと屋根を駆けながら、カナリアは目を凝らした。
(……あれは……!)
視線の先、瓦礫の向こうに兵士たちが、住民を誘導しながら建物の間を駆け抜けているのが見えた。
怯えた子どもを抱きかかえる母親、荷物を持てずにうずくまる老人。
わずかだが、まだ避難は機能している。
(よかった……まだ、間に合う)
安堵と同時に、足を強く踏み込み、屋根の縁から跳び降りる。
「いくよ、しっかりつかまってて!」
背中と腕に抱えていたふたりを庇うようにして、地面へと降り立つ。
そのまま動きを止めず、避難誘導中の兵士たちの前まで駆け込むと――
驚く兵士たちの目の前で、そっと二人を降ろした。
「この人たち、お願いします。すぐに安全な場所へ!」
「っ、は、はい! っえ、今、上から……!? 人を抱えて飛んで、来た……!?」
呆気に取られたように見上げる兵士たちをよそに、カナリアはすでに身を翻して次の場所へと駆け出していた。その瞬間、背後から聖印記録官の声が飛んだ。
「カナリア! 君は……大切な“勇者候補”だ! 今は戦わず、避難をするんだ!」
振り返るカナリア。
その目に、まっすぐな光が宿っていた。
「……勇者なら、避難してちゃだめじゃない?」
少しだけ肩をすくめて、皮肉っぽく言う。
「おじさん、あたしのこと大勢の前で“無属性者”って言ったよね」
「……でも、実際、結構有能だったでしょ?」
そう言って、少しだけ嫌味っぽくニヤリと笑った。
「……じゃあ、行ってくるね!」
そして風のように、再び戦場へと駆けていった。
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