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第42話 カドゥラン領強襲⑦ 力の兆し


 ハァ ハァ ハァ──


 草むらをかき分け、街道を駆け抜ける足音が、夜の静けさを裂いて響く。


 カナリアは荒い息を吐きながら、ついに西門の前にたどり着いた。


「……閉まってる……!」


 目の前に立ちはだかるのは、分厚く閉ざされた巨大な門。


 その足元に、焦げた匂いが鼻をつく。


「……焦げ臭い? この匂い……まさか」


 「っ……!」


 地面に転がる黒こげの影。ひと目で、それが“人”ではないとわかった。

 魔族だ。それも、おそらく下級種。


 全身が炭のように焼け爛れ、それでもなお、爪を突き出すような姿勢のまま絶命している。


 近くに兵士の姿は見えない。魔法使いの気配もない。


(……何かの罠……?)


 静かすぎる。さっきの魔族の死骸も、ただ焼けているだけじゃない。何か……引っかかる。


恐る恐る門に手を伸ばす。


 ――バチィッ!!


「っっいったぁあああああああああ!!」


 掌に鋭い電撃が走った。反射的に手を引っ込め、ビリビリと痺れる指先に顔をしかめる。


 門には魔力障壁が張られていた。それも、かなり強力な類だ。


「こんな電撃……出ていくときにはなかったのに……」


 声が震える。これは侵入を防ぐためだけじゃない。まるで“脱出”すらも許さないかのように、外向きにも結界が強化されている。


 すぐ足元に転がる、焼け焦げた魔族の亡骸だ。


 その死に様が、障壁の危険性を雄弁に物語っていた。


 ――バチィッ!!


 再び障壁が唸るような音を立てた。まるで警告のように。


周囲を見渡すが……無理だ。この高さの城壁を、どう足掻いたところで超える術はない。


 堅牢な門にははうっすらと魔力の紋様が浮かび上がっている。


 (……東門まで回ってる時間はない)


 既に空は暗く、街灯すら乏しい夜の帳が降りている。

 街の外縁を回れば、道中で敵に遭遇する危険も跳ね上がる。そんな悠長なことをしている暇は、もうない。


 (南門は……あそこはもう、魔族が侵攻してる)


 遠く、暗がりの彼方に、かすかに炎の揺らめきが見えた。聞こえるのは爆ぜる音、金属のぶつかり合う鈍い衝撃。そして、叫び声。


 (どうすれば……!)


 焦りが喉元を這い上がる中、カナリアは拳を握り締めた。何か手はないのか。どこかに突破口は。


 なんとかここを開けるしかない……!


 カナリアは門の下部にある、兵士たち専用の出入り口へ駆け寄り、思いきって手を伸ばした。


 バチィッ!!


「っ……いったぁああっ!」


 凄まじい電流が指先から腕を駆け上がる。全身が硬直し、膝が崩れかけた。それでも


 カナリアは、手を離さなかった。


 いや、逆に両手でつかみかかった。


「お願い……開いて……! 私がいないと、みんなを守れないの……っ!」


 バチチチチッ……チチッ……バチィィィイイイイイッ!!!


 魔力のスパークが火花を散らし、障壁の紋様が狂ったように脈打つ。

 皮膚が焼けるような痛み。全身が痺れ、歯を噛みしめても涙が滲む。


 それでも、カナリアの心は折れなかった。


「んもおおおおおおおお!!

 開けって言ってんのよぉおおおおおおおっ!!!」


 その瞬間だった。


 バリィィィィ……!!


 目の前の空間が、ひび割れたガラスのように音を立てて崩れ始める。


 斜めに裂けた“空間の傷”。

 そこから覗いたのは、青黒く渦巻く、異常な“闇”。


「……へ? なにこれ……」


 思わず手を伸ばした。

 その瞬間、指先がジュボッと音を立てて、あり得ない角度にひん曲がりながら裂け目に吸い込まれた。


「ひっ!ちょ、ちょっと待って!?」


 慌てて引き抜こうとしたが、時すでに遅かった。


 ズズズズ……!!


 空間が牙を剥いたように、全身を“飲み込む”。


「うわっ!? ちょ、ちょっとまっ」


 叫ぶ暇もなく、一気に吸い込まれ、カナリアの姿が消える。


 次の瞬間、裂け目は何事もなかったかのように、

 “ピシャリ”と音を立てて閉じた。


 西門前には、誰もいない。

 黒焦げの死体だけが転がる、沈黙の草むらが残されていた。


 少女がいたはずの痕跡は、跡形もなかった。




 吸い込まれたカナリアの身体は、深く、黒く、底のない空間を落ちていく。


 重力も、時間も、上下すら失われた異界。


 ただひとつ空間そのものが、ひび割れていた。


 無数の裂け目が虚空に走り、そこには、見たこともない光景が覗いている。



 赤黒い空に浮かぶ、裏返った荒廃した大地。

 空を泳ぐ光鯨の背に、都市が広がっている異世界。

 ホログラム広告と電光掲示が空を流れ、機械仕掛けの住人たちが動いていた。


 (……なに、ここ……ここって、イクリスじゃない……!?)


 思わず目を凝らした、そのときだった。


 その中のひとつ。

 光の輪のような、どこか懐かしい輝きが、視界の片隅に浮かぶ。


(……あれ……)


 見おぼえのある輝く、異世界のゲート


 それは、彼女がこのイクリスという世界に“来たとき”にくぐった、あの光の門と同じものだった。


(なんで……こんなところに、あのゲートが……?)


 答えを出す間もなく、身体は異世界のゲートへ引き寄せられていく。


 カナリアの意識は一瞬でブラックアウトし、次に開いた目の前には見知らぬ部屋、てか天井。


 「えっ、なにここ……って、あれ、天井……?」


 ドガッ!


 頭から床に突き刺さるように落下した。いや、落下というより“転がり出た”という方が近い。


「~~~~っっっ!!いったぁああああっっっ!!!」


 背中を丸めて転がる。木の床。……台所? 鍋とか、調味料棚とか、キッチン用品が並ぶ。


「もう、やだああ!今日こんなんばっかりだよおぉぉ!」


涙目になりながら周囲を見渡す。木製の棚に乾燥野菜。煮込み鍋。生活感しかない。


「……誰かの家?じゃん……ここ……」


 そのとき――。


 カン、カン、カン……!


 警鐘の音が、窓の外から聴こえてきた。


 「えっ……!?」


 慌てて窓辺に駆け寄る。

 見えたのは、見覚えのある建物、街並み、人の気配。


「カドゥラン……! もどってこれた……!」


 カナリアは胸を押さえ、息をついた。


よっかったああ……じゃない!さっきの異常事態を考えないと


「……たぶんだけど、あの門に仕込まれてたのは、非常時用の転移術式……。

 普通なら、指定された町中の安全地点に跳ばされるはず……女神の民なら、ね」


「でも私は、“無属性”。属性の加護を持たない異物みたいな存在。

だから術式がうまく認識できなくて……そのまま、空間の狭間に迷い込んじゃったんだ……多分。」



 けど……おかしいのは、そこから先の光景。

 あの景色。いくつも浮かんでた“別の世界”。あれって、普通の魔法の暴走で見えるものじゃない……。

 それに……あのゲート。私がこの星に来たときに通った、あの“異世界の門”と、同じに見えた……。


 ――そのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、神の使い・サルフェンの言葉だった。


 『その力の名は、《■■》だ』


 『……なるほど。やはりその力は、“こちら”には属さぬものか』


 (まさか……サルフェンですら伝えきれなかった“この力の正体”、

  それが今になって、見え始めたってこと……?)


 カナリアは、そっと自分の掌を見つめた。

 まだ、痺れの残るその指先が、決定的な真実に触れかけているような気がしていた。


 この私が“誰なのか”。

 そして、“何故この世界に呼ばれたのか”。


 その答えは、もうすぐ、そこまで来ている。

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― 新着の感想 ―
こんなところでも無属性の悪影響もとい、呪いが……。 一人で別世界へ放り出されるとか嫌がらせレベルですね……。 (´;ω;`) ん? 嫌がらせ以外にも何か理由が? (´・ω・`) 次回の情報開示が楽…
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