第41話 カドゥラン領強襲⑥ 開戦 ノア VS ダウロ
街の中心、噴水の崩れた広場に立つダウロ。
巨大な鉄槌を両手で握りしめ、ゆっくりと魔力を凝縮し集中させる。
そのまま垂直に、鉄槌を地面へとねじ込むように叩きつけた。
重く、鈍い衝撃音が響き渡り練り上げた魔力が地中深くへと沈んでいく。
粉塵が舞い、足元の石畳にヒビが走る。
一瞬、地面が微かに震えたが、すぐに静まり返る。
まるで何事もなかったかのように。
ダウロは巨大な鉄槌を背に回し、フン、と鼻息を一つ吹いた。
そして崩れかけた噴水の縁に、ドカリと腰を下ろす。
ゆらりと自らの身体から立ち上る水蒸気の中、赤黒い瞳がゆっくりと周囲を見渡した。
街の各所からは、炎と煙が立ち上っている。
建物の崩れる音。人々の悲鳴。肉が裂ける鈍い音。
魔族の雄叫びが、支配者のごとくあちこちからこだましていた。
ダウロは目を閉じ、意識を集中させる。
自らが腰かける噴水の縁からあ町の中心を起点に、じわりと広がるように“気配”を探る。
鼻をクンクンと動かした。魔族にとって、“力の流れ”は匂いにも等しい。
魔力、闘気、属性の気配。
それらが発する“匂い”は、強者であればあるほど、脳髄に焼きつくように際立って感じ取れる。
「……三つ、だ。強い力を感じる」
ダウロは鼻先を北へと向ける。
石造りの城のその先に、鋭く磨かれた“戦の匂い”があった。
「一つ目は、北の城内……ふん。権力者を護る騎士団長といったところか。まぁ、雑魚ではないな」
鼻で笑ったその口元から、獣じみた皮膚がゴリッと音を立てる。
「二つ目は……西の方角、町の外からこちらへ向かってくる。だが」
その気配には確かに強い闘気が満ちている。しかし
「属性の気配が、微弱すぎて感知もできん。……恐るに足りん」
そのとき、不意に。ダウロの視線が、ゆっくりと町の一角へと滑った。
そこに“何か”があるわけではない。建物の陰、視界に映らぬ空間。
明らかにダウロを捕捉して猛スピードで近づいてくる。
その向こうに潜む“気配”だけが、壁を越えて、肌を刺すように感じられた。
「三つ目……ならば。ひときわ強い闘気と魔力……こいつは、別格だな」
ダウロはゆっくりと立ち上がると、のそりと腕を伸ばし、腰かけていた噴水の縁を巨腕で掴んだ。
「フンッ!」
石が軋み、バキバキと裂ける音が広場に響き渡る。
その腕力に抗えず、噴水の土台ごと、床にめり込んだ石組みが力ずくで引き剥がされた。
ずしりと重たげに持ち上げられたその噴水は、まるで巨大な盃ダウロはそれを傾け、中に残っていた水を、豪快に喉へ流し込む。
ごく、ごく、ごくり。
喉が鳴る音が、静まり返った広場に低く、重く響いた。
その時、街角の陰から、突如として白く輝く魔力がほとばしる。
それは冷気を帯びた一瞬の閃光。
街角から目にも留まらぬ速度で放たれた氷柱が、猛獣めいた巨躯の魔族の腹部を鋭く貫いた。
ズドン!
断末魔すら漏らせず、魔族の体が突き刺さったまま吹き飛ぶ。
白く煌めく氷柱は、突き刺さった槍のようにその巨体をそのまま広場奥の石壁へと一直線に叩きつけた。
グシャアァァンッ……!
氷柱の穂先が壁を貫通し、魔族の体は壁に“くぎ差し”となって絶命する。
静寂が、一瞬だけ広場を支配した。
「来たか」
ダウロが呟いた次の瞬間、その氷柱の放たれた直線上に凍てつく闘気を宿した少年が、白銀の風をまといながら飛び出してくる。
「邪魔するな!」
風を裂き、氷煙を巻き上げる突進!
目を見開き、牙を剥き、叫びを上げる魔族たち。
だが、少年の足は止まらない。
進路にいた魔族たちは、その剣技と魔力の衝撃に吹き飛ばされるように蹴散らされていく。
氷のように冷たい視線を前に、広場の空気が、戦場の気配に染まりはじめていく。
「金髪のガキ……貴様がッ!?」
怒声を上げたダウロは、荒々しく鼻息を吸い込むと、握ったままの噴水の残骸を肩に担ぎ上げた。
巨岩の如きその塊を、岩投げの要領で全身の捻りを利かせながら振りかぶる。
そのまま豪腕から繰り出される投擲。
唸るような風を切りながら、巨石と化した噴水の残骸がノア目がけて飛来する。
それはまさに、巨獣が投げる殺意の塊だった。
「うおおおおおおっ!!」
ノアは怯まない。剣を抜き放ち、地を蹴って跳躍する。
空中、噴水から飛び散った水飛沫が彼に触れるたび、凍っていく。
氷結した雫が煌めきながら、宙に軌跡を描く。
巨大な噴水の残骸が、圧倒的な質量で彼を押し潰そうと迫る。だが、触れる寸前――
一閃。刃が空を裂いた。
バギィン!
甲高い音と共に、投げつけられた石の塊が空中で真っ二つに割れた。
砕けた破片が四方へ飛び散る中、ノアは雄叫びを上げて突進する。
「お前が!?」
抜き放った剣に、全身の勢いをそのまま乗せて突っ込む。
対するは、構えたままのダウロの鉄槌。
凍てつく魔力を纏った剣と、魔族の豪腕が振るう鉄槌が、火花を散らして正面から激突する!
「勇者かァ!!」
「親玉かァ!!」
二人の叫びがぶつかった瞬間、轟音と共に衝撃波が走った。
周囲の空気が震え、窓が割れ壁に亀裂が走る。
物語は今、戦いの核心へと燃え上がる!
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