第38話 カドゥラン領強襲③ 魔将ダウロ
「魔導班、前へ。南大門及び防壁の強化を!」
副騎士団長・レオナは、冷静な眼差しで前線の様子を見渡すと、短く命じた。
そしてすぐさま、防壁上部の兵士たちへと視線を向け、鋭く声を飛ばす。
「上部の弓兵及び魔術師は後退! 魔導展開区域より速やかに離脱せよ!」
その一声に従い、防壁上にいた兵士たちが次々と後方へ移動を開始する。
彼らが退いたその瞬間、三人の魔法使いたちが、城門前へと進み出た。
それぞれ、異なる色の法衣をまといその胸には、高位魔導士の証が輝いていた。
三人は城門の目前で静かに立ち止まり、両腕を真っ直ぐに突き出す。
直後――空気が震えるような気配と共に、同時に詠唱を開始した。
「防壁強化――《鋼陣障壁》!」
「門枠補強――《重鋼封鎖》!」
「迎撃付与――《雷撃迎門陣》!」
詠唱とともに、城門とその周囲の空間に、重厚な魔法陣が浮かび上がる。
淡く輝く紋様が重なり、空間そのものに“壁”が形成されていく。
やがて、門全体を伝うように蒼白い雷が走り、空気にビリビリとした緊張感が走った。
これを突破しようとする者には、迎え撃つ雷の一閃が待ち構えている――。
三人はそのまま腕を構えた姿勢を崩さず、魔力を絶え間なく送り続けていた。
「ここは我ら“鉄壁の聖印”を受けし三人にお任せを!」
中央の魔術師が叫ぶ。
「他の部隊は、引き続き門の内側より遠距離攻撃、砲撃を継続し、敵の前進を一秒でも遅らせろ!」
命令が響くと同時に、門を超える火弾や石槍、矢が放たれる。
空を裂いて飛ぶ魔法の閃光が、目前に迫る敵影を迎え撃っていく。
その時、魔族の猛攻が止まり、外からの気配が突如として途絶えた。
「……なんだ? どうした……」
兵士の一人が呟いた、その瞬間だった。
ドゴンッ!!
轟音とともに、南の鉄門が一部、内側へと大きく陥没した。
すぐそばで防衛魔法を維持していた魔術師のひとりが、逆流する魔力の衝撃で吹き飛ばされる。
その体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
「グハッ!」
続けざまに――
鉄門の表面が、赤熱化する。
まるで内部から火がついたかのように、鉄が真紅に染まり、音もなく膨張する。
ズガンッ!!
二人目の魔法使いが悲鳴を上げる暇もなく、魔法障壁ごと弾き飛ばされた。
その身体は壁面に激突し、鉄兜が砕け、崩れるように倒れ込み、門はさらに大きく陥没する。
「う、嘘だろ……!? あの門は、厚さ四十センチ――しかも魔法で強化された鉄門だぞ……っ!」
門付近で控えていた一人の兵士が、恐怖に駆られて声を上げる。
信じられない光景に、戦慄が走る。
「まずい! 南大門を死守しろ! 絶対に突破させるな!」
警備隊長が怒鳴るように指示を飛ばした、その時
副騎士団長レオナが、顔色を変える。
「アーキル!お前は例の配置につけ!全指揮は私がする!」
「はっ!」
圧倒的な気配が、門の向こうから迫っていた。
瞬時に判断を下し、彼女は全身に力を込めて叫んだ。
「門前部隊、全員後退! 今すぐ隊列を解いて散開しろ!」
だが、その声は届かなかった。
次の瞬間、地鳴りのような衝撃音がすべてをかき消した。
ドガァァァァアアアンッッ!!
鉄の門と最後の魔法使いが爆風とともに吹き飛んだ。
まるで巨神の拳で叩き潰されたかのように――
片翼の燃え盛る鉄門が宙を舞い、巨大な歯車のように回転しながら飛び、待ち構えていた兵隊を巻き込みながら後方の住宅地をなぎ倒していく。
爆風が街路を駆け抜け、炎が天へと舞い上がる。
建物が、次々と火の手に包まれ、瓦礫と化して崩れ落ちた。
整えられた兵士の隊列も散り散りになり乱れている。
「う、うそだろ……門が、居住区まで――!」
絶句する兵士の声が、炎の音にかき消される。
その奥。
黒煙を割って、ゆっくりと――“それ”が現れた。
最初に見えたのは、大門の縁を掴む“巨大な指”。
黒く太い五本の指が、鉄をきしませながら残った門をわし掴みにする。
その動きは重く、否応なく“侵入”を告げていた。
姿を見た瞬間、誰もが凍りつく。
身の丈八メートルを超える“牛頭の巨人”。黒毛に覆われた巨体は、まるで鋼鉄の塊のように分厚く、全身が筋肉そのものだった。
皮膚の下には浮き上がる血管と異様なまでに膨張した質量の筋肉。ひとつひとつが生き物のように蠢き、動くだけで地面が軋む。
その圧倒的な肉体を押さえつけるように、突進と破壊に特化した粗雑な戦装束が巻きつけられていた。
鋲の打たれた胸甲が軋み、肩から垂れた血のように濃い深紅のマントが、風に煽られて獣のように唸る。その装備に美しさは一切ない。
ただ“暴れる”ために鍛えられた――暴力の塊だった。
「ブモォオオオオオオオオオオオオ!」
牛頭の咆哮がビリビリと空気を震わせ、耳に、骨に、そして心にまで響き渡る。
一瞬で街は、“絶望”という名の恐怖に包まれた。
「聞け! 女神の愚民ども!」
獣のごとき咆哮が、街全体を震わせた。
「我は、魔大帝ヴァトラス直属の巨人種が魔将――ダウロ! 勇者候補のガキを出せ!! この地にいることは分かっているッ!」
その名は、瞬く間に町を恐怖で塗り潰した。
人々は知らず、体の奥で理解していた。
“死”が来たのだと。
だが、次の瞬間。
「放てッ!!」
副騎士団長レオナの指揮の声が飛ぶ。
建物の死角、瓦礫の陰から巨悪を射ち倒さんと無数の矢が放たれる。
炎をまとった火矢、弾ける魔法弾。
そこには、弓兵と魔術兵が入り混じった混成の伏兵隊が展開していた。
無数の遠隔攻撃が、咆哮を上げたダウロめがけて集中した。
兵の半数を鉄門に吹き飛ばされながらも、防衛の兵士団が、一斉に狙いを定め、構えていたのだ。
その中でも――
時計塔の高台から放たれた、一条の光。
放ったのは、警備隊長・アーキル。
それは、彼が長年磨き続けてきた弓術の奥義だった。
瞳に宿した会心の聖印が輝き、全身全霊を込めて放たれた“光の矢”が、闇夜を裂いて飛翔する。
それは流星のごとく、燃える光の尾を引きながら死角の高所より、魔将ダウロの頭上を貫かんと迫っていた!
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