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第31話 ゼロエレメンタル、認定の刻

大聖堂内に、その声が響き渡った。


「カナリア・グレンハースト!其方を、歴史上はじめての無属性者ゼロエレメンタルと認定する!!」


 王国の特別聖印記録官が高らかに宣言した瞬間――


 聖堂に、張り詰めた静寂が落ちた。


 私は、頭が真っ白になって呆然と立ち尽くす。

 目は大きく見開かれ、過呼吸のように胸が波打ち、手は小刻みに震えていた。



 時間ときは、一時間前に遡る。


私たち家族は、朝早く宿を後にした。今日は、私とノアにとって“運命の日”。

聖環の儀が執り行われる日だ。


宿の人たちは丁寧に頭を下げて、笑顔で私たちを見送ってくれた。そのまま中央通りへ出ると、やけに人通りが多いことに気づく。市場も賑わっていて、屋台まで出ていた。


(……あれ? なんか、ちょっとお祭りっぽくない?)


首をかしげながら歩いていると、陽気そうなおじさんが近づいてきた。


「はいはい、ふたりとも! お祝いだよ~! お嬢ちゃん達、どうぞ~!」

そう言って、私とノアの手にカラフルな風船が渡された。


「え、あ、ありがとう……」

「わーい! ふわふわしてる!」


ノアは嬉しそうに風船を揺らしているけど、私はますます首を傾げる。


「あの、今日はお祭りか何かあるんですか?」

そう尋ねると、おじさんは目を丸くして笑った。


「おや、お嬢ちゃんたち知らないのかい? 今日は神の聖印核を持つっていう、特別な双子の聖環の儀があるんだってさ! めでたいことだから、みんなお祝い気分なんだよ!」


……え。

それって、まさか――私とノアのこと!?


「ええええ!?」


思わず変な声が出た。振り返ったノアも、目をまんまるにしてこっちを見ていた。


て、ことは――大聖堂でも……?

そう思った矢先、目の前に広がる光景に足が止まった。


「どうして……こんなに人が……?」

母、シンシアが思わず漏らす。


そのまさかですよねー。なんか、すごい人だかり……私も息を呑みながら呟いた。


「こんなに大勢の人、初めて見たよ!」

隣のノアも、目を見開いて驚いている。


大聖堂の周囲には大勢が押し寄せていて、兵士たちが列を整理していた。ざわめきと熱気が、まるで祭りのように広がっている。


そのとき、正面の扉から一人の司教が現れ、私たちに気づいて優しく微笑みながら近づいてきた。


「ようこそ。グレンハースト家の皆さま。本日は、おふたりのような例外的な才覚を持つ者を迎える、極めて貴重な儀式でございます。王国の特別記録官も立ち会いますゆえ、公開という形を取らせていただきました」


そして少し声を潜め、安心させるように付け加えた。


「警備は万全です。どうぞご安心ください」


 「……っ!」


 わたしは言葉を失ったまま、つい足元へ視線を落とす。


 ――聖堂の扉の隙間から覗いた内側。


 石畳の床に光が反射し、その奥に、長椅子が何列も、何列も……まるで波のように並んでいる。そのすべてが、人で埋まっていた。


 信者だけじゃない。町の人、旅の人、衛兵に、どこかの貴族っぽい人まで……。まるで、舞台に立つ役者みたい。


 「うう……こんなになるなんて聞いてない……」

 声に出せない弱音が、喉の奥で苦く渦巻く。


 でも――もう、引き返せない。

 ここまで来たなら、やるしかないんだ。


 (……覚悟を決めるしかないよね)


「さあ、ではこちらへ」


 柔らかな声に導かれ、わたしとノアは一人の修道女シスターに案内される。

 その背中を見送りながら、母シンシアがそっと私たちを抱きしめた。


 「ふたりとも……がんばってね」


 その腕のぬくもりに、不安だった胸がすこしだけほぐれる。


 続けて、父エルドが私とノアの頭をくしゃりとなでた。


 「いってらっしゃい。大丈夫、胸を張ってな」


 最後に、祖父ギャンバスがどっしりと笑いながら親指を立てる。


 「すぐ終わるからな。心配せんでいいぞ~」


 振り返り、家族の顔を胸に刻む。


 そして、わたしとノアは並んで歩き、聖堂の奥――儀式の控え室へと足を踏み入れた。


 荘厳な静けさに包まれたその部屋には、二人分の服が丁寧に並べられている。

 目に映った瞬間、わたしは思わず息を呑んだ。


 ――白銀の絹のような輝き。

 縁には繊細な金糸の刺繍が施され、胸元には神聖印の紋があしらわれている。


 「こちらの聖衣にお着替えください。儀式が終わるまで、飲食はこの神聖水のみでお願いいたします」


 シスターの声が静かに響く。

 差し出された小瓶の中で、淡い光を帯びた水が揺れていた。


 (……いよいよだね)


 服に触れる指先がわずかに震える。


ちらりと隣を見る。


 ノアも……さすがに緊張してるかな?


 そう思った次の瞬間――


 「僕、何の属性なんだろ〜」

 なんて呑気なことを言いながら、ノアはさっさと上着を脱ぎはじめていた。


 わたしは思わず、ため息と一緒に肩の力が抜ける。


 (……こ、この性格、今だけは羨ましい)


 不安を引きずる私とは対照的に、ノアの顔にはいつも通りの柔らかな笑み。

 どんなときでも変わらない、あの楽天さが少しだけ心強い。



 「間もなく開始いたします。緊張なさらず、ただ聖石に軽く手を触れていただければ――その瞬間に属性環が顕現し、儀式は終了いたします」


 にこやかな声が静かに告げた。


 「あと十数分ほどでご案内しますので、どうぞそのままお待ちください」


 丁寧に一礼したあと、修道女シスターは静かに退室していった。


 部屋の中には、再び静けさだけが戻る。


ふと視線をやると、ノアが腕につけたブレスレットをじっと見つめていた。


 「……それ、結局なんだったの? 私には教えてくれなかったよね」


 私が問いかけると、ノアは少し照れたように笑った。


 「ん〜、メリンダばあちゃんがさ。『儀式が終わって帰ってくるまで絶対に外すな』って言ってたんだ。魔力を安定させるお守りなんだって」


 「……へぇ」


 そう答えながらも、私はそのブレスレットに自然と目を奪われた。


 どこか古びていて、飾り気のないつくりなのに――なぜか、ぬくもりのようなものが宿っている気がした。

 よく見ると、ほんのりと淡く光を帯びている。


 (……あれは、ノアの魔力が暴走したあの日。めりんだばあちゃんが、応急処置として渡したものだったっけ)


 おそらく、あのときの名残。

 でも、今日この儀式を終えたら――そんな補助も、もう必要なくなるくらい、ノアは強くなっていくのかもしれない。


 (……いいなぁ)


 心の奥底に、ひり、とした焦りが走った。

 自分の“何もなさ”と、弟の“すごさ”が、無言で比べられているような気がして。


コン、コン――扉を叩く音が静けさを破った。


「儀式の準備が整いました。おふたりは、聖堂中央のカーペットを並んで司教のもとへお進みください」


 ゆっくりと大扉が開かれる。

 まばゆい光が差し込んだ。神の祝福そのもののような、荘厳な輝きだった。


 聖堂の奥深くへと真っ直ぐに伸びる、純白のカーペット。

 その両脇には、大理石の柱が整然と並び、天井を見上げれば、聖女と神獣が舞い踊るような壮麗な天井画が、まるで別世界の景色のように広がっている。


(すっごい豪華な造り。気紛らわさないと雰囲気に飲まれそう)


 神聖な気配が空間を包み、息をするだけで祈りとなるような――そんな、澄みきった空気だった。


 左右の観覧席には、儀式を一目見ようと集まった町の人々がぎっしりと並び、最初は控えめだったざわめきが、次第に抑えきれない興奮に変わっていく。


 貴族と思しき人物たちも姿を見せ、子どもを抱いた母親が目を潤ませて手を合わせ、少年たちは身を乗り出して双子の姿を追いかけていた。


人々の小さな声が、耳に届く。

 

「……あれが、神の才覚を持つ双子……」

「見て、あの美しい子たちよ」

「ママ! あのお兄ちゃんとお姉さん、勇者なの……?」


 遠くで、壮大な鐘の音が鳴り響く。

 それはまるで、この瞬間のすべてが――私たち二人の歩みに祝福を捧げているようだった。


 白き道を進む私たち二人の目に、最前列の親族席つまり家族の姿が映った。


 父エルド、母シンシア、祖父ギャンバス――三人とも立ち上がるほどの勢いで手を振り、「がんばって!」と口を動かしながら、満面の笑みでガッツポーズを送っていた。


 (少し恥ずかしいけど心強いかも)


 そして、双子が司教のもとへとたどり着いたとき――

 いよいよ、聖環の儀式が始まる。


司教は一歩前に進み、両腕を広げるようにして荘厳な声を響かせた。


 

「これより――」


「グレンハースト家、嫡子。

 カナリア・グレンハースト、ノア・グレンハースト、両名の“聖環の儀”を、ここに執り行います」


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― 新着の感想 ―
めちゃ荘厳な儀式。 (*´ω`*) 町全体が楽しみにしていた目玉イベントなんですね。 でも、残念な結果になってしまうのか……。 カナリアかわいそす。 (´;ω;`)
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