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第29話 斬り拓いた道、領地カドゥランへ

 大地が揺れ、山の上から泥と水を混ぜたような、濁流が崩れ落ちてきた。


 「どっ――土石流!!?」


 連日降り続いた大雨により発生した、それは地鳴りと共に、まさに山が吐き出した怒りそのものだった。


 その瞬間、聖印がもたらすカナリアとノアの眼が超反応で瞬時に状況を判断する。

 土煙、音の密度、空気の湿り、傾斜角。


 (来る……あと五秒以内。範囲は広い。馬車ごと飲まれる……!)


 「ノア、上っ!」

 「わかってる!」


 ノアが両手を前に突き出し、瞬時に凍てつく魔力を注ぎ込む。


 「止まれぇぇぇぇ!!」


 ギギギギギィイインン!!

 山の上部を覆うように、分厚い氷の壁が形成される――が。


 「お、おもっ……!? これ……重すぎる……!」

 魔力を通じて支える腕が悲鳴を上げる。大自然の圧倒的質量の奔流が、氷壁ごと押しつぶそうと迫る。


 「ノア、全部は止めなくていい! 中心に軸になる“氷柱”を立てて!」

 「流れを割るの! 勢いを左右に逃がす!!」


 「……わかった!!」


 ――バリィィィン!!!


 山肌を覆っていた氷壁が、ついに質量に耐えきれず崩れ落ちた。

 土と水と岩が混じった奔流が、再び猛威をふるって一気に下ってくる。


 馬車が大きく傾き、地鳴りのような轟音が辺りを満たす。

 空気が揺れ、外では兵士たちの怒声と悲鳴が入り混じっていた。


 「ノア!? カナリア!!」

 シンシアが馬車の窓に駆け寄り、半狂乱で叫ぶ。

 リアとノアの姿が見えず、母親の顔が青ざめる。


 「今、飛び出したらだめだ!」

 エルドがシンシアの腕を強く抱きとめ、必死に引き止めた。

 「外は危険だ、あの音……ただ事じゃない!」


 「でも子どもたちが……! リアとノアが外に――!」


 「おお……これはまずいぞい……!!」

 馬車が軋み、木のフレームがきしむ。

 濁流の気配が、すぐそこまで迫っていた。


 そのとき、ノアが叫んだ。


 「ぶち割れぇえええ!!」


 地響きとともに、魔力が解き放たれる。

 山の斜面、土石流の進路のど真ん中に――ズゴオォォン!!という轟音とともに、巨大な氷柱が天を貫くように突き立った。


 土砂と濁流が激突し、炸裂音を上げながら、流れは左右へと分断される。


 轟々と荒れ狂う流れは、馬車の両脇をすれすれで通過し――地面を削りながら遠くの谷へと消えていった。


 全員が助かった。終わったと安堵したのもつかの間。


 逸らされた土石流の奥から、さらにそれを上回る脅威が現れる。

 斜面の上、家屋ほどもある巨岩が、濁流に押されてゆっくりと転がり始めた。

 ひとたび勢いを得れば、馬車などひとたまりもない。


 ノアの創り上げた氷柱も撃ち砕き、軌道をずらすことなく唸りを上げて迫ってくる。


 「……潰される」

 「あれは止められない……」


 兵士たちの顔から血の気が引く。

 ギャンバスがぽつりと漏らす。「頼む……れてくれ……」


 「うへー……さすがに疲れた……」

 ノアがふらつきながら笑った。


 「最後は、姉さんよろしくね」


 「お疲れノア。ラストは任せて」


 カナリアがすっと立ち、貰ったばかりの刀を抜き、輝きと感触を確かめる。


 「おじいちゃんとお父さんが作ってくれたアーバン樫の刀。試し斬りには、丁度いいかな」


 巨岩が地を揺らしながら迫る――


 だが、カナリアの刃がひと閃、岩肌をなぞった瞬間。

 刃が通った箇所を境に、まるで“和紙を裂いたように”、岩が静かに分かたれた。


 刹那、音すら置き去りにされた。

 火花も、摩擦も、手応えすらない――ただ刃が通ったという“結果”だけが、そこにあった。


 続く二撃目が十字を描くと、岩塊は四つに分かれ、重力に気づいたように静かに崩れ、山の斜面をころがり落ちていった。


 「……助かった!奇跡だ!」

 御者と操縦士が抱き合い、生を実感している。


 「……そんな、魔法をつかってないのに何故……?」

 兵士のひとりが呆然とつぶやいた。


 刀を鞘に収めたカナリアは、静かに振り返り、少しだけ得意げに微笑んだ。


 「昔から得意なんだ! どこをどう斬れば一番よく捌けるかってね!」


 その直後、馬車から飛び出してきた父と母に思いきり怒られ、同時に心配もされ、結局抱きしめられてうやむやに。


 一方、護衛の兵士たちは手のひらを返したように称賛の嵐。神の聖印を持つ双子だ、勇者だと、過剰なまでの大騒ぎとなった。


 だが、誰よりも早く異変に気づき、瞬時に指示を飛ばしたのは、他ならぬギャンバスじいちゃん。

 あの一瞬で全てを察したその洞察力こそが、実は一番すごかったのかもしれない。


 土石流で塞がれた道は、ノアの水魔法で道が確保され、馬車はふたたびゆっくりと進み始めた。

 いや本当そういう時魔法って便利だよね。本当羨ましい。


 静けさを取り戻した車内で、私は隣に座る祖父に小さく尋ねた。


 「どうして、あそこが危ないってわかったの?」


 ギャンバスはしばらく外の景色を見ていたが、ぽつりと答えた。


 「あそこは木が少なかったろ。つまり、根が張っていない。地盤が弱い証拠だ。

 しかも今の時点で木が育っていないってことは、過去に一度、大きく崩れてるってことでもある」


 ただそれだけだ、とでも言うように、祖父は静かに腕を組んだ。


 流石は村一番の木こり。長年の経験と勘は、本当に侮れない。

 しかもこの筋骨隆々の肉体で病気知らずときた。

 ……もしかして、倍は長生きするんじゃ? と思ったけど、それは言わずにおいた。


 昼を過ぎたころ、馬車の車窓から見える景色が徐々に変わっていった。


 木々の隙間から、遠くに広がる町並みが見える。

 目指す領主町、その姿が、山の上から一望できる位置まで来ていた。


 巨大な石造りの外壁に囲まれ、まるで要塞のような造り。

 北側には高くそびえる城があり、その城下には、街道や屋根がびっしりと敷き詰められた広大な街並みが広がっていた。


 「さあ、あとは山を下るだけだ。……いよいよだな」


 父の声に、私とノアは並んで窓の外を見やる。

 街の中央には、ひときわ高い尖塔の建物がそびえていた。

 壮麗で荘厳な造り――きっと、あれが大聖堂なのだろう。


 燃えるような夕焼けが空を染める中、私たちを乗せた馬車は、ようやく領主町の正門へと辿り着いた。


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― 新着の感想 ―
魔法でどうにかするのだろうとは予想していましたけど、まさか二段構えとは……。 しかも木剣の切れ味が凄い。 素材の質、職人の技量、使い手の腕、全部が噛み合ってこその切れ味なんでしょうね。 (*´ω`*)…
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