第28話 贈り物は危険とセットで
「これはな……お前たちへのお祝いだ」
包みを開けた瞬間、私たちは同時に息を呑む。
中から現れたのは、漆塗りのように艶やかな黒の鞘に収められた、立派な“剣”だった。
「本物……みたい……!」
思わず鞘から引き抜いた刹那、刃が陽光を受けてきらりと輝いた。
手に伝わる重みと質感は、まるで鋼そのもの。
「えっ……これ、本当に木でできてるの?」
ノアが目を丸くして言うと、祖父ギャンバスがどっかりと腰を落ち着け、得意げに笑った。
「ふふん、その驚きも当然じゃ。これは“アーバン樫”といってな、鉱物にしか根を張らぬ、珍しい森の主だ。年を重ねるほど鉱石のように硬くなる、いわば“生きた鉱物”とでも言うべき存在じゃ。伐り出せる者も限られておってな……まぁ、村ではワシぐらいじゃよ!」
「それを加工したのが父さんってこと……?」
「……そうだ。ノアのはまっすぐな両刃、リアのは――こっちだな」
父さんがそう言って私に渡してくれたのは、しなやかに反った片刃。刀のような形状だった。
その形に、言葉にならない既視感が走った。
握った瞬間、驚くほど手に馴染む――まるで、前から持っていたかのように。
「……これ、すごく手になじむ……」
震えるような感覚が、掌からじんわりと広がっていく。
父さんが照れくさそうに笑いながら話し出す。
「町でな、東国の旅人に出会って……その人が持ってた“刀”を見せてもらって、構造や重心の取り方も勉強して……それでやっと、この形に仕上げたんだ。 お前の“才覚”とも同じ響きだろ? 合うんじゃないかって、思ってな」
「……お父さん……」
涙がにじんできて、思わず視線を落とした。
――ここに、あの日ふたりが話していた“大仕事”の答えがあったんだ。
自分達のために。
ただ、それだけのために。
父と祖父が、時間をかけて、心を込めて。
(……そんなの、嬉しくないわけないじゃん……)
この形、この重み……ただの贈り物じゃない。気持ちが込められている。
「……ありがとう。すごく、嬉しい」
私がそう呟くと、父さんは優しく微笑んだ。
隣ではノアが剣を掲げている。
「僕たちの年齢にしては……これ、けっこう長いよ?」
「ああ。お前たちは樹みたいに伸びるからな。しばらく使えるように、少し長めに作ってある」
その言葉に、ノアは満足げに頷いた。
「なんか……この剣、生きてるみたいに感じる」
「まさにそうじゃ」
ギャンバスが指を立てる。
「このアーバン樫、かつて“雷”を喰らってなお倒れなかった。焼かれてもなお立ち続けた、根性のある奴でな。ワシが選んだ“戦う木”の中でも、特に骨のある一本だったわい」
「……じゃあ、おじいちゃんと一緒だね。頑固なところとか、絶対似てる!」
私が言うと、祖父は一瞬ぽかんとした後、鼻を鳴らして笑った。
「おお、憎まれ口が出るようになったか。調子が出てきたな、リア!」
そのやり取りを微笑ましそうに見守りながら、父さんが締めくくる。
「……本来、お前たちの年齢じゃ帯剣の許可は下りない。けど、これはあくまで“木製”の剣だ。問題にはならない。
けどな――俺は信じてるんだ。お前たちは、いつか本物以上の剣士になるって。
だからこそ、扱いにはくれぐれも気をつけてくれよ」
馬車は進むにつれ、景色は平野から次第に険しい山道へと移り変わっていった。左右を高い斜面に挟まれた細道。
車輪が跳ねるたび、荷台の木板が軋んで小さな音を立てる。
馬車がカーブを曲がり、急峻な山の斜面に差し掛かったとき――
ギャンバスの眉がぴくりと動いた。
目線の先には、他の山肌とは明らかに様子の違う斜面が広がっている。
「……いかん。ここは長居できん。早く通り過ぎろ」
御者に向けてそう告げる声は低く、しかし鋭かった。
ノアと私は驚いて山のほうへ目をやるが、特に何も見えない。ただ、ギャンバスは何かを感じ取ったようだった。
「木が……少ねぇな」
ギャンバスは小さく呟く。ふいに険しい顔で山の斜面を睨んだ。
「ギャンバス殿、それは……?」
御者が問いかけるより早く、音が聞こえた。
――ドドッ、ドドドドッ……。
私とノアがほぼ同時に、反応して顔を上げる。
風の音じゃない。雷でもない。けれど、何かが迫ってくるような、不気味な振動を含んだ音。
それに混じって、無数の足音。そして……流れる水のような、粘つく音。
「なに、これ……?」
ノアが小さく呟いた瞬間だった。
前方の馬が、悲鳴のような嘶きをあげて立ち上がった。
「どうどうっ! 落ち着け!?」
御者が手綱を引くが、馬は暴れ、馬車全体が大きく揺れる。
「お父さん、お母さん、中にいて!」
私とノアは同時に扉を押し開け、地面へと飛び降りた。
私は刀を、ノアは剣を抜き放つ。身構えたその先――
飛び出してきたのは、魔獣。……だけじゃない。
鹿や猪、牙をむいた狼、さらには紅魔熊や大型の獣までもが、群れとなって山から駆け下りてきた。
「くるよノア!」
「うん、迎え撃とう!」
二人が飛び出し、刀と剣を構えた瞬間だった。
「待て! 君たちは大事なお客さんだ!」
馬車の前方にいた護衛の兵士が、声を張り上げながら剣を抜く。
「ここは俺たちに任せて! 君たちは後ろに下がっててくれ!」
険しい表情のまま、兵士は馬の前に立ちふさがる。
だが次の瞬間、異様な光景が目の前に広がった。
――だが、彼らは襲ってこなかった。
驚くほどの勢いで馬車の周囲を駆け抜け、四方八方へと散り散りに逃げていく。
その数、数十……いや、百を超えていたかもしれない。
「えっ……なんだったの、いまの……?」
ノアの眉がひそめられ、私も思わず背筋を強張らせる。私たちなんてまるで気にしなかった。むしろ慌てて、何かから逃げるような――
……そのときだった。
「ここを離れろ!!」
馬車の窓から顔を出したギャンバスの怒声が、山道に響く。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!
大地が揺れ、山の上から泥と水を混ぜたような、濁流が崩れ落ちてきた。
「っ――土石流!!?」
連日降り続いた大雨により発生したそれは、木々をなぎ倒し、岩を巻き込み、泥と水が一体となって襲いかかってくる。まさに“山が牙を剥いた”かのような怒りそのものだった。
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