表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/116

第26話 禁忌の力と自分の力

真っ白な毛並みは夜気にふわりと揺れ、黄色い瞳は静かに私を見つめている。

 間違いない。名前は……サルフェン。


 ――女神の使い。

 異世界に転生する際、この白狼と私の頭がぶつかった衝撃で記憶喪失になったんだ。

 衝撃の耳鳴りで半分しか話を聞けなかったけど、それでもこの狼だけは、はっきり覚えていた。


「えっ……あ、あなた……どうしてここに……?」


 言葉がうまく出てこなかった。

 驚きと困惑と――胸に突き上げてくる懐かしさ。


 気づけば、涙が溢れていた。

 この世界で、私が転生者だと知っているのは――女神と、この白狼だけ。


 だから、きっと私は……


 ひどく懐かしい旧友に会ったような気持ちで、気がつけばサルフェンにしがみついていた。

 子どもみたいに、声も立てずに泣きながら。


「……魂は大人だが、それなりに苦労しているみたいだな」


 穏やかな声に、思わず胸が熱くなった。

 わかってくれている。その言葉が、こんなにも嬉しいなんて。


 だけど――。


 サルフェンの白い身体が、月明かりの中でふわりと淡い光に包まれ、

 少しずつ、輪郭を失っていくのが見えた。


「……えっ、どうしたの……!? 消えちゃうの……?」


 私の声が、夜空に溶けて震えた。

 サルフェンはゆっくりと首を振る。


「安心しろ。死ぬわけではない。本体が“ある者”と戦い、力を使い果たしてしまってな。しばらくはこの世界に顕現できなくなった」


 “ある者”――

 その言葉に、どこか深い戦いの気配を感じた。


「……セレスティア様のもとへ還る前に、ちょうどお前の声が聞こえてな。

 懐かしくて、少し立ち寄っただけだ。……ほんの、ひとときだがな」


 優しい声が、風のように静かに響く。

 その一言で、胸がきゅっとなった。


 私は言葉を返せなかった。

 ただ、どうか消えないでと願うように、そっと手を伸ばした。

 消えかける光の中で、私は叫んでいた。


「そうだ! サルフェン、待って!! お願い、まだ――!」


 声が震える。気持ちが溢れて、制御できない。


「……聞きたいことがあるの!」


 狼の姿がわずかにこちらを振り返る。けれど、その身体は確実に薄くなっていた。

 焦るな、落ち着け、一番大事な事を聞くんだと自分に言い聞かせる。


(私には……属性があるの? いや、それは10日後にわかる。冷静になれ私……!)


 今じゃなきゃ、今しか聞けないことがある。


「サルフェン! 私が転生したとき――あの女神様は、私に“なにか”を託したはずなの!」


 言葉が、感情が、止まらなかった。


「……でも、その力の名前も、使い方も……なにもわからないの!

 ただ“特別だ”ってことだけ、うすぼんやりと感じるだけで……」


 風が、さらりと吹き抜けた。

 涙と一緒に髪が頬を滑り、私は懇願するように叫んだ。


「教えてよ……お願い、サルフェン……! 私、知りたいんだ。

 “何者として”ここにいるのかを……!」


サルフェンは一呼吸おいてから口を動かした。


 「その力の名は《■■》だ」


 確かに言ったはずだった。けれど――


 その瞬間、音が“弾けた”。

 耳の奥がビリビリと痺れ、空気が歪んで軋むような異音が鳴り響く。


「えっ……? なに、いまの……」


 サルフェンの口は確かに動いていた。

 でも、音にならなかった。まるで発音そのものが、この世界に拒絶されたように。


 白狼の瞳が、ほんの一瞬だけ見開かれた。


「……なるほど。やはりその力は、“こちら”には属さぬものか」


 静かに、けれど確かに――驚いていた。

 サルフェンのような存在ですら、その名前を「発する」ことができない。

 ならばその力とは、いったい……。


「説明は……できない。いや、“できぬ”のだ。私のような、この世界に属する神の使いにはな」


 サルフェンの輪郭が、さらに淡くなる。

 指先が、毛並みが、月光に溶けるように消えていく。


「待って……! そんな、何もまだ分かってないのに……! まだ、いかないで……!」


 私は叫んでいた。

 泣きながら、必死でこの“繋がり”を手繰ろうとしていた。


 サルフェンは、そんな私を見つめながら微かに笑った。


「……その手、刀神としての才に溺れず、毎日、黙々と磨いてきたな?」


 その声は、深く、あたたかかった。


「お前のその禁忌の力は、“刀”に宿る。時が来れば、お前自身がその意味を理解するだろう。お前がしてきた努力は決して、間違ってなどいなかった」


 私は――声も出せなかった。


 胸が、張り裂けそうだった。


「……あの時、痛い思いをして頭を打った甲斐があったよ。カナリア」


 皮肉とも、冗談ともつかぬ口調。

 でも、それがたまらなく嬉しかった。

 サルフェンが、私のことを見てくれていたことが。


「……時間だ。必ずまた会おう」


 最後の言葉とともに、

 白狼は、やさしい微笑みだけを残して、

 月光の中に――静かに、消えた。


私は――小さく、小刻みに震えていた。


……た。……った。


「やったあああああああああああああっ!!」


夜空に響くほどの声で叫んでいた。涙で滲む視界の中、満点の星空がきらきらと笑っているように見えた。


何もわからなかった。ただ、“信じるしかなかった”。最初からずっと、私は剣を握ってきた。


天から与えられたように手に馴染むあの刀を、何度も振って、毎日毎日、自分なりに磨いてきた。


根拠もない。特別な祝詞も、派手な魔法もない。それでも信じてきた。自分の手で、自分の剣で、前に進むって決めてたから。


それが、いま。“神の使い”が認めてくれたんだ。間違ってなかったって、言ってくれたんだ!


嬉しくて、たまらなかった。胸の奥で、ずっと凍っていたなにかが、溶けた気がした。


「……結局、力の正体はわかんなかったけどさ。でも、確かに“ある”。それだけはわかった。しかも、それは“剣”とつながってる。私がずっと、信じてきた道の先に待ってる。」


私は月を見上げ、小さく拳を握った。この“何も見えなかった異世界ハードモード”に、ようやく一筋の光が、灯った気がした。

ブックマークか☆のポイント評価で応援いただけたら嬉しいです!

読者の皆様の反応が私の活力源です!何卒、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
旧友と会った感覚なんでしょうね。 やっぱりこの段階では謎を聞き出せないのか……。 (。ŏ﹏ŏ) ふむふむ。 ふむふむ。 ふむ……ふ……む……ふぇ? カナリアってハードモードだったんですか⁉️ ずっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ