表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/117

第25話 月下の再会

「――“グレンハースト家ご一同様へ。星セレスティアの祝福のもと、貴家の聖環の儀を領主町にて執り行うことが決定されました。期日は十日後。会場はカドゥラン大聖堂にて。8日後、従者を向かわせるので、準備を”」


 声の調子は穏やかだったが、その言葉の一つひとつがカナリアの胸に静かに落ちていく。

 やはり、もう引き返せない。


 横でシンシアが指を折って数えながら、軽くつぶやいた。


「移動には、確か最短でも一日はかかるわ……宿泊の準備をしないと」


荷造りも、心構えも、それまでに済ませておかなければならないって事だよね。気が引き締まる。

 読み終えた父エルドが顔を上げ、少しだけ笑みを浮かべる。


「それと――“グレンハースト家を歓迎し、宿泊施設を数日間ご自由に利用いただいて構わない”ってさ!」


 ノアが「わーい!」と手を挙げて喜ぶのを見て、私も小さく笑ってしまった。

 緊張していたのが少しだけ緩んだ気がする。


書状の余韻が残る中、静かに立ち上がったのは、祖父ギャンバスだった。

 椅子がぎしりと音を立て、続いて父エルドもゆっくりと腰を上げる。


「よし……出発前に、やっておかないといけない大仕事があるからな」

「とりかかるとするか! いくぞ、エルド!」


 ギャンバスが言いながら拳を軽く握ると、父は「了解」と力強く頷いた。


 そのとき――


 父がふいに私とノアの前にしゃがみ込み、二人をぐっと腕に抱き寄せた。

 あたたかな体温と、木の香りが混じった懐かしい匂いがふわりと鼻をくすぐる。


「……二人も、いよいよだな」

 父の声はどこか誇らしげで、少しだけ寂しそうだった。


「風邪なんてひかないように、ちゃんと健康的に過ごすんだぞ。夜も早く寝るんだ」


 おどけるような口調なのに、目元が少し潤んでいるのがわかった。


 私はただ「うん」と頷き、父の背中にそっと手を回した。

 ノアも黙って頷きながら、いつもより真面目な表情を浮かべていた。


 やがて、父は私たちの頭をぽんぽんと優しく叩くと、祖父とともに家の奥へと歩き去っていった。


 残された食卓に、ひとときの静寂が落ちた――と思った、その瞬間。


「リア~? ノア~?」


 優しい声が背後から響いた。

 振り返ると、そこには微笑む母――シンシアの姿。けれどその笑顔の奥に、背筋を撫でるような“気配”があった。


 (あれ……? 空気が……ひんやりしてる……?)


「これからの十日間は――くれぐれも、魔獣退治なんて、ぜぇ~~~~ったいに! 許しませんからね?」


 声は静か。語尾だけが妙に伸びて、やけに耳に残る。


「お母さんね……今までのこと、全~~~部! 知ってますからね?」


 ゴゴゴゴゴ……と幻聴のように後ろに黒いオーラが立ち昇る気がした。


「は、はいっ!!」


 私とノアは、反射で声を揃えて立ち上がった。姿勢は直立不動になっていたと思う。


 あの岩犀ゴルガンドよりも、この人の圧のほうが絶対に強いと思う。どの世界でも母は強しという事なんだろう。


 「お父さんも言ってけど、夜更かし厳禁! 肌荒れの原因になるんだからね!」


 はい、と即答したが……ママのこのパターンは長いやつだと覚悟を決める。


 「剣の修行も! 激しいのは禁止です! 転んだりして顔に傷でもついたらどうするの! 」


 はいぃぃ……!


 「領主様にお会いするんですからね? 礼儀の勉強もしっかりやるのよ! 背筋ピン! 挨拶は口角を上げて、はきはき! 」


 ううっ……それ、たぶん私よりノアのほうが言われてる。


 「あとそれから――着ていく服の準備も明日からちゃんとします! 当日になって“あれがいいこれがいい”なんてワガママ言ったら許しませんからね! 」


 うっ……それは私だ……お洒落は大事なんだよママン!


 「そしてそしてそして――」


 終わらない。

 止まらぬ母の“説教気を帯びた優しさ”に、私とノアは壁にめり込まんばかりに背筋を伸ばし続けた。


 準備や確認、心構えの話に、母の長〜い説教。


 そうして、気がつけば外はもうすっかり暗くなっていた。

 朝に届いた召喚状をきっかけに、何だかんだで一日があっという間に過ぎていた気がする。



 満点の星空と三つの満月が、夜空に浮かんでいた。

ノアはぐっすり眠っている。普段と変わらない。


 白、蒼、そして紅――それぞれが違う輝きを放ちながら、まるでこの星の運命を見下ろしているかのように。


 私は屋根裏の小窓から外へ出て、静かに屋根に腰を下ろす。


「……綺麗だなぁ」


 思わず、月を掴める気がして手を伸ばし、ぽつりとつぶやいた。


 いよいよ十日後。

 “聖環の儀”で私にも属性が与えられる。何になるかは、その時のお楽しみ――だけど。


「属性……あるといいなぁ。最強魔法とか無限魔力とか、贅沢言わないからさ……」


 風がすこし冷たくて、髪がふわりと舞った。


「ただ……自分の力で空を飛んでみたい。あの月に手が届きそうなくらい、自由にさ」


 異世界転生したんだもん。ちょっとくらい、我がまま言ったっていいよね。


 そうだ!……もしかして、もしかして。


 雲が月を隠した瞬間、私は屋根の上で両手を組んで、そっと祈るように呟いてみた。


「女神様、聞こえますか? あなたが導いたカナリアです。……返事、ください」


 しばらく沈黙。風の音だけが答えだった。

 髪が頬に触れるくらいの風が吹いて、月が雲の切れ間から覗き再び私を照らす。


「……はいはい、知ってましたよー。ちょっと試しただけですよー」


 気恥ずかしくなって、私は笑って屋根にゴロンと寝転がろうとして――


 「……ん?」


 背中に“ボフン”と妙な感触。

 硬くもなく、柔らかすぎもせず、でも確実に屋根とは違う。


 私はゆっくりと体を起こし、恐る恐る背後を振り返った。


背中に感じた違和感――

 それは、懐かしさとともに私の胸を貫いた。


「……久しぶりだな」


 その声は、私の中の“前世”を呼び覚ます。

 振り返ると、月光の下には私が異世界転生した時にいた、女神の使い。白い狼がいた。


ブックマークか☆のポイント評価で応援いただけたら嬉しいです!

読者の皆様の反応が私の活力源です!何卒、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この世界の魂では無いから属性が付かない可能性もあるのですよね? (´・ω・`) もし、そうなったらそうなったで、脳筋でゴリ押しするのでしょうけどw (´ε`) ん? おお! 女神との交信はできてい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ