第23話 聖環の儀 同日開催いたします!
女神の大地・中央大陸――星セレスティア聖教国 総本山
大聖教庁アストラトリア 会議室
星教皇の玉座を中心として、白大理石の円卓が左右に広がる。
その両翼には、聖教国の枢要を担う重鎮達が等しく並んでいた。
視線はすべて、玉座を背に立つひとりの男へと注がれている。
その視線の先、空けられた中央に、ギルバートが立つ。
視線は彼へと集中する。
主題はただ一つ。
―魔族の脅威が迫る中、“神の聖核”を持つ子らの《聖環の儀》をどう執り行うか。
に審問と提案の場に、賢者ギルバート・ピアソンが立った。
「神の聖印核をもつ兄弟たち――その《聖環の儀》は、世界各地で同日に執り行う」
「なっ……!? 正気ですか、ギルバート殿!」
驚愕に目を見開いたのは、枢機卿。
「同時に各地で襲撃が起これば、対処のしようがありませんぞ!」
戦務卿も声を上げた。
その顔には、苛立ちと焦燥が色濃く滲んでいる。
賢者ギルバートは、静かに首を振る。
「いいや、その逆だ。敵の戦力を分散させることができる。
一点集中で攻められれば、守れるものも守れん。
敵戦力が不透明な以上、これが最善だ」
「しかし……本当に魔族が攻めてくるのか? 君が倒したというのも、たった一体の幹部にすぎない。過剰な警戒ではないのか?」
法務卿の疑問に、ギルバートの声が重なる。
「否。倒したのは、ただの幹部ではない」
ギルバートは静かに語る。
「魔族側の中枢である。七魔星――そのひとり、“ゼノムス”だ」
会議室の空気が、ひときわ張り詰めた。
<七魔星>
魔大陸の最奥に座すとされ、名だけが伝わる伝説の存在――
少なくとも、女神の民の誰もが“遥か遠い脅威”としか思っていなかった。
だが今、その名が“討たれた魔”として目の前に現実として突きつけられている。
「……その死に際。奴は、確かにこう呟いた」
ギルバートはわずかに目を伏せ、低く続ける。
「“勇者は、血を分かち顕現する”と」
まるで、部屋全体がその言葉をのみ込むように、音が消える。
「さらに、こうも言った。
“魔大陸と女神の大地を隔てる結界が、やがて意味をなさなくなる”と」
にわかに、周囲の重臣たちが顔を見合わせる。
結界が意味をなさなくなる?
それは、魔の軍勢が再び、この大地を踏み荒らす未来の兆しか。
ギルバートは、その気配を見逃さず、続ける。
「《聖環の儀》は、敵にとって“芽を摘む”好機だ。
来ない理由が、ない」
一語ごとに、凍りついた空気を貫くような緊迫が走る。
そして――
「……だからこそ、我々はすでに“神の聖核を持つ兄弟たち”の動向を、把握している」
その宣言は、もはや確信に満ちていた。
その言葉と同時に、蒼氷を思わせる髪を風に揺らし、鋭い眼差しを宿した剣士。
ギルバートの補佐官の一人、アデルが前に出る。
「現在、確認されている神の名を冠する聖印を持つ兄弟たちは、以下の四組です」
アデルの言葉と同時に、部屋の明かりがふっと落ちた。
円卓の背後――白い大理石の壁に、まばゆい光が走る。
魔導式の幻灯装置が起動し、淡く揺れる光によって、世界地図がゆっくりと投影されていく。
その大陸図の上に、四つの光点が浮かんだ。
それぞれの光が、神の名を継ぐ者たちの地を静かに照らす――
◆ガイアス獣王国:白狼族の三つ子兄弟。
聖印は「神騎」「神拳」「神脚」。いずれも“二属性”の兆候あり。
武勇に優れ、ガイアス大森林は彼らの庭であり、地の利は間違いない。
◆レグナント帝国:人族の異母兄弟。
聖印は「神槍」と「神言」。神言の妹に“三属性”の兆候あり。
帝国内では情報管理が厳重で、こちらには有力な情報はない。
◆ギリス公国:人族の双子。
聖印は「神剣」と「刀神」。弟は“四属性適性”の可能性。姉は現在魔法の兆候なし。
現時点では優先度やや低めか。
◆ローネアン連合国:ハーフエルフの双子。
聖印は「神盾」と「神弓」。ともに“二属性”の兆候あり。
魔大陸に最も近く、地理的リスクが非常に高いが、多種族国家であり兵力と対応力は確か。
地図を照らす光の一つひとつに、会議室の重臣たちの視線が注がれる。
やがて、投影が静かに消えると同時に――
部屋の明かりがふたたび戻る。
アデルが一歩下がると、もう一人の補佐官――緋の髪を持つ眼鏡をかけたエルフ魔術師マルシス女史が言葉をつなぐ。
「最も危ういのは、やはりローネアン連合国でしょうか。魔大陸と地続きで、自然の障壁も乏しい。“最初に試される場所”になる可能性が高いです」
その冷静な指摘に、会議室が静まりかけた――そのとき。
会議の静けさを見計らい、アデルが穏やかに声を乗せる。
「……逆に、最も“重宝”されているのはガイアス獣王国かと」
視線が集まる中、彼は語る。
「三つ子は、いずれも“神”の名を冠している。“神騎”“神拳”“神脚”。
そのすべてが、二属性の適性持ち。戦力評価で見れば、群を抜いています。
……だからこそ、優先順位は最も高い。誰もが“勝たせたい”兄弟であることは明白かと」
マルシスは一枚の報告書を指先でなぞりながら、冷静に言葉をつなぐ。
「確かに、“勝たせやすい”場所を選ぶという発想もあるわね」
そのとき、重臣のひとりが声を上げた。
「――ギリス公国の双子はどうなっている?
魔法の兆候が見えないとなれば、戦力としては劣るのではないか?」
質問に応じたのはアデルだった。
「報告によれば、現時点で“二つ名持ち”の魔獣を撃破したとの情報があります。小規模ながら局地戦での実績は確認されており、剣技に関してはすでに“剣豪級”――それ以上との評価も一部にございます」
アデルは手元の報告書を見やり、言葉を続ける。
「弟のノア=グレンハーストは、魔法適性にも優れており、複数属性への反応が見られます。現時点では水属性を主軸としていますが、将来的に“多属性”の素養を持つ可能性は高いと見られています」
「姉のカナリア=グレンハーストについては……」
アデルはわずかに言葉を選びながら、続けた。
「戦闘本能と身体能力に関しては今後の飛躍が期待されます。ただし、魔法に関しては現段階で顕著な兆候は確認されておりません」
会議室の空気が一瞬だけ静まり返る。
実力は未知数――だが、すでに戦果を上げているという事実が、彼らの名に重みを加え始めていた。
その余韻を断ち切るように、マルシスが静かに言葉を継ぐ。
「……一方、レグナント帝国の情報については、引き続き詳細の確認が困難です」
指先で眼鏡のフレームを押し上げながら、マルシスは淡々と続ける。
「帝国内では聖印者に関する記録の多くが封鎖されており、我々が把握しているのは“神槍”と“神言”の名、そして妹に“三属性”の兆候があるという。ごく限られた内容のみです。帝国内の監視体制は極めて厳重で、今後の直接的な干渉は困難と見られます」
その言葉に、数名の重臣たちが眉をひそめる。
「帝国の“切り札”というわけか」
書類を抱えた書記官が、少し足早に前へ出る。
手元の巻物をやや乱しながらも、震える声で切り出した。
「じ、実はそれについては……レグナント帝国より正式な書状が届いております」
羊皮紙を広げ、声を整える。
「至 星セレスティア聖教国宰相殿。
日頃より、貴国の栄えあるご治世と、民草の安寧が続いておられますことを、心よりお慶び申し上げます――」
その調子に、戦務卿がいらだちを隠せない様子で声を上げた。
「……ええい! 要点を言え、要点を!!」
ギルバートは巻物を奪い取ると、すばやく視線を走らせて要点だけを読み上げた。
「要するにこうだ。
“教会の意向は尊重し、儀式は同日に執り行う。
ただし、我が帝国への援軍・支援は一切不要。これを無視して領土に侵入した場合、魔族と同等の侵略者と見なす”――そう書いてあるな」
場内が騒然とした。
「ふざけた内容だ」「これは脅迫ではないか」
重臣たちがざわめき、声が重なり、空気がざらつく。
今この時にも、聖なる庁舎が揺らぎかけている錯覚すら覚えるほど――会議室の空気は張り詰めていた。
「なんという……帝国のやつら、何を考えている!」
「女神の大陸全土が手を取り合い、協力しなければならないこの状況で――これでは連携も何もあったものではないではないか!!」
ギルバートは肩をすくめ、もう一文を口にした。
「“なお、我が帝国にも賢者殿と同様、三属性を操る聖核の者が誕生した。
つきましては、賢者の称号をご返上いただくのも一興かと存じます”」
……一瞬の沈黙ののち。
「――フフ……ハハハ……ワッハッハッハ!!」
会議室に、ギルバートの豪快な笑いが炸裂した。
声に迷いはない。
あえて嘲らず、あえて競わず、それでも己の立場を揺るがせない。
そんな“本物”の余裕が、そこにはあった。
「いやぁ、実に結構! ならばその“新たな賢者”とやらに、未来を見せてもらおうではないか!」
ざわめく会議室。誰もが言葉を失う中――
ただ一人だけ、異なる気配が立ち上がった。
それまで一言も発さなかった男。
星セレスティア聖教国の最高権力者。
“星教皇”ベネリウス・セレヴァンが、ゆっくりとグラスコードを外す。
その鋭い眼光が、全卓の者を一瞬で射抜いた。
まるで空気そのものがひとつ、支配されたかのように、全員の視線が一斉に彼へと向く。
「……世界各地より、邪悪な黒雲の観測が相次いでいる。いずれ襲撃があるのは、もはや疑う余地もあるまい」
その言葉は預言でも予測でもなく、もはや“確認された事実”として語られた。
「……それで、ギルバート。其方は、どこへ向かうのだ?」
ギルバートは席を立ち、静かに地図へと歩を進める。
その指が、ある一点を静かに示した。
「――ここです」
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