第21話 難攻不落の装甲
「やったぞ! 仕留めた!」
ロイドたち十数人の警備団が、滝が流れ込む河川の中洲で、中型の岩犀の一体を仕留めたところだった。
その巨体には無数の矢が突き刺さり、脇腹には魔法の炸裂痕が黒く焦げついている。
岩のような装甲には無数のヒビが入り、何度もぶつかり合った形跡を生々しく物語っていた。
全身ずぶ濡れで泥だらけ――それでも皆、歓声と共に剣を掲げ、勝鬨を上げる。
「確認されていた岩犀は三体! これで残りは二匹だ!」
「よし、気合い入れていくぞ!」
「おおーーっ!!」
その瞬間――。
ズドォォン!!
背後の滝から、轟音と共に巨大な影が落下し、河面を叩きつけて水柱が天高く吹き上がった!
「な、なんだ!?」
警備団の面々が一斉に顔を上げ、反射的にその方向へと振り返る。
次の瞬間、激しく揺れる水面からカナリアが顔を出す!
「ぷはっ……! 水が深くて助かった……!」
水をかき分け、必死に岸へと泳ぎながら――カナリアの視線が、川の中洲に集う十数人の影を捉える。
全身泥まみれのその中に、見覚えのある人物がいた。
(あれは……ロイドさんと警備団の人達!?)
「早く! そこから離れて!」
「カナリアちゃん!? なんで君が――」
言葉を遮るように、水柱の奥から、唸るような咆哮が響いた。
水しぶきを割って現れたのは――大型の岩犀。
濁流の中で、前脚を高く掲げながら、その巨体を現した。
「急いで……!」
カナリアが声を上げるより早く、岩犀は咆哮と共に、巨体を揺らして前脚を振り下ろした。
――ドンッ!!
地響きが鳴り、地面が陥没するほどの衝撃が川辺を駆け抜ける。
次の瞬間、水飛沫が爆発するように吹き上がり、川辺に転がっていた石や岩、折れた木片までもが巻き上げられる。
それらすべてが、砲弾のような勢いで散弾し、魔力の奔流に乗って――カナリアと警備団めがけて一斉に襲いかかった。
「来る……!」
カナリアはその瞬間、反射よりも速く、地を蹴った。
両目がわずかに揺れた飛石の軌道を捉え、脳が判断を下す前に身体が先に動く。
刀神の聖印――それが与える異常な動体視力と超反射神経が、全ての飛来する障害物を最小限の動作で回避する。
背を折りたたみ、腰をひねり、指先すら掠らせぬ角度で飛石の間をすり抜ける。
「ぐわっ……!」
しかし警備団の多くは咄嗟の対応ができず、岩片に弾かれ、川面へと吹き飛ばされた。
ロイドもその一人だった。鋭く飛んできた岩に肩を打たれ、悲鳴と共に体が宙を舞う――。
「ロイドさんっ!!」
カナリアが振り返って叫ぶが、その姿は木々の陰へと消え、林の奥へ投げ出されたまま見えなくなってしまった。
ロイドの体は、そのまま一直線に木へと叩きつけられそうになる――が。
「っとあぶねっ!!」
直前で、何者かの腕がロイドの身体をがっちりと受け止めた。
木陰から、ひょいと飛び出した男が、吹き飛ばされてきたロイドの身体をギリギリのタイミングでキャッチする。
がっしりとした体格に、目立つもみあげ。そして背には場違いなくらいデカい大剣。
ギャリソン=ファーマード――先ほどまで何食わぬ顔で、斥候兵顔負けの潜伏スキルを発揮し、木の陰にしっかり隠れていたのである。
「……あ、あんたは……?」
ロイドがかすれた声で問いかける。
「お、俺はギリス公国元騎士団の……剣豪、ギャリソン=ファーマードだ!」
勢いで名乗ったものの、どこか誇張気味で、本人も若干の戸惑いを隠せない。
「なら……カナリアちゃんを、頼む……」
ロイドは浅く頷き、意識が遠のきかけながらも、仲間への思いを託す。
「え、ちょ、ま――……って、マジかよ」
ギャリソンは内心で狼狽えつつ、歯を食いしばった。
「と、とりあえず……もう少し近くで様子を、うかがうぞ! いいか、俺は冷静な判断が取り柄なんだ!」
そう叫びながら、足はすでに前へと出ていた。
「……嘘だろ? 俺は夢でも見てんのか……?」
ギャリソンが茂みの陰から目を凝らす。
その視線の先――
濁流の中を、ひとりの少女が岩犀の猛攻をくぐり抜け、鋭い斬撃を叩き込んでいた。
その姿は小さく、しかし、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持つ。
「おかしい……」
カナリアが息を整えながら、岩犀の様子を冷静に見据える。
「さっきよりも……動きが鈍い。それに――斬撃が、通ってる」
岩肌がボロボロと剥がれ、露出した地肌に、木刀の切っ先が深く食い込む。
その時――
「姉さん、お待たせっ!」
声と同時に、上空から飛来する影。
ノアだった。
その手には、水の魔力をまとわせた木剣――
突き手の構えのまま、一直線に落下。
「っ……はああああっ!!」
振りかぶることすらなく、そのまま岩犀の背中へ――
ブシュッ!!という鋭い音と共に、木剣が深々と突き刺さった。
岩犀が苦悶のような咆哮を上げ、膝を折りかける。
「ノア! 凄い!」
カナリアが水しぶきの中で叫ぶ。
(落下の衝撃だけじゃない。水で濡れて……岩肌が脆くなってる)
ノアの猛攻が確かに通じていた。
木剣が深く叩き込まれるたび、岩犀の装甲はひび割れ、地鳴りのような呻き声を上げる。
斬撃が走るたび、岩肌が粉砕され、地肌が露わになっていく。
しかし――
「……っ!? なんだ、これ……!」
ある瞬間から、ノアは異変を感じ取った。
木剣が岩を砕く手応えから一転、“ぬるり”とした粘り気のある抵抗に変わったのだ。
まるで泥の塊に刃を突き立てているような、不快な感覚。
それは明らかに、斬れていない証だった。
「……っ!? 泥を……纏ってる……!」
カナリアが声を上げる。
岩犀の脚部から泥が巻き上がり、ズズズと音を立てながらその巨体を覆っていく。
元はごつごつとした灰色の岩だった装甲が、次第に濃い茶色へと変わっていく――
まるで“土”が鎧のように表面に張り巡らされていくかのように。
「傷を……埋めてる……!」
傷口に詰め込まれた泥が瞬く間に固まり、応急処置のように装甲を補強していく。
その目は、すでに自然界を生き抜くための“適応”の動作に入っていた。
「まずい……時間をかければかけるほど、倒せなくなる!」
カナリアが焦りを込めて周囲を見回す。
「何か……何かない!? 手がかりでも、突破口でも……!」
視線が巡り、林の奥――
木陰で身を隠していたひとりの男と、目が合った。
もみあげ。
やや情けない目つき。
やたら派手な大剣。
そして、ギリギリまで出てこようとしなかった小物臭。
「……剣士のおじさん!?」
ギャリソンは一瞬固まるが――
「お、俺!?」
口の中でそう呟きながら、のそのそと茂みから出てくる。
派手な大剣を背負いながらも、その動きには威圧感はなく緊張感しかない。
そのときだった。
ギャリソンのモミアゲが風圧で後ろに靡く。
「うわっ!? は、はやっ!」
ギャリソンの目の前に、いつの間にかカナリアが立っていた。
たった今まで十数メートル離れていたはずの少女が、一瞬で距離を詰めたのだ。
「あの距離を……瞬きひとつで……!?」
目を丸くするギャリソン。対するカナリアは、さらりとした表情で首をかしげる。
(なんだ……それなりに場数は踏んでる……?いや、でも……この間の距離で気づかなかったってことは、気配の抑え方は一流……?)
カナリアはちらりとギャリソンの全身を見て判断する。
「お、おじさん、強い!? 少しでいいから、あいつの気をひくことってできる!?」
無茶ぶりにもほどがあるお願いに、ギャリソンの顔が一気に引きつった。
(あんな化け物の気を引けだと!? 冗談じゃねぇ!! うまく誤魔化してここを立ち去るチャンスだ……)
と、その時――
「できますよ! ギャリソンさんなら!」
川辺の岩陰から、ボロボロの警備団員が顔を出して叫んだ。
「俺たち、見てたんですからね! この人、別の岩犀を真っ二つにしてたんですよ!」
「俺達を助けてくれたんです! 派手な剣でドッカーンと!」
ギャリソンの顔がみるみる青ざめていく。
(お、おまえらああああ!! 余計なことをおおおお!!)
「本当!? 本当に倒したの!?」
カナリアの目がきらきらと輝く。
「……あ、ああ。まぁ、なんなら――」
ギャリソンは自分の中の理性が叫ぶのを聞きながら、口角を引きつらせて笑った。
「俺が……あいつにとどめを刺してやっても、いいんだぜ……?」
(俺のバカあああああああ!!)
「じゃ、合図したら――特大の魔力、解放してね! よろしく!」
カナリアが親指を立てて、にこっと笑う。
「ふ、簡単な仕事だな……」
ギャリソンは鼻で笑って見せたが、その裏では内心絶叫していた。
(作戦の内容それだけかよ!! もはやどうにでもなれっ!!)
カナリアは一瞬で地を蹴り、ノアのもとへ跳ぶ。
岩犀の巨体がうねる中、並び立った双子の間に、戦いの火花が走る。
「姉さん!」
「ノア!」
斬撃と魔法で応戦しながら、カナリアが手短に作戦を伝える。
「魔力を一点に集めて、あいつの装甲をぶち抜く。剣士のおじさんの魔力で注意を引きつけて、その隙に――一気に終わらせる!」
「わかった! でも……そのぶん、こっちは魔力がカツカツになるかもしれない。
とどめを刺す分、残ってないかも……どうするの?」
ノアの問いに、カナリアはちらりと背後を見やった。
「そのへんは――おじさんの見せ場ってことでしょ?」
そう言って、ギャリソンを見てにっこりと笑う。
その笑顔は、迷いも不安もない。
仲間を信じる、勇者の顔だった。
そして、ギャリソンの背中に戦慄が走る。
ギャリソンは目をぎゅっと閉じ、剣を両手で構える。
「こっち見た……! 合図だよな!? い、いくぞぉぉぉおおおお!!
絶対お前らなんとかしろよおおおおおお!!!」
その叫びと共に――
彼の手の甲に刻まれた剣豪の聖印が、紅蓮のごとく輝きを放つ。
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