第20話 ギャリソンと岩犀と私
「――あとは俺に任せろ」
ギャリソンは地を蹴った。
轟音とともに突進してくる岩犀の角を、斜めに受け流すように身をひねり、その巨体の脇腹へと大剣を滑り込ませる。
「ハァッ!!」
鋼の刃が、分厚い甲殻に喰い込む――が、浅い。
岩犀は傷も意に介さぬように暴れ、振り払うように尻尾を振り上げた。咄嗟に剣を盾代わりに構えるギャリソン。
――ガギィンッ!
強烈な衝撃。木々が揺れ、周囲の警備団たちが息を呑んだ。
「クッ……さすがに、硬いな」
岩のごとき体躯、突進の勢い、そしてあの巨体でさえ俊敏に動く脚力。噂には聞いていたが、想像以上だ。
さらに――
(まずいな……こいつ、怒りで我を忘れてやがる……)
獣が目の前に構えるギャリソンをも気にせず、再び突進してくる。地面を砕きながら、一直線に――
ギャリソンは目を細め、静かに大剣を構え直した。
ギャリソンの剣が、岩犀の甲殻をかすめるたび、鋼の悲鳴とともに火花が散る。
だが獣は怯むことなく突進を繰り返し、警備団の兵たちはすでに戦闘不能状態。
それでもギャリソンは一歩も引かず、大剣を構える。
「ちぃ……このままじゃ埒が明かねぇ……!」
ロックライノが咆哮と共に襲いかかる。ギャリソンは後方を庇うように、大剣を盾代わりに構え、そのまま踏みとどまった。
「仕方がない、使いたくなかったが!」
右手の甲に刻まれた《剣豪》の聖印が、鮮烈な紅蓮の輝きを放つ。
ギャリソンは顔の前に右手をかざし、
静かに、だが確かに口を開く。
その瞬間――目をカッと見開いた。
「絶崩天獄炎斬!!」
灼熱の斬撃が、天地を灼き裂き、雷のごとき轟音と共に一直線に走った。
「グオオオオオォォォ!!」
紅蓮の閃光が岩犀の巨体を貫き、その巨躯をまっぷたつに引き裂く。
大地が割れ、熱風が吹き荒れたあと、巨獣はその場に焼かれ崩れ落ちた――。
燃え残る風のなか、ギャリソンは肩で息をしながら、剣を地に突き立てて呟く。
「……はぁ……はぁ……」
「この技は……封印されし“竜神”を倒すために編み出した神殺しの技。とっておきたかったんだがな……」
「まったく……試練ってやつは、いつも予告なしでやってくるもんだ……」
ギャリソンは、肩で息をしながら剣を肩に担ぎ直した。赤熱がまだ刃先に残っている。
「どうだ……? 俺の技、《絶崩天獄炎斬》。すごかったろ?」
ちらっ、ちらっ。
ギャリソンは振り返り、警備団の兵士たちの反応を伺うように、目線を送りまくる。
しかし兵士たちは──なぜか口をパクパクさせるばかりで声を発しない。
それどころか、揃いもそろってと指で“こちら側”を指し示していた。
「ん? なにを言おうとしてるんだ? ふっ……凄すぎたか。
俺の技に見惚れすぎて、声も出せなくなっちまったか?」
勝ち誇ったように顎を上げたギャリソン。
だが、ふと──背中に、ぞわりとした冷気を感じた。
「……ん? なんだ? やけに……後ろが暗いな……?」
振り返る。
「へ?」
そこにいたのは、先ほどの岩犀よりも、さらに二回りは大きな巨体。
全身を厚い岩殻で覆い、瞳には燃えるような赤光──威圧の塊。
ギャリソンの額に、じわりと冷たい汗が滲む。
「も、もしかしてこの子の……お父様? ……いやいや、お母様?」
ふらふらと一歩下がる。
「いや、違うか……もしかして、群れのボスかぁああああ!?」
岩犀は、ズシンと前脚を地に打ちつけ、鼻息荒く砂を蹴り上げる。
──突進の予兆。
「お、お前たち……逃げるぞおおおおおお!!」
ギャリソンの絶叫とともに、森全体が揺れた。
地鳴りと共に、森が再び吠える。
「セリノスの森に入った。そろそろ、どこかにいるはずなんだけど」
私とノアは木々の幹を蹴って樹木の間を風のように疾走して周囲を鋭く見回した。
その時――
地鳴りだ。ただの音ではない。低い震動が、足元から響いてくる。
「……っ、あれだ!」
ノアが指差した先には、地響きのような轟音とともに、森の木々をなぎ倒しながら突進している巨大な魔獣――岩犀の姿があった。
さらにその先には駆ける四人の姿。先頭には、大剣を背にした見慣れない剣士。後ろには警備団の兵士が三人が全速力で走っている。
「あれが岩犀! でっか!」
「先頭の人、見たことない……でもそれどころじゃないね! ノア、追うよ!」
二人は一瞬だけ視線を交わし、再び木々を跳ねる。カナリアは風のような身のこなしで枝から枝へ、空中を舞うように追いかけていく。
「とりあえず、止めなきゃ!」
カナリアが跳躍と共に体を回転させ、走り狂う岩犀の背に木剣で渾身の斬撃を打ち込んだ。
――ガンッ!!
「……かったーい!? びくともしない!」
岩犀は打ち込まれたことも気づかない様子で4人を追い続ける。
「ノア!どうにか魔法で止めれない?!」
「まかせて――ほぃっ!」
ノアは岩犀と逃げる四人の間に割り込むように前に出ると、両腕に淡い冷気を帯びた光がほとばしる。
そのまま地面に向けて凍結魔法を発動した。
「凍り付け!」
地面が一気に白く凍りつく。ゴオオッと冷気が走り、岩犀は脚は空を蹴り力を失う。
猛進する勢いだけは殺しきれず、凍った地面を曲がり切れず滑走。そのまま進路を逸れ、斜面の先にあった岩壁へと――
ドゴォンッッ!!!
凄まじい音を響かせて、頭から激突した。
土埃が舞い上がる。
「……かなりの勢いで突っ込んだし、このまま倒れてくれても……ないか」
視界を遮る土埃がおさまり見えたのは岩壁に突き刺さったまま尾を振り回す岩犀
その巨躯を見つめながら、リアは苦い表情を浮かべる。
そしてゆっくりとその首をこちらに向ける。
逃げていた四人ではなく、今や完全にカナリアとノアを敵と認識し、真正面から明確な殺気を向けてくる。
「っ……!」
その時、岩犀の周囲に何かが浮かび上がる。
「……ん? なにあれ……?」
それは先ほど激突で砕けた岩片たちだった。
岩犀の周囲に漂う魔力がそれらを包み込み、宙に浮かせ、まるで旋回する葉のように舞い始める。
「でかい図体でそんな器用なことできるの!?」
岩片が弾丸のごとく放たれる。
カナリアとノアはそれを身を屈めてかわし、ときに跳躍して足場にしながら、反撃の機を狙う。
「せいやっ……!」
斬撃が入る。しかし――
「……だめだ、やっぱり硬すぎて刃が通らない……!」
ノアの方向に視線を向ける。
彼の木剣が、淡く冷気をまとっていた。斬りつけるたびに、岩肌がわずかに削れ、白い筋が残る。
「……っ、通ってる……? あれって――エンチャント!?」
冷気によって構造を弱められた箇所に、確かにダメージが入っている。
だが、それもすぐに再生していく。岩肌は自動的に修復され、致命傷には至らない。
「くっ……! じゃあ、どうすれば……っ」
そのとき、視界いっぱいに石板のような岩が飛来する。
薄く平たい――ならば。
「この厚みなら……割れるッ!」
跳躍と同時に刀を振りかぶる。だがその瞬間――
「姉さん、危ないッ!!」
ノアの叫びが響いた。
死角だった方向から岩犀が突進してくる。岩ごと、カナリアの身体をツノで捉えようと迫っていた。
「まずい……!」
ツノが届く寸前。
ノアが咄嗟に氷の盾を発動し、彼女と岩の間に割り込ませる。
――ゴンッ!
鈍い衝突音と共に、カナリアの身体は弾丸のように横へと吹き飛ばされ、木々の間を突き抜けていく。
「痛っつう……! 直撃だったら……やばかったかも……!」
勢いのまま転がり、やがて森の斜面を滑り落ちていく。
ようやく身体の勢いが緩まってきたころ、着地のタイミングを計ろうと下を見て――
「……えっ、地面が……ない!?」
眼下に広がるのは、ごうごうと音を立てる川。
そして――横に目を向けた瞬間、息をのんだ。
川の流れが、そのまま大地の切れ目へと吸い込まれていく。
(まさか……滝!?)
慌てて体勢を崩したカナリアは、咄嗟に両手を岩に伸ばし、なんとか崖の縁に指を引っかける。
顔と腕だけが崖の上に出た状態で、必死に這い上がろうともがいた。
(た、助かった……! このまま登れば――)
そのときだった。
ゴゴゴゴ……!
正面から、地響きを伴って何かが迫る。
思わず顔を上げたその先――土煙の向こうから、岩犀の巨体が、崖の木々をなぎ倒し迫ってくる。
「……うそ、こっちに!?」
岩犀も目前の崖に気づいたのか、寸前で足を滑らせるようにしてブレーキをかける。
だが、その巨体の慣性は止まらない。
「ちょっ! や、やめ――っ!!」
ズドンッ!!
その巨躯がカナリアの肩をかすめ、岩を砕き、彼女を巻き込むようにして――空へ。
「きゃあああああああ!!」
カナリアの悲鳴が、森にこだまする。
突っ込んできた岩犀は、崖際にしがみつくカナリアを巻き込み、勢いそのままに――
ふたりは、滝壺へと飲まれていった。
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