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第203話 ユリウスの独白 

登場人物が多いので主要な登場人物の整理


エルド=ユリウス(主人公の双子の父親で皇帝の血を引いていた事が判明)

セドリック(レグナント帝国第四皇子)

ラーニャ&ルネア(セドリックの護衛)

カナリア(主人公で転生者 双子の弟ノアがいる)

ノア(全属性持ちで勇者候補筆頭 双子の姉のカナリアがいる)

 グラン・デ・バザール郊外


 秘密の一室で、エルドとセドリックは向かい合って腰を下ろしていた。

 セドリックの背後には、無言のままラーニャとルネアが控えている。


 そこには、長い時を隔てて血を分かつ二人が、互いに言葉を探しながら向かい合っていた。


 しばしの沈黙ののち、エルドが重い口を開いた。


「それで……今は、誰が生き残っているんだ?」


 その問いに、セドリックは一瞬だけ視線を伏せる。

 深く息を吐いてから、静かに言葉を選んだ。


「皇帝の血を引く者は……正妃が生んだ三人の兄上たちと、そして第三王妃の子である僕だけだ」


 エルドの表情が、わずかに強張る。


「第二王妃のグレイシア様と……ルシェア、ハロイ。それだけじゃない。妾の三人の女性と、その子供たちはまさか……」


 短い沈黙のあと、セドリックは淡々と答えた。


「ああ。成人を迎える前に、全員死んだ。事故や原因不明の病気――そういう“こと”になってはいるが……暗殺だろう」


 その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がはっきりと冷えた。


「……まだ小さい子供ばかりだったのに。惨いな」


 エルドの低い呟きに、セドリックは諦めに似た、悲し気な表情を浮かべた。


「どこの国でもあり得る話さ。ただ、帝都は特に――力がものを言う国だ。あまりにも露骨だけどね」


「でも、セドリック兄様は……無事でよかった」


 その言葉に、セドリックはすぐには答えなかった。

 自身の過去をふり返るように口が開く。


「……無事と言えば、無事かな。こうして命があるだけでもね」


 淡々とした声だった。


「私自身も、命を狙われたことは何度もあった。でも――母上がアーロスト家の出だったこと。それと、幼い頃から王位継承権の破棄を公に宣言していた。この二つが、今日まで生き延びてこられた大きな要因かな」


 セドリックは静かに続ける。


「今や、兄上三人は血みどろの王位継承戦の真っ最中さ。でもそれも無理はない。なんたって、正統な後継者を意味する竜の継承印が、生き残った子供の誰にも発現しなかったんだからね」


「――ラーニャ、ルネア。ここから先は席を外してくれ」


 二人は一瞬だけ互いを見てから、即座に首を横に振る。


「お言葉ですが、その命は受け取れません」

「私たちは、セドリック様より片時も目を離さぬことが使命です」


 セドリックはすっと立ち上がり、ただ静かに告げた。


「その覚悟、本物か? ならばここからは、命を賭けよ!」


 その瞬間、セドリックの両腕から橙色の魔力が噴き上がる。

 竜の形を成したそれは躊躇なく二人の腕へと絡みつき、胴をなぞるように登ると、魔法体のまま皮膚を貫いて心臓へと巻き付いた。


「っ……!」 肺の空気をすべて絞り出されるような圧力と、心臓を直接握られる感覚に二人の肩が大きく震える。

  だが、彼女らは溢れそうになる苦悶の声を、歯を食いしばって喉の奥へ封じ込めている。


「遥か昔、我らレグナントの祖が竜に仕えた時代に授かった――王家の血にのみ許された竜の御業だ」


 淡々と、条件だけを告げる。


「今から話すことを口外しようとすれば、その竜がお前たちの心臓を即座に食い破る。今ここを出て行くなら、法は解く」


 そして、問いを置いた。


「……改めて聞こう。どうする?」


 それは、命を賭して一生を縛る呪法だった。

 だが二人は、片膝をついたまま微動だにしない。


「これまでも、そしてこれからも。セドリック様に背くことはございません」

「今まで通りお仕えするだけです。この魔法も、私たちにとっては意味を持ちません」


 その答えに、セドリックは小さく息を漏らした。


「……見上げた忠誠心だ。僕はいい護衛をもったよ。そういうわけで……安心して話してくれていいんだ」


 セドリックは一度だけ視線をラーニャとルネアに向け、立ち上げるよう指示しそれからエルドを見た。


「――ユリウス。お前だったんだろう? 竜の継承印が発現したのは」



 その問いに、ユリウス――エルドは答えなかった。

 代わりに、壁に沿えて置かれていた箱へと手を伸ばす。


 静かに持ち上げ、そのまま、言葉もなく差し出した。



「……質問に答える前に、これを開けてくれ。そのあとで、皇帝に渡してほしい」



「中身を確認いたします。ユリウス様」


「エルドでいいよ。もう僕は王族の人間じゃない。ただの、ギリス公国の一般人だ」


 ラーニャが静かに箱を開ける。


「……フルートと、風の魔石ですね」


 中には、丁寧に収められた見事な木製のフルートと、淡く光を帯びた丸い緑色の石があった。


 フルートに視線を落としたまま、セドリックの表情がわずかに変わる。

 何かに気づいたように、息を詰めた。


「そのフルートは。ロザリア殿のものか」


「そう。帝国管弦楽団のフルート奏者で――皇帝の妾だった、俺の母親の形見さ」


 エルドは深く深呼吸をし核心へと迫っていく。 


「質問の答えだが、結論から言おう。俺にも竜の継承印は発現しなかった」


「どういうことだい? 亡命したのは印が発現したからじゃないのか?」


「これまでの経緯をはなしたい……少し長くなるけど、最後まで黙って聞いて欲しい」


「わかった全部話してくれ」


 ユリウス――エルドは一度だけ水に口をつけ、視線を落としたまま語り始めた。


「始まりは、聖核印の儀が終わって間もないころだった。


 俺は木工師の才覚で、属性も土。平凡もいいところだった。

 でも、ロザリア母さんは……それが何より嬉しかったみたいだった。


 それもそうだ。皇帝の血を引いて、稀有な才覚だの、竜の継承印だのが発現した日には――それだけで、想像もできない波乱の人生が決まってしまうようなものだからな。


 ……もっとも、結局はそれに近しい運命だったわけだけど。


 ある日、王家の別邸の庭で遊んでいた時、突然、氷の竜が俺の目の前に現れた。

 その幻想的な竜は、俺にしか見えない竜だった。


 そいつは言ったんだ。


『お前の子には竜が宿る。それは女神の民にとっても、魔族にとっても必要になる』ってな。


 俺はすかさず聞いたよ。


『俺じゃないのか? 俺じゃだめなのか?』って。


 返事は一言だけだった。


『確実性を上げるために、お前ではなく子に宿る。これは星の総意なのだ』


 子供ながらに正気を疑ったよ。竜が見えた事もそうだけど。

 女神の民ならともかく、本でしか聞いたことのない魔族にとっても、なんて話だったからな。

 ましてや竜はどちらの種族とも敵対する種のはず。


 この話を打ち明けたのは、母さんにだけだった。


 俺の話を聞いた瞬間の母の顔は、今でも忘れない。

 あれは……覚悟を決めた人間の顔だった。


 今思えば、あの日のうちに国外へ出たのは亡命だったんだろう。


 継承印じゃなくても、竜の声を直接聞いた妾の子だと知れれば、兄上たちに消される。

 そう判断した母さんは、平静を装い、最低限の身支度を整えて王城を飛び出した。


 皇帝の血を引く俺と、妾だった母さんが消えた。

 それだけで理由は十分だった。


 腹違いの兄上達なのか、家臣の誰かはわからない。だけど俺と母さんを消すために

 刺客を差し向けてきた。


 最初はどうにか逃げ切れていた。

 だけど、日を追うごとに追い詰められていった……。


 そして、その日は来た――嵐の夜だった。


 逃げきれなくなった母さんは、この魔石と、大事にしていたフルートを俺に預けて――俺を川へ突き落とした。


 最後に見たのは、母さんが刃に伏せる瞬間だった。


 目を覚ました時には、俺はギリス公国――ハースベル村の麓を流れる川を漂っていて、村の人に救い出されたんだ」


 エルドの独白が終わると、部屋にはしばし沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、セドリックだった。


「……そのあとは、村で今まで暮らしていたんだな」


「ああ。続きを話そう」


 エルドは一度だけ息を整え、静かに続ける。


「その後は、木工師ギルドの親方に預けられた。俺の才覚もあって、養子として迎え入れてもらったんだ。親方は気を遣ってくれたのか、俺の素性を無理に聞こうとはしなかった」


 エルドは自らの腕に刻まれた木工師の聖印を指をなぞった。


「心配していた帝国からの追っ手も、来ることはなかった。死んだと思われていたのかもしれない。もう一度、人生を貰えた気がしたよ。村で成長して、やがて……愛する人ができた。そして、その結晶が二人いる」


 淡々とした声だったが、その奥に確かな重みがあった。セドリックは、先程のまでやり取りをしていて双子の名前を言った。


「……カナリアと、ノアだね」


 その二人の子供達の名前に、エルドはわずかに声を詰まらせた。


「ああ……ノアには、今でも悪いことをしたと思っている。……あの子たちの聖環の儀で、氷の竜腕が出現した時だ。過去のことが、全部――映像みたいに蘇った。それに……自分の呪いを、息子に移してしまったんじゃないかって。本当に、心の底から後悔している」


エルドは、差し迫ったように続ける。


「過去の勇者たちを調べた。光と闇、その二つを同時に宿すなんて例はなかった――混ざり合うことを許されているのは、竜族だけだ。……だから、あの時わかった。ノアに発現したのは、ただの属性じゃない。竜の継承印が宿ったんだ。間違いない」


セドリックは、はっきりとした声で言った。


「お前のせいじゃない。それは竜の意志だ。我々人間にはどうすることもできないさ。それに……今日まで、立派に育ててきたじゃないか。今は賢者の庇護下にあるんだろう? 一番いい形に収まったと、私は思うよ」


 その言葉に、エルドは小さく息を吐いた。


「……兄さんに、そう言ってもらえると救われるよ」


 そこで、控えていたルネアが一歩だけ前に出る。


「口を挟んで申し訳ございません。それで……このフルートを皇帝陛下にお渡しするのには、何か理由がおありなのですか?」


 エルドはフルートへ一瞬だけ視線を落とし、静かに答えた。


「追われて逃げる日々の中で、母さんに言われてたんだ。何かあったら、これを皇帝に渡せって。俺はもう城には戻らないって決めてる。でも……母さんの想いだけは、成し遂げたい。だから今回、帝都に来たんだ。」


 セドリックは箱を手に取り、即座に命じた。


「ルネア。今すぐ王城に戻れ。これを皇帝陛下に届けろ。セドリック第四皇子からの直命だと、側近に伝えるんだ」


「かしこまりました。ラーニャ……セドリック様を頼んだわよ」


 その言葉を残して、ルネアの姿は音もなく掻き消えた。


「……さて、ユリウス。今日は人目につかない場所がある。二人で一杯やろう」


「再会を祝う日に、酒が飲める歳になってるとは思わなかったよ、兄さん」


「全くだな」


 ふっと空気を緩めてから、セドリックは何気ない調子で続けた。


「そういえばさっき、もう会ってきたよ。カナリアちゃんとノア君に」


「……まさか、紹介する前に出会っているなんて」


 驚いた表情のまま、エルドはすぐに苦笑する。


「いや、あの二人なら不思議じゃないか。昔から、人との縁に恵まれてるからな。……今頃は何をしてるんだろうな」


 セドリックは、いたずらな笑顔を浮かべ言葉を切った。


「ライゼル将軍と一緒だったから、もしかしたら今頃は――」



 ◇――レグナント王城 謁見の間


「面を上げよ。ギリスの勇者候補二名、その英傑たちよ。我が、当代皇帝カイロス・アルカーナ・レグナントである」


 その名のもとに、私とノアは揃って膝をついていた。


(……なんで?)


 ほんの一泊二日、ちょっと帝都を見て回るだけの――お気楽観光旅行だったはずなのに。


(どうしてこうなった!?)


 それに、あの皇帝の脇に立っているザルカスって、やけにドヤ顔の人は一体なんなのよ。

 立ち位置とあのニヤリとした表情が、完全に「事情を全部知ってます」って顔してるんだけど!?


 誰か説明してほしい。今すぐに。


 逃げ場のない叫びが、謁見の間ではなく――

 私の心の中だけで、むなしく反響していた。

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