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第202話 六大貴族

 眩い光が収まったとき、私たちはすでに別のポータル広場へと立っていた。


「無事に到着したね! 姉さん」


「何も心配なかったねノア」


 先ほどの転移装置とは形も規模も違う、小型のポータルが多数設置されていた。

 その代わり、帝国の制服に身を包んだ転移師たちが何人も配置され、次々と人々を送り出している。


(さっきのルーダって人は一人で、あれだけ大きなポータルを扱ってたんだよね……。一級っていってたし、すごい術士だったんだ)


 そう思いながら振り返り、あらためて景色を確かめる。


 そこは、先ほどまでの静かな庭園とは、まるで別世界だった。

 道を行き交うのは、豪奢な服をまとった高官らしき人々や、階級章をつけた軍人たちばかり。


 足取りは速く、交わされる会話も短い。そのすべてが効率と規律に縛られているようで、張りつめた空気が辺りを満たしていた。


「姉さん、なんだか町と全然様子が違うと思わない?」


 ノアの声に、私は思わず周囲を見回し、それから少しだけ声を落として答える。


「まぁね、第一層は行政地区がメインらしいからね」


 市場のような喧騒はない。

 笑い声も、呼び込みも、子供の姿すら見当たらなかった。


(……ここはもう、完全に“大人の政治の世界”だね)


 無意識のうちに背筋が伸びるのを感じながら歩いていると、ライゼル将軍が前方を指し示した。


「執務館は、すぐそこだ」


 その言葉の通り、ほどなくして、ひときわ大きな建物が視界に入ってきた。



 ◇執務館 エントランス


 執務館の内部は、外観から想像していた以上に広かった。高い天井に、磨き込まれた床。訪れた者はまずここで受付を済ませ、順番が来ればそれぞれ担当の部屋へ通される仕組みらしい。


 ……もっとも、今回はその「順番」というものが、まったく意味を成さなかったのだけれど。


 ライゼル将軍が姿を見せた瞬間、受付の奥から明らかに“お偉いさん”と分かる人物が飛び出してきて、深々と頭を下げ、そのまま最奥の部屋へと案内していった。


「書状を届けに少しだけ席を外す。少しこの場で待っていてくれ」


 それだけ言い残し、ライゼル将軍は建物の奥へと姿を消す。


 こうして残されたのは、私とノア、それから執事長のアルフレッドさんの三人だけとなった。


 広いエントランスの一角で、行き交う人々を横目にしながら、ライゼル将軍の帰りを待つことになった。


(……なんというか、さすが帝国の中枢って感じだね)


 ノアも同じことを考えているのか、落ち着きなく周囲を見回している。


 アルフレッドさんはそんな私たちの少し後ろに控え、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。

 その佇まいがまた、この場所の格式の高さを物語っていたようだった。


 私は、エントランスの奥――高い位置に掲げられた帝国の紋章に、ふと目を奪われていた。

 剣や槍といった武器がいくつも描かれ、その背後には一頭の竜。ひと目で強烈な印象を残す、目を引く意匠デザインだった。


 自然と足が止まり、視線だけが引き寄せられる。


「姉さん、何見てるの?」


 ノアの声に、振り返って答える。


「帝国の紋章だよ。武器と竜なんて、すごく目立つ形だから……なんだか気になってさ」


「先生の服にも刻まれてるね」


 国の紋章は当たり前だが、その国を表す意匠デザインになっている。

 私たちの住むギリス公国は銀狼と三剣のデザインだ。


 一方レグナント帝国に掲げられているのは、ひと目で“力”を象徴する意匠だった。


 剣、槍、斧、弓、杖、そして銃――六種の武器が、咆哮する一頭の竜を背に、交差するように配置されている。

 それぞれの武具が力強さを示していて、ただの飾りではない重みを感じさせた。


(全部武器の種類だ。鎧や盾がない。レグナント帝国らしい、まさに攻めのデザインだね)


 そんなことを考えていると、背後から静かな声がかかる。


「カナリア様、ノア様」


 振り返ると、そこにはいつの間にか近づいてきていた執事長アルフレッドがいた。

 穏やかな微笑みを浮かべ、いつも通りの丁寧な所作で一礼する。


「よろしければ――この老いぼれめが、少々語ってもよろしいでしょうか」


 その視線が、紋章へと向けられる。


(あ、こういう話聞くの結構好き。だけどノアは……)


 歴史の授業はいつも眠そうにしているのに、何故かこの時ばかりはノアも興味ありそうに耳を傾けていた。

 私が首を縦に振ると、アルフレッドが語り始めた。


「本来であれば、建国の歴史から順を追ってご説明したいところではありますが――さすがに長くなりますので、ここでは紋章についてのみ、かいつまんでお話しいたしましょう」


 そう前置きしてから、アルフレッドは帝国の紋章へと視線を向けた。


「この六種の武器は、レグナント帝国における力そのものの象徴にございます。そして、それぞれの武器を家紋として掲げる名家――六大貴族が存在するのです」


「剣の紋章は……ライゼル先生の家だよね」


 ノアが当然のように言うと、アルフレッドはわずかに目を細めた。


「はい、ノア様。ご明察でございます。では、残りの五大貴族も含めて申し上げましょう」


 彼は一つずつ、噛みしめるように名を告げていく。


「覇王の剣――トールガルド家

 勝利導く槍――ウォーブレイブ家

 大地砕きし斧――ギンプリー家

 天駆ける弓矢――アーロスト家

 法を統べし杖――クインフィッド家

 万理貫く銃――ブラストレイズ家」


 歴史と重みのある家名が、エントランスに響く。

 どれもが、ただの武器ではない。国を、戦を、そして歴史を背負う名を感じさせた。


「これら六大貴族こそが、レグナント帝国における“力”の象徴。そして、その六大貴族の現代当主は、例外なく全員が将軍職にございます」


 その言葉を聞いて、私は改めてライゼル将軍の凄さを思い知った。

 帝国最強の将軍――それが、現実としてあることを今さらながら実感していた。


(なるほど……六大貴族でありながら、実質的な軍のトップ六人って事か。そしてその象徴している武器が各名家の使用武器――となると……)


 私は、紋章の奥に描かれた存在へと視線を移した。


「アルフレッドさん……背景の“竜”にも、何か意味があるんですか?」


 その問いに、アルフレッドはすぐには答えなかった。

 竜の名が出た瞬間、ノアもすかさず反応を示したのを感じた。


 執事長アルフレッドは一瞬だけ視線を伏せ、周囲を気にするようにしてから、静かに口を開く。


「……お二方はギリス公国のご出身。すなわち、セレスティア聖教の教えを学びながら成長されてきた、いわばセレスティア聖教の信徒」


 穏やかな声だが、その前置きには、はっきりとした配慮があった。


「これからお話しすることは、私個人の独り言としてお聞きください。あなた方に宗教観を押し付ける意はございません」


 そう断ってから、アルフレッドは紋章の中央を見据える。


「レグナント帝国は、今お伝えした通り、“力”を求めて成長してきた国でございます。そして、この星において――最大の力の象徴とされる存在。それが、竜族なのです」


(……女神の大陸にとっても、魔族にとっても、竜族は“敵”として語られる存在。それを国の象徴に掲げるなんて、どの国からも良く思われないのも当然か)


 アルフレッドは、さらに続けた。


「竜族は、絶対的存在である女神セレスティアとも、魔族の王とも対等に渡り合ったと伝えられております」


 その言葉には、畏敬と同時に、どこか誇りのような響きがあった。


「国父である初代皇帝は、そこに“神髄”と申しましょうか……人が神に依らずとも、自らの足で歩み、抗い、選び取る力を見出したのでしょう」


 そして、静かに締めくくる。


「――神にすべてを委ねる国ではなく、人が自らの意志で未来を切り拓く国。その理念のもとに築かれたのが、レグナント帝国でございます」


(……だから、竜を背負ってる。神にも魔にも屈しない、“人の国”として)


 帝国の紋章が、さっきまでとは少し違って見えた。

 そこに描かれているのは、ただの武威ではなく――この国の“覚悟”そのものなのだと。


「……なんとなく、分かる気がします」


 隣で、ノアが紋章を見ながら呟いた。


「僕の魔力も、竜族を象ったものだったし。ストラトス先生の授業では、竜族は“絶対悪”の存在だって聞いたけど……それでも、どこか嫌いになれない部分があるんだ」


 迷いのない声だった。

 善悪の区分を知ったうえで、それでも切り捨てきれない感覚。


(まぁ、たしかにね)


 内心で、私は小さくうなずく。


 竜やドラゴンって、やっぱりどこか格好いい。

 圧倒的な力。唯一無二の存在感。

 誰にも従わず、ただ空と大地を支配する“絶対的な強者”というイメージ。


 畏怖と恐怖の象徴であると同時に、

 そこに憧れを抱く人がいても、決して不思議じゃない。


(力を恐れるか、力に憧れるか――この国は、後者を選んだってことなのかな)


 帝国の紋章に描かれた竜は、ただの敵でも、神話の怪物でもない。


 この国が「自分たちの足で立つ」ために選び取った、一つの答えなのかもしれなかった。


(……全部を理解したわけじゃないけど、それでもまたひとつ。帝国のことを、私もノアも知れた気がする)


 そんなことを考えていた、その時だった。


 階段の上から、ライゼル将軍が降りてくるのが見えた。書状は無事に届け終わったらしい。

 これで一段落、あとは城内を少し見学して次の目的地へ――そう思いかけた瞬間、視界の奥に小さな違和感が走る。


 近づくにつれて分かった。ライゼル将軍の表情が、明らかに険しい。


 それに気づいたのだろう、控えていたアルフレッド執事長が一歩前に出た。


「ライゼル様、どうかなさいましたか?」


 将軍は軽く手を上げてそれを制し、短く息を吐いてからこちらを見る。


「ノア、カナリア。少々、厄介なことになった」


「厄介なことって……?」


 嫌な予感を覚えながら聞き返すと、ライゼル将軍は一瞬だけ視線を伏せ、それから淡々と告げた。


「書状を、お前たち自身が手渡すことになった。――皇帝陛下に、直接だ」


 その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気がぴしりと凍りついた気がした。


「「……ええーっ!?」」


 静寂のエントランスに、私とノアの驚きの声が同時に重なった。


「ライゼルさん……それって、断ることって……できたりしません……よね?」


 期待半分、諦め半分でそう聞くと、返ってきたのは重たい沈黙だった。

 ライゼル将軍は眉間に指を当て、珍しく頭を抱えるような仕草を見せる。


「皇帝陛下、直々の提案だそうだ。帝国の人間であろうと、これを拒める者は……いないだろうな」


 その言葉で、すべてを察した。


(……拝啓、お母さん。私、カナリアとノアは――なぜか皇帝陛下に謁見することになってしまいました。それと、お父さん。一緒に帝国に来ましたよね? どこにいるのですか? 親なんだから、なんとかしてください)


 そんな現実逃避めいた思考が、頭の中を静かに流れていく。

 意味なんてない。ただ、そうでもしないと正気を保てなかっただけだ。


 思わず、深いため息が出る……どうしてこう、私たちの予定は、いつも予想できない、斜め上すぎる方向に書き換えられてしまうんだろうか。

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