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第201話 一級転移師ルーダの忠告

 私たち四人は、グリフィンに跨り、レグナント王城へと向かっていた。

 眼下に広がるのは、帝都の整然とした街並み。そのさらに奥、幾重もの区画を越えた先に、王城は威圧するようにそびえている。


(……近くで見ると、本当にとんでもない大きさだ)


 城はまだ遠方に見えているのに、その圧だけが、すでにこちらを包み込んでいるようだった。


 そのときだった。前方を飛ぶライゼル将軍が、風を切る音の中で告げる。


「――そろそろ降下準備に入る。しっかり手綱を掴んでいろ」


 私は思わず城の方角を見やる。


(え? もう降りるの?)


 どう見ても、まだ「到着」と言うには遠すぎる距離だ。


「ライゼルさん、もう降りるんですか?」


 疑問をそのまま口にすると、ノアが私の視線の先を指さした。


「姉さん、よく見て。……空中に、見えない壁みたいな魔法の障壁があるよ」


 言われて目を凝らすと、空気の奥がわずかに歪んでいるのが分かった。

 陽光を反射するように、薄い膜が揺らめいているのが微かに見えた。


(……ほんとだ)


 意識して探さなければ、まず気づけないほど淡い違和感。

 だが、そこには確かに存在していた。


 私はようやく認識できたが、ノアは最初から自然に見えていたらしい。

 まるで、見えるのが当然だと言わんばかりに。


 なるほど。特級の魔法使いはこれくらい朝飯前ということか。


「ここから先は、王家の敷地内だ」


 ライゼル将軍が、低く言葉を落とした。


「空路での進入はここまでだ。これ以上進めば、王城防衛結界に完全に触れる。下の大門で検閲を受けてからの入場になる」


(お城、まだあんなに遠いのになぁ……)


 この位置ですでに「レグナント王家の王城内」と扱われる事実に、思わず息をのむ。

 王城というより、ひとつの国家区画だ。


 グリフィンたちは結界の手前で速度を落とし、まるで見えない境界線を理解しているかのように、静かに旋回を始めた。


(……なるほど。これが、帝国の中枢。近づくことすら困難なわけだ)


 見えない線ひとつで、世界がはっきりと区切られている。

 その重みを、私はこの瞬間、はっきりと実感していた。


 王城の大門を前にして、執事長アルフレッドに案内されたのは、門壁の外側に設けられた広い厩舎だった。

 石造りの建物だが天井は高く、奥行きもある。何頭ものグリフィンが羽を休められる造りで、人のためというより、完全に彼らの居場所といった印象だ。


 着地すると、待機していた飼育員たちが手際よく寄ってくる。


「グリフィンたちは一時こちらでお預かりいたします」


 その様子を確認してから、アルフレッドさんが一歩前に出た。


「ノア様。王城内へは獣魔をお連れすることはできません。カムルたちと一緒に、こちらでの待機となります」


 その瞬間、ノアの肩にいたキュモが、きゅっと耳を伏せた。


「えぇ~ノア~……さみしいよぉ……」


 潤んだ目で頬を寄せられ、ノアは少し困ったように笑って頭を撫でる。


「すぐ戻るから。いい子で待っててね」


「ご安心ください」


 執事長アルフレッドが穏やかに続けた。


「この待機所には獣魔専門のブリーダーと、グリフィン専属の飼育員がおります。安全面に問題はございません」


 その言葉に、ノアも少し安心したようにうなずく。


 そして私たちは、キュモとグリフィンたちに見送られながら、王城の正門へと向かった。


 大門へと近づくと、真っ先にこちらに気づいた門番たちが、すぐさま姿勢を正した。

 ライゼル将軍の存在を認識した瞬間、対応が一段階変わったのがはっきり分かる。私たちはそのまま、門の内側――建物の中へと通された。


 白く整えられた石畳。空を切り取るように高くそびえる門柱。

 人の出入りは確かにあるのに、市街地のような雑踏のざわめきは一切ない。代わりに漂っているのは、張りつめた静けさだけだった。


(兵士たちの視線を感じる……ここで騒ぎを起こそうものなら、ただじゃ済まなさそう)


 視線の端に映る警備兵たちの佇まいから、それが容易に想像できる。


 受付を済ませると、案内係の兵が一歩前に出た。


「ここから先、すべての武具の所持は禁止となりますのでお預かりいたします」


 淡々とした口調だが、こちらに選択肢を与えない決定事項なようだ。


(まあ、セキュリティ面では当たり前の対策だよね)


 私は腰の刀を、ノアは背負っていた双剣を外して差し出す。

 金属を受け取る乾いた音が、広い空間にやけに大きく響いた。


「それと、こちらをお付けください。無理に外そうとすると警告音の後、拘束魔法が発動しますので、決して外さないようにお願します」


 差し出されたのは、銀色の腕輪だった。

 装飾はほとんどなく、簡素で、実用一点張りの造りだ。


 それを手に取った瞬間、胸に既視感が走る。


(……あれ? これ、さっきの綱引きで使った腕輪に似てる)


 腕にはめると、ひんやりとした感触とともに、魔力が抑え込まれるような、わずかな違和感が伝わってきた。


「魔力制御の腕輪だ」


 横から、ライゼルさんが簡潔に説明する。


「城内では、攻撃魔法は武器と同等に扱われる。使用できるとしても、灯火級トーチクラスまでに抑え込まれる。一般人ならこれで十分だが……」


 そこで言葉を切り、鋭い視線がノアに向けられる。


「ノア。規格外の魔力を持つお前だ。城の中では魔法は使うな。万が一を考えて、だ」


「はーい。気をつけます!」


 素直に返事をするノアを横目に、ふと気づいた。


 ――あれ? ライゼル将軍は、武具を預けてもいないし、腕輪もしていない。


「……ライゼルさんは、帯剣したままなんですね」


 思わず口にすると、ライゼル将軍は当然のように答えた。


「忘れたか? 私はこの国の将軍だ。制約などない」


 制約などない。

 ――その言葉が、命令ではなく事実として成立していることが、何より恐ろしかった。


(……市場では父親の顔を見せて親近感も湧いたけど、やっぱりすごい人なんだよね)


 改めて、将軍という立場の重みを実感する。


 そして私たち一行は、城門をくぐり、王城の敷地の内側へと足を踏み入れた。

 その瞬間、思わず足が止まる。


「広ーーっ!!」


 思わず、心の声がそのまま飛び出した。

 城門をくぐった先に広がっていたのは、想像を軽々と超える規模の庭園だった。


「姉さん、すごいね! ここでも市場が開けるぐらいの広さだよ!」


 ノアが目を輝かせて声を上げるのも無理はない。

 手入れの行き届いた芝生と並木がどこまでも続き、視線の先には、ようやく王城本体が見えている――そんな距離感だ。


(目的地はあんなに遠いのに……それでも、ここですでに王城の敷地内?)


 感覚が追いつかず、私は思わず額に手を当てて、遠くの城を眺めた。


「ほえ~……」


 自分でも間の抜けた声だと思ったけれど、正直それ以外に言葉が出てこない。

 そんな私とノアの様子を横目に、ライゼル将軍が淡々と語り始めた。


「レグナント王城は、三層構造になっている」


 将軍は視線で周囲を示しながら続ける。


「第一層は行政区画。各省庁や執務機関が集まる、政治の中枢だ。第二層は軍部と防衛区画。王族直属の戦力と結界管理施設が配置され、第一層と第三層を守る要となっている」


 将軍は最後に一点を指さした。


「そして第三層が、王族の居住区と王城本体だ」


 改めて遠くの城を見ると、その説明がすとんと腑に落ちる。


(説明どおり……これ、敷地内にもう一つ町があるって言っても過言じゃないよね)


「よし、まずはギルバートの書状を提出しにいくぞ」


 ライゼル将軍の一言に、私は内心で首をかしげた。


(賢者ギルバート様の書状……たしか執務官に提出するって話だったよね。で、それで執務官って一体どこにいるのよ)


 見渡しても、果てしなく続く庭園ばかりで、目的地らしき建物は影も形もない。

 先ほど別れたグリフィンたちの姿もなく、ここからは完全に徒歩ということなのだろうか。


「先生! 先生の移動呪文《雷走ダハール》で行くんですか?」


 ノアが期待混じりに尋ねると、ライゼル将軍は即座に首を横に振った。


「いや。私なら魔法は使えるが、城内では混乱を避けるため、極力使わないことにしている。二人ともついてこい」


 そう言って、将軍は迷いなく歩き出す。

 数分ほど進んだところで、景色が変わった。


 庭園の奥に現れたのは、地面からせり立つように設えられた巨大なリング状の建造物。

 装飾は控えめだが、近づくほどに、ただのオブジェではないことが分かる。


 そのリングの前に、一人の女性が立っていた。

 赤と黒を基調とした装束に身を包み、神官のようでもあり、魔法使いのようでもある。だが、どちらにも完全には当てはまらない、妙な隔たりを感じさせる雰囲気だった。


 その女性にライゼル将軍が声をかける。


「ルーダ。転移を頼めるか」


「これはこれは、ライゼル将軍閣下とアルフレッド殿。ごきげんよう」


 女――ルーダは、瞳を閉じながらにこやかに一礼した。


「おや、そちらはお二人はお客様ですか? 閣下自らご案内とは、お珍しいことで」


 その視線が一瞬だけ、私とノアを値踏みするように走る。


「こちらの転移魔導装置ポータルは、第一区画――行政区行きでございますが、よろしいでしょうか?」


 ルーダの確認に、ライゼル将軍は短くうなずいた。


「うむ。執務館前まで頼めるか?」


「もちろんでございます。では――転移準備に入ります」


 そう告げると、ルーダは静かに両手で印を組んだ。

 指先から流れ出した魔力が、巨大なリングへと吸い込まれていく。


 次の瞬間、リングの内側に淡い青い光が灯った。

 空間に刻まれた幾何学模様の魔法陣が、ゆっくりと、しかし確かな意思を持つかのように回転を始める。


「姉さん、これ……ポータルだよね」


「だね。……っていうか、敷地内移動でこれ使うって、どんだけ広いのよ」


 私の小声に、ライゼル将軍は何でもないことのように応じた。


「魔法の使用は制限されているが、管理下の転移魔法は例外だ。王城内の主要施設は、すべてこの方式で接続されている。歩いていては日が暮れるからな」


 なるほど、合理の極みだ。

 その説明に納得しかけた、その時だった。


 光はさらに濃くなり、リングの内側いっぱいに広がっていく。

 風も音もない。ただ、向こう側が口を開けて待っているような感覚。


「……少々、お待ちください」


 ルーダの声と表情が、わずかに硬くなった。

 彼女は術式を維持したまま、ちらりとこちらへ視線を走らせる。


「ライゼル将軍。お連れのお二方について、進言がございます」


 一瞬、その声色に空気が張りつめた。


「女の子の方ですが……転移術式に対して、特異体質があるようです。二級転移師以上の術士でなければ、安定した転移は困難かと。転移先のポータル使用時は、どうかご注意を」


(……え、私? もしかして、黒雪の影響かな。他者の転移に干渉してるのかも)


 普段は自覚はしていなかったけれど、プロの転移師から見れば、私の体質は異常なのかもしれない。

 ルーダの表情がそれを物語っている。


 そして、彼女は一瞬だけ言葉をためらい――それでも続けた。


「……将軍閣下、続けて私めの無礼な進言をお許しください」


 そう前置きしてから、今度はノアへと視線を向ける。


「男の子の方は……絶対に、魔法を使用させないでください。腕輪の制御外の魔力量と知っていながら転移させたと上層部に知られれば、私の責任問題にもなりかねません」


 ノアがきょとんと目を瞬かせる。


「え、そんなにですか?」


「……はて、何の事でしょうか? 私はなにも知りませんし気づきもしていません。という事で」


 ライゼル将軍は、ほんの一瞬だけ目を細め、それから静かにうなずく。


「わかった。しかしルーダ……まさか、お前は安定して我々を転移させられるのだろうな?」


 その鋭い問いに、ルーダは一歩も引かなかった。それどころか軽く微笑んで見せる。


「厳格たる玄関口を預かる一級転移師の私ほど、快適な空間の旅を提供できる者はおりません」


 そう言い切ると、閉じていたルーダの目が――カッと見開かれる。


 次の瞬間――視界も、感覚も、すべてが白に塗り潰され、私たちは転移の光に包まれた。

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