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第200話 待ち人

(……つかみどころがない、風みたいな人だったな)


 そう思いながら、私は無意識のうちに、群衆の中へと消えていったセドリックの背中を目で追っていた。

 ふと横を見ると、ノアも同じ方向を、じっと見つめたまま動かない。


「……どうしたの?」


 声をかけると、ノアは少し首を傾げたまま、考え込むように唸る。


「うーん……思い出せないんだけどさ。誰かの魔力に、似てる気がして」


「セドリック皇子が? ……ていうか、魔力って“似る”とかあるの?」


 私の素朴な疑問に、ノアは困ったように笑った。


「説明がむずかしいんだけど……匂い、っていうか、属性の感触っていうか。魔力って、ひとりひとり微妙に違うんだよ。でも、誰だったかな……どうしても思い出せないんだ」


 魔力に匂いがあるなんて、ましてや似ているなんて発想は、正直初耳だった。

 でも、そういえば――ライゼル将軍も、魔力感知に関しては異常なまでに鋭い。


(魔法の才能がある人って、やっぱり見えてる世界が違うのかもね)


 王族と“似ている”魔力。

 それってつまり、どこか位の高い魔法使いか、よほど特別な血筋ってことになるんじゃ……?


(……さっき、セドリック皇子が変装の魔法を解いた時に感じ取ったのかな)


 ノアが言う「分かる」は、いつも私の想像を軽く超えてくるから困ったものだ。いい意味で。


 そんな感心を抱いていると、ライゼルさんがずいっと顔を近づけてきていた。


「――今回の騒動は丸くおさまったが、今後はもう少し慎重に頼むぞ。カナリア、ノア」


 その低い声に、私達二人は慌てて姿勢をただした。


「「は、はい……!」」


 ライゼルはその一言だけ言うと、軽いため息をついて姿勢を戻した。


(あれ? もっと叱られると思ってたけど……意外とあっさり? ラッキー)


 予想に反した反応に胸をなで下ろした。だが、その直後にノアがいらない一言を言ってしまう。


「先生、あんまり怒らないんですね? 内心ドキドキしてましたよ」


(うおーい!! 今それ言う!? 余計なこと言わないでよ!)


 思わず内心でツッコミを入れるが、もう遅い。

 私は恐る恐るライゼルさんの顔色をうかがった。


 だが、返ってきたのは意外にも落ち着いた声だった。


「自由に見学してよいと言ったのは、この私だ。何かあれば、その責任は私が取る。当たり前のことだ」


 きっぱりと、迷いのないその言葉。

 そこには将軍としての威圧も、怒りもない。ただ当然のことを述べているだけ、という態度だった。


(……さすがは将軍。器が違う。言えそうで言えない一言だね)


 人の上に立つ人って、きっとこういう人なんだろうな――なんて、感心してしまった。


 ともあれ、帝都観光の一か所目から、まさかの詐欺師集団の綱引き騒動が始まり帝国皇子と出くわすとは、誰が想像しただろうか。


(……先が思いやられるなあ。逆にイベント目白押しってことで納得するしかないか)


 私は内心でため息をつきながら、改めて賑やかな市場へと視線を戻した。


「そうだ。お前たちに、これを食べさせたくてな」


 そう言ってライゼル将軍は、アイテムバッグから紙袋を取り出した。

 中には、ふわふわと空気を含んだ綿菓子が、丁寧に包まれている。


「この市場でしか買えぬ、少々珍しい菓子だ。食べてみろ」


「先生、ありがとうございます!」


 ノアは目を輝かせながら受け取り、私は一拍遅れて頭を下げた。


「……いただきます、ライゼルさん」


 ひと口、そっと口に運ぶ。


 次の瞬間――ぱちぱち、と小さな音が口の中で弾けた。


「わっ……!」


 綿菓子が溶けると同時に、細かな刺激が舌の上を跳ね回り、甘酸っぱい果物の風味が一気に広がる。


「すごい、なにこれ! 口の中で、小さい飴が飛び回ってる!」


 ノアのテンションが完全に上がっている。気持ちはわかる。初めて口にした瞬間は誰でもそうだ。


(……これ、懐かしい。ぱちぱちキャンディだ。この世界イクリスにもあるんだ。前の世界で、よく小さいころ食べてたな……)


 懐かしさに、胸の奥が、きゅっとなる。なんだか少しだけ嬉しくて、少しだけ切ない。

 そんな不思議な気持ちを抱えながら、私はもう一度そっと綿菓子を口に運んだ。


 そんな私達の反応を見てライゼル将軍は、ほんのわずかに口元を緩めた。

 ――いや、正確に言うと、ちょっとドヤ顔だ。


「この菓子は、私の雷の剣術の動きをモデルにした。と菓子職人が言っていてな。子供たちに今でも人気らしい。まぁ私は別にどっちでもよいのだが」


「すごい! 先生の功績で、お菓子まで作られちゃうなんて!」


 ノアは素直に感心しているけれど、私は内心は別の所にあった。


(今の、誤魔化しつつもちょっと自慢入ってません? ライゼルさん)


 何気ないやり取りにライゼルの表情が、ふっとやわらいだ。


「それに、私の子供たちも……お前たちくらいの歳の頃、よく食べていたんだ。口に合って、よかった」


 どこか懐かしむような声音で語るライゼル将軍に、私の胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 よく見ると、アイテムバッグの中には、それ以外にも色とりどりの菓子袋がいくつも詰め込まれていた。


(これ全部、買ってきたんだ。私達に気を使って、いろんなお菓子を選んでくれたのかな……)


 魔術師殺し《スペルキリング》――

 そんな恐ろしい二つ名で呼ばれ、帝国最強の将軍として畏れられている人物が、だ。


(剣の実力で名を馳せた人が、子供のためにお菓子を選んでるとか……誰が想像するんだろう)


 戦場では冷酷無比。

 敵からすれば悪夢そのものの存在。


 それでも――この人も、一人の“父親”なんだ。


 子供たちが喜ぶ顔を思い浮かべながら、こうして菓子を選んでいたのだろう。


(……ほんと、ギャップの塊みたいな人だよね)


 私はもう一度、ぱちぱちと弾ける甘さを味わいながら、そっと視線を上げる。


 さてと、ひと騒動あったせいで、結局まともに市場を見て回れていない。

 噴水広場を中心に、気づけば人も警備兵も引き、さっきまでの喧騒が嘘みたいに落ち着いている。


「これからゆっくり――」


 そう思った矢先、やけに丁寧な所作で近づいてくる人物がいた。


「皆様、予定の時間を過ぎてもお戻りにならなかったため、お迎えに参りました」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには背筋を正し、普段通りの佇まいの執事長アルフレッドが立っていた。


「えええっ!? もうそんな時間なの!?」


 ノアが露骨に肩を落とした。これには私も内心で完全に同意だった。あれこれ事件が重なりすぎて、体感時間が完全に狂ってしまっていたらしい。


(本当に、全然見て回れてない……本屋さん行きたかったのにぃ)


 ライゼル将軍は腕を組み、少しだけ残念そうに噴水の周囲を見渡してから、すぐに切り替えたように言った。


「もうそんな時間か。二人とも、予定は詰まっている。市場はここまでだ」


「えー……」


「帰りに、また寄れそうなら寄る。それで我慢しろ」


 その一言で、ノアと私は渋々ながらも納得したようにうなずいた。


(……まあ、帝都は逃げないしね)


 後ろ髪をひかれつつも、グリフィンの背に戻り、風を切って次なる目的地へと飛び立っていた。

 市場の喧騒はあっという間に遠ざかり、眼下には整然と区画整理された帝都の街並みが広がっていく。


「ライゼルさん、次はどこに行くんですか?」


 私がそう尋ねると、ノアが期待を隠さず身を乗り出す。


「市場より、もっと楽しいところですか!?」


 ライゼル将軍は答える代わりに、静かに指を伸ばした。

 その先に見えるのは――高い城壁と、ひときわ威圧感を放つ巨大な建造物。周囲を取り囲む王都中枢区画と、その中心にそびえる巨城。


「……城?」


 思わず声が漏れる。


「次の目的地は、王族が住まう――レグナント王城だ」


 一瞬、頭が真っ白になった。


「な、なんですとーーっ!?」


 思わず上げた素っ頓狂な叫びが、風に乗って帝都の上空へと響いた。

 グリフィンの羽音に紛れて消えていくはずなのに、自分の声だけやけに大きく聞こえた。


 そんな私をチラリと見て、ライゼル将軍は落ち着いた声で言った。


「ギルバートが書状を、皇帝陛下に渡すよう頼んでいたのを忘れたのか?」


 その一言で、今朝の出発前の二人のやりとりを思い出す。


(……あっ)


 帝国に入る目的のひとつ――賢者ギルバートから預かった、あの書状のことを。


(わ、忘れてた……!)


 内心で頭を抱えていると、ライゼルさんは少しだけ声音を和らげる。


「安心しろ。書状は執務官に提出するだけだ。それで用はお終いだ。その後は、私の権限で入れる場所まで城内を案内しよう。」


「やったー! お城ってかっこいいから僕大好きなんです!」


(ノアさん呑気すぎ! ……セレスティア聖教国のお偉いさんからしたら、帝国の城内構造なんて喉から手が出る程欲しい情報でしょうに)


 やれやれ、帝都巡りは、落ち着くどころかどうやら、ますます規模が大きくなっていくらしい。


(はやくライゼル将軍の専属シェフが作ったパイが食べたい)


 無駄なことを考えずに済む、単純な本能だけが、今はやけに恋しかった。



 ◇――グラン・デ・バザール市場郊外


 市場の喧騒を抜け、入り組んだ路地裏を進む。

 セドリックたち三人の静かな足音だけが響いていた。


 通路は細く、人通りもまばら。先ほどまでの賑わいが嘘のように、空気がひんやりと静まっている。


 その背後で、ラーニャがセドリックの耳の近くでわずかに声を低くする。


「セドリック様。あまり人目のつかない場所へは、入られませんようお願いいたします」


 続いてルネアも周囲を警戒しながら言葉を重ねた。


「私たちがいるとはいえ、不測の事態への対応には限界がございます」


 それに対し、セドリックは肩越しに振り返り、どこか皮肉めいた笑みを浮かべる。


「王位継承権を破棄した私を、今さら誰が狙うというんだい?」


 軽く息を吐き、冗談めかした調子で続けた。


「――逆に言えば。兄上たち三人を除いて、僕がこうして生き延びてる理由でもあるんだけどね」


 二人の護衛が目を伏せ言葉を失う中、セドリックはある場所で歩みを止めた。


「さて……着いたよ」


 ラーニャとルネアも同時に足を止め、目の前の光景を見据える。


「……民家の、袋小路の壁ですが」

「行き止まりでございます、セドリック様」


 行き場を失った路地の突き当たり。

 ただの壁――そう見える場所の前で、セドリックだけが、意味ありげに微笑んでいた。


「……小さいころさ。不自由で、息が詰まる城を抜け出して――よく、遊びに来てたんだ。二人でね」


 どこか懐かしむように言いながら、セドリックは路地裏の壁へと手を当てた。

 指先から静かに魔力が流れ込む。


 石壁の表面が、さざ波のように揺らぎ、そこに今まで存在しなかった“境目”が浮かび上がる。

 軋む音とともに、隠されていた扉が姿を現した。


「……隠し扉!?」


 ラーニャが一歩前へ出る。


「セドリック様、私が先に」


 だが、その肩を制するように、セドリックが軽く手を上げた。

 同時に、彼の姿から変装の魔法が解け、金髪と琥珀色の瞳があらわになる。


「大丈夫。中にいるのは……待ち合わせの相手が一人だけだから」


 ゆっくりと木の音を立てて扉が開く。


 小窓から差し込む細い陽光が、薄暗い室内をやわらかく照らしていた。

 闇に沈みきることはなく、静かな光が空間にわずかな温もりを与えている。


 その光の中で、背を向けていた一人の男が、ゆっくりと振り返った。


「……セドリック兄様」


 緊張しているのか、微かに震えた声。


「本当に、久しぶりだ。……会いたかったよ」


 その言葉を聞いたセドリックは一瞬だけ目を伏せ、そして、少しだけ悲しげな笑みを浮かべた。


「……ああ。お互い、色々と変わってしまったな」


 視線を真っ直ぐに向け、静かに言葉を続ける。


「それでも、生きて、こうしてまた会えた。それだけで、私は嬉しいよ」


 呼吸を整えて、その名を呼んだ。


「ユリウス……いや今は――エルド・グレンハーストだったな」


 その一言に、過去と現在が静かに重なり合う。


 カナリアたちが帝都を体験する一方で、その裏側では、過去に隠された真実が明らかになろうとしていた。

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