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第198話 格の違い

 私が先に台座へ上がった。

 先程と同じ台座の上で、軽くストレッチをする。


(さーて、こっちの準備はオッケイ!)


 その様子を見て、ドノバンが低く笑った。


 次の瞬間、彼は足元の台座を、つま先で横へ弾くように蹴り飛ばした。

 ゴゴッ、と石が擦れる音を立て、元の台座はあっさりと脇へ追いやられる。


「そいつは、お遊び用だ」


 そう言い放つと、背後に置かれていた一回りも大きな台座を、ドノバンはひょいと担ぎ上げた。


「こっちが俺様専用だ!」


 ドシンッ!!


 地面が揺れるほどの音とともに、大型の台座が叩きつけられるように据えられた。

 土埃が舞い、観客席からどよめきが起こる。


(……はいはい。怪力アピールね。)


 それは明らかに、彼専用の台座だ。

 先ほどまで使われていたものでは、あの巨体には確かに小さすぎる。

 ここまでは、まあ妥当な配慮だろう。


 けれど、主催者から渡された綱は通常の、植物繊維で編まれた綱ではなかった。

 冷たい光を放つ、鋼鉄の鎖だ。


(……金属製。しかもただの鎖じゃないね)


 手に取った瞬間、瞬時に理解した。

 素材自体が頑丈なうえ、魔法で強度が底上げされている。


 その様子を見て、ドノバンが鼻で笑った。


「安心しな嬢ちゃん。鎖に小細工はしてねぇよ」


(“鎖に、は”……か)


 私は内心でそう受け取りつつ、少しだけ肩をすくめてみせる。

 そっちもその気なら、こっちも名女優の演技をしておきますか。


「違いますよぅ、か弱い私に、こんなの持てるかなぁ~って心配してたんですぅ」


 わざとらしく声を作ると、ドノバンが舌打ちした。


「けっ。さっきの女との勝負を見りゃ分かるぜ。お前、普通のガキじゃねぇだろ」


 彼は鎖を掴み、ぐっと一度だけ引いてその強度を確かめる。


「俺とお前が本気で引っ張り合ったら、普通の綱じゃ切れちまう。だから替えてやったんだよ」


(……なるほど)


 単なる脳筋じゃないわけか。

 相手の力量を測るだけの目は、それなりに持っているらしい。


(それでも――“私のほうが上”ってところまでは、まだ見えてないみたいだけど)


 私は鎖を握り直し、静かに台座の中心へと足を踏み込んだ。


 噴水の周囲に集まっていたギャラリーが、目に見えて増えていく。

 熊のような体躯をしたドワーフの大男と、細身の少女――あまりにも見た目の差がありすぎる対決に、観衆の視線が一斉に引き寄せられていた。


「おいおい冗談だろ……まるで蟻と巨獣だな」

「相手は女の子じゃないか?!」

「でも、あの子さっきの勝負には勝ったらしいぞ!?」


 ざわめきが広がる中、ドノバンは低く唸るように息を吐き、鎖を持ち上げた。

 金属が擦れる鈍い音を立てながら、それを腰に何重にも身体に巻き付けている。


(……うーん。服、汚れそうだし。正直めんどくさいな)


 私は鎖の感触を軽く手の中で確かめてから、いつも通りの軽い調子で口を開く。


「おじさん、随分本気みたいだね? 準備万端じゃん」


 私は鎖の端を片手で持ち、特に構えた様子も見せない。

 その瞬間、ドノバンのこめかみに青筋が浮かび、顔があからさまに歪んだ。


「ガキが……なめやがって! 引きずり降ろしてやる! おらぁ審判! 見世物は終わりだ、さっさと始めろ!!」


 怒鳴られた審判役の男は、迷惑そうに眉をひそめながら一歩前に出る。


「……ったく、俺に当たるなよ。では――お互い構えて、用意……始め!!」


 その合図と同時に、噴水広場から一斉に歓声が上がる。

 そしてドノバンが吼えた。


「うおおおおおおおっ!!」


 最初から手をぬかない全力の叫びだ。

 躊躇も様子見もなく、鎖を私ごと巻き上げる勢いで引き寄せてくる。

 足元の台座が、ギシッと悲鳴を上げた。


 ――ぐいっ。


 ほんのわずか、私の手首が持ち上がった。

 鎖越しに、確かな力が伝わってくる。


「おっ……あれ? おじさん、結構やるじゃん」


 思わず口をついて出た言葉に、ドノバンの鼻息が荒くなる。


「ぐおおおっ! 上から物言ってんじゃねぇぞ……ガキがぁ!!」


 ドノバンの顔が、みるみる赤く染まる。

 太い腕に血管が浮き上がり、筋肉が盛り上がるたびに鎖が軋む音を立てた。

 だが――それでも、私の足元は微動だにしない。


 その事実に気づいたのだろう。

 ドノバンは一瞬、歯を食いしばり、そして覚悟を決めたように息を吸い込む。


「……全力だぁぁぁぁ!!」


 次の瞬間、彼の身体から白い蒸気が噴き上がった。

 筋肉がさらに膨張し、上半身の服が耐えきれず、ぶちぶちと音を立てて弾け飛ぶ。


 私は鎖を握ったまま、静かに構え直した。


「おっ……なるほど。これは片手じゃきついかも」


 片腕が思った以上に引かれたので、私は一応もう片方の手も添える。

 鎖を両手で握り直しながら、にこやかに微笑んでみせた。


 その光景を目の当たりにしたドノバンの目に、はっきりとした動揺が浮かぶ。


「な、なぜだ……!? 破砕牛クラッシュブル十体とも渡り合った、この俺様が……なぜ、勝てない!?」


 必死の形相で叫ぶドノバンに、私は少し感心した顔を見せた。


「へぇ。おじさん、牛系の魔獣より強いんだ? でもね、牛の化物でも――もっと強いダウロって奴と、私はやり合って勝ってるからね」


「そんな種族のモンスター、聞いたこともねぇ! 適当言ってんじゃねぇぞぉぉぉっ!!」


 ドノバンは吼え、鎖をさらに引き絞る。

 だが私は、楽しそうに説明を続けた。


「そりゃ知らないだろうさ……なんてったって――」


 一瞬、鎖を引く手に一気に力を込める。


「牛って言っても魔将ダウロだからねっ!」


 その言葉と同時に、私は思いきり鎖を引いた。

 石の台座が私の脚力に耐えきれず陥没して沈み込む。


 ――ぐおんっ!!


 鎖が張りつめ、ドノバンの巨体が一気にこちらへ引き寄せられた。


「何なんだ!? この力は! その小さい体のどこに……!?」


 上体は大きく前のめりになり、重心は完全に崩れている。どう見ても、次の瞬間には台座から引き剥がされる体勢だ。


 ……だけど、一向にその巨体が落ちない。


 身体は今にも倒れ込む角度のまま、途中で不自然に止まった。

 足元だけが、台座に吸いつくように張りついている。


「ま、まずいっ!?」


 ドノバンが自らの足元を見下ろす。

 踏ん張っている、というレベルじゃない。靴底が、離れない。だれが見ても明らかに不自然な体勢だ。


(はい、イカサマ確定! 証拠も観客達にみせつける!)


 私は更に力をこめてドノバンの巨体を引っ張る。

 その圧力を増した台座がついに耐えきれなり崩壊する。


 ――バギンッ! バキバキバキッ!! ドガァン!!


 台座は完全に砕け散り、不自然に足裏にくっついた石塊と共に、ドノバンの身体はそのまま落下した。


「ぬぐおおおおおっ……!」


 地面に叩きつけられ、鈍い音とともに転がる。


 土煙が晴れる中、私は鎖を離して見下ろした。


「はい。おじさんの負けね。これだけ観客がいるんだから、言い逃れはできないよ?」


 ドノバンを超える怪力を目の当たりにした周囲が騒めく。


「ば、馬鹿な……!」


 ドノバンは起き上がりながら、食い下がるように叫んだ。


「魔法も! 聖印も使ってないのに!? なんでだ! お前、何かイカサマしてるに決まってる!」


「はぁ? イカサマしてるのは、あんたらの方でしょ」


(ま、刀神の私とアンタの筋力じゃ基礎スペックが桁違いなのは否定しないけど)


 さて、実力差、結果共に見せつけられた相手はどう出るのだろうか。

 ここで難癖をつけてくるのは、ほぼ間違いない。


「あれ~?」


 その時、軽い声とともに先ほどの優男が一歩前に出てきた。

 相変わらず爽やかな笑顔のまま、ドノバンの足元を指さす。


「君の靴、魔法具になってるね。ほら、ここ」


 そう言って、ドノバンの靴底を示す。


「魔力を流すと、台座の下に仕込まれてた“強力な磁石”と反応して、離れなくなる仕組みだ。君自身が属性を流してるわけじゃないから、腕輪も反応しない……なるほど、よく出来てるな~」


 観客たちの視線が、一斉に主催者側へと向けられる。


「つまりさ、最初から誰にも“勝たせる気”なんて、なかったってことだよね?」


 ノアの一言が、静まり返った会場に落ちた。

 その瞬間、観客達から不満の声が漏れだす。


「……イカサマじゃねぇか」

「ふざけるなよ」

「俺たちの金を返せ!」


 ドノバンの身体が、わなわなと震え始めた。

 ゆっくりと立ち上がり、血走った目で周囲を睨め回す。


「……どいつも、こいつも……! ごちゃごちゃと」


 歯を食いしばり、怒声を張り上げる。


「俺様を馬鹿にしやがって!! 全員まとめて、ひねり潰してやらぁ!!」


 巨体が前に踏み出し、優男へと手を伸ばした――その瞬間だった。


 ズガン!!


 耳を裂くような雷鳴が、会場を貫いた。

 白い閃光が走り、次の瞬間には、ドノバンの身体が弾き飛ばされていた。


 黒く焦げた巨体が、力なく地面に倒れ込む。

 巨体のドワーフは完全に、意識を失っている。


 その場に立っていた影がゆっくりと前へ出た。


「なにやら騒がしいと思えば、お前達が原因か」


 雷を纏ったままのその男――将軍のライゼル・トールガルドだった。


「先生、おかえりなさい!」


 ノアが思わず声を上げる。


「わたしたちでも、止められましたよ。ライゼルさん」


 私の言葉に、ライゼルはちらりと此方を見ると、小さくため息をついた。


「勘違いするなよ二人とも。このドワーフからお前達を救ってやったのではない。逆にドワーフの“命を救ってやった”のだ。」


一瞬、その言葉の意味がわからなかったが――ライゼルが見つめる視線の先に、答えがあった。


優男の前に、連れの二人の美女が立ち構えていた。

いつの間にか、それぞれ短刀を抜き、すさまじい殺気と魔力で、優男を完全に守り固めていた。


(……あの立ち居振る舞い、あきらかに、素人じゃない)


 その様子を見ていたノアが、低い声で呟いた。


「あの二人の……魔剣技アーツ、相当研ぎ澄まされてる。かなりの手練れだよ」


(ライゼルさんが止めてなかったら、ドノバンは今頃あの二人に……って事か)


 いつの間にか市場の喧騒は消え、残ったのは、嵐の前のような静けさだけだった。


「……二人には、言いたいことは山ほどあるが」


 ライゼルは一度、ノアと私から視線を外し、ゆっくりと優男へ向き直った。

 その声音から、先ほどまでの軽さは完全に消えている。

 そしてゆっくりと跪き、その頭を垂れた。


「それよりもまず、お聞かせ願えませんか……貴方のような方が、なぜこのような場所にいるのです?」


 少しの沈黙のあと、ライゼルは口を開いた。


「――セドリック・アルカーナ・レグナント第四皇子」


(なっ……王族!?)


 その名が告げられた瞬間、

 市場のざわめきも、人々の呼吸音さえも、嘘のように時が止まるのを、その場全員が感じとった。

 まるで見えない王族の威厳に、ひれ伏した様に。

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