第197話 イカサマ集団には痛い目みせましょうか。
そう考えている間にも、次の挑戦者が現れた。
美女二人を両脇に従えた、やけにチャラチャラした優男だ。
「へい! 君たち、僕の勇姿を見ていてくれ~! 子供たちの参加費、全部取り返してくるからさ!」
「「きゃー! クライン様、がんばって~!」」
黄色い声援を背に、勢いよく挑む――が。
「ふごっ!」
結果は、先ほどとまったく同じだった。
あっさりと台座から引きずり落とされ、しかも当たり所が悪かったのか、鼻血まで出している。
それでも本人は、なぜか無駄に洗練された“決めポーズ”を取っていた。
「ふっ……出鼻をくじかれるとは、このことを言うんだね。敗北を知り、僕はまた一段、高みへと至ったというわけさ」
(ま、負けてるのに、このポジティブさ……正直、ちょっと見習いたい)
横で見ていたノアが、何かを言いたそうな目で私のほうをちらりと見る。
「ねえさん、気づいた?」
「うん。もちろん。」
視線の先では、主催者たちが次の挑戦者を待ちながら、余裕のある笑みを浮かべている。
力の使い方、立ち位置、客の煽り方――どれもが出来すぎていて、胡散臭さが隠しきれていない。
(どこの世界に行っても、悪いことを考える人たちはいるもんだ)
「ライゼルさんが戻るまで、ちょうどいい暇つぶしだよ。小悪党退治、ってことで」
私はそう言って、小さく肩をすくめる。
「……あれじゃ、騙された子供たちがかわいそうだしね」
「姉さん、やりすぎないでよ?」
ノアの忠告に、私は小さく息を吐き、気負いを手放すように肩の力を抜いた。
そのとき、主催者の声が会場をさらに煽り立てた。
「さぁさぁ! もう挑戦者はいないのか!?なら特別だ! 参加費は据え置き、賞金は大サービスの百万レグでどうだ!?」
どっと、空気が変わる。
ざわめきが歓声に変わり、周囲の視線が一斉にステージへ集まった。
「じゃあ、私が参加します!」
わざと少しだけ幼く聞こえるよう声を張り、にこっと笑って手を挙げる。
ふっ――我ながら、素晴らしい演技。なかなかの女優だ。
「おやおや、お嬢ちゃん一人かい? 本当にいいのか?」
「はい! 初めて帝都に来た記念に、こういうイベントに参加してみたかったんです!」
自分でも分かるくらい、完璧ないじらしい少女の作り笑顔。どこから見ても幼気な少女カナリアちゃんである。
すると、さっき派手に負けていた優男が、ふいに近づいてきて耳元で低く告げた。
「やめておきな。あれは絶対に勝てない仕組みだ。あの子たちのお金を取り返すつもりなんだろ? 僕が立て替えてあげるからさ」
「ご忠告ありがとう。でも大丈夫。絶対に負けないから」
そう答えてから、ふと思いついたようにお願いしてみた。
「あ、そうだ。せっかくだから……お兄さん、参加費の一万レグ、貸してくれない? 百倍にして返すから」
「あはは。ずいぶんな自信だね」
優男は少し考えるそぶりを見せてから、にやりと笑った。
「いいよ。じゃあ、もし君が負けたら……大きくなって再会した暁には、僕とデートすること。それでどう?」
私は一瞬も迷わず、にっこりと笑顔でうなずいた。
そして受け取った一万レグを、そのまま主催者へ差し出す。
代わりに渡されたのは、淡く光を帯びた腕輪だった。
「魔法や聖印を使ったら即負けだ。属性に反応して、腕輪が光る仕組みになってる。それと……あとで金を返せって文句言うなよ?」
(はいはい。お金の話になると、本当にがめついし露骨だねぇ)
内心でそう呟きながら、私は腕輪を確かめるように一度だけ視線を落とした。
台座に上がると、観客の声が一斉に飛んできた。
「お嬢ちゃん、がんばれー!」
「少しは手加減してやれよー!」
「次は俺の番だぞー!」
ざわめきと期待が入り混じる中、対戦相手の女が勝ち誇ったように口角を上げる。
「あらら、かわいいお相手ね。でも手加減はしないわよ?世界は厳しいってこと――お姉さんが教えてあげる」
(イカサマ師のくせに説教とは……盗人猛々しいにもほどがあるよ)
開始の合図が響いた。
「それでは――用意……はじめ!」
女が全身に力を込めたが、その瞬間に彼女の表情が、はっきりと歪んだ。
綱を引いても、捻っても、私の身体は微動だにしない。
「な、なんで!? 全然……動かない!?」
私は片手で綱を保ったまま、相手の足元と体重のかけ方を静かに観察する。
(なるほど。台座と靴、両方に仕掛けあり……っと)
必死に力を込めている相手とは対照的に、私は小さく息を整え、にこっと微笑んだ。
「“世界は厳しい”って、さっき私に言ってたよね? なら私も、ひとつだけ教えてあげる」
ぐい、と綱を持ち上げる。
仕掛けの力が逃げ場を失った瞬間、勢いを抑えきれず、女の身体がふわりと宙に浮いた。
「きゃあっ!?」
そのまま引き寄せ、お姫様抱っこで、がしっと受け止める。
会場が一瞬、静まり――次の瞬間、どよめきが走った。
その様子を見て、主催者の一人が一瞬だけ顔色を変えた。
私は口元に笑みを浮かべたまま、けれど視線だけは静かに、鋭く相手を見下ろす。
「悪いことをしてるとね……ちゃーんと、天罰が下るんだよ?」
覗き込むように、最大限の圧をくわえて無邪気に続けた。
「お母さんに、教わらなかった?」
「ひ、ひぃっ! おろして! おろしてよ!!」
腕の中でじたばたと暴れるその様子に、私はため息まじりに肩をすくめた。
「はいはい。お望みどおりに」
ぱっと手を離す。
次の瞬間、女性は地面にお尻から叩きつけられ、無様に転がった。
下は衝撃を和らげる柔らかい素材――とはいえ、油断していた分、それなりに痛かったのだろう。
「いったぁぁ……! なによ、もう! 話が違うじゃない!」
涙目になりながら、地面に座り込む。
私はそんな彼女をチラリとみると、軽く手を払った。
「さて……あと二人、だったよね? ちゃっちゃと終わらせちゃおうか」
その一言に、会場の空気が変わった。
主催者たちは顔を強張らせ、視線を交わすと、慌てた様子でステージ裏へ声を飛ばす。
ほどなくして現れたのは――熊のように大柄な、眼帯をつけたドワーフの大男だった。
台座に上がった瞬間、ステージが重く軋む音が響いた。
筋骨隆々の腕。重心の低い構え。
さっきまでの“軽い見世物”とは、明らかに別物の様子だ。ドワーフの大男がドスの効いた声でで言い放つ。
「……いや、二人目はなしだ。 俺様を倒せたら、賞金はくれてやるよ」
その瞬間、周囲からどよめきが起きた。
ノアの私の背中を見ている視線だけが、少しだけ真剣になったのがわかった。
「へえ。子供相手に、露骨だね。もう隠す気もないってこと?――それとも、そこまで追い詰められちゃった?」
「はん。いいから台座に上がれ、お嬢ちゃん」
ドワーフの大男が、鼻で笑うように言い放つ。
そのとき、私の背後でノアが誰かと小声で話しているのが聞こえた。
「……あのドワーフ、剛腕のドノバンだ」
振り返ると、ノアが最初に話しかけた男が、苦い顔でステージを見つめていた。
「連中、最初から勝たせる気なかったんじゃないか……」
「知ってるの?」
ノアが思わず聞き返すと、男は短くうなずいた。
「ああ。コロシアム出身の怪力のドワーフだ。先日、酒場で冒険者のパーティと揉めてな……相手はCランクのフルパーティだったが、全員半殺しにされた。手も足も出なかったらしい。」
その言葉に、話を聞いていた観客のざわめきが一段と低くなるを感じた。
(なるほどね……絶対にに“勝たせないための切り札”ってわけだ)
私は一度、軽く首を回したあと、台座へ向き直った。
ドノバンの巨体が、こちらを見下ろしている。
その視線には、さっきまでの女のような軽薄さはなく、獲物を狙う獣のような鋭さがあった。
(だからって、引く理由にはならない)
私は一歩、台座へ足をかける。
さてと――見るからに筋肉自慢で、自分の腕力に絶対の自信を持ってる相手。
なら、あえて力で相手して……その自信ごと、逃げ道と一緒に潰してあげましょうか。




