第17話 鎮静化
「じゃあロイドさん、またねー!」
手をひらひらと振りながら、私は背を向けて歩き出した――その瞬間だった。
ズゴォオオオォンッッ!!!
耳をつんざくような音と同時に、空が割れた。
私は思わず振り返り、空を仰いだ。
空高く、六本の光柱が天を貫いていた。
紅、蒼、翠、金、白、そして漆黒――
そのすべてが混ざり合うことなく、明確な“属性”を宿していた。
雲を突き抜けたその光は、上空で炸裂するように弾け、
一瞬にして、空の雲を“ドーナツ状”に吹き飛ばした。
まるで空にぽっかりと穴が空いたような、そんな異様な光景だった。
「う、うわあああっ!? なんだ今の……!?」
ロイドが叫ぶ。
だが私の目は、すでにその光の根元――
あの光が放たれた“方向”を、正確にとらえていた。
(……メリンダさんの家のほうだ……!)
「まさか……ノア!?」
心臓が、ドクンと跳ねた。
ロイドさんの驚いた声が背後から聞こえたけれど、それに返事をする暇なんてなかった。
不安がないわけじゃない。
でも今は、とにかく――
「……行かなきゃ!」
私は、風を切って全力で駆け出していた。
「坊や! 力を止めな!」
メリンダの声がかき消されるほどの轟音と魔力の奔流。庭の木々が爆ぜるように折れ、空が一瞬、真っ白に焼き潰されたかのような光に包まれる。
ドガアアアアアン!!!
魔力の渦が暴走し、爆風となって放たれた。空間が悲鳴をあげ、空すら突き抜けたかと思えるほどの異常事態。足元の地面が持ち上がり、花壇は跡形もなく吹き飛ぶ。
ノアの周囲を六つの属性が“意思”を持ったかのように旋回し始めた。まるで神々の力がぶつかり合うような暴風圏。中心にいる少年は、今や自分が“何を解き放ったのか”を理解できていなかった。
「止まらない!? ――なんで!?」
叫びにも似た言葉を吐くノアの両目が、淡く輝く。魔力が彼の内側から“求められるまま”に溢れ出し、止めようにも止まらない。
――その瞬間。
魔力の奔流が、一つの竜のような姿を形作り、空に咆哮をあげた。
グオオォォォォオオオ――!!!
「できない! 止まらないよーっ!!」
ノアの両手から、暴走する魔力が渦巻くように吹き出していた。目を見開き、恐怖に顔を引きつらせながら、ノアは思わず助けを求めるように、片手をメリンダに向けた。
その瞬間――ノアの掌から、でたらめに混ざり合った火・水・風・土・光・闇の魔法が、乱れ撃ちのように空間を裂きながら飛び出した!
「ひぃっ! 手をこっちに向けるんじゃないよっ!」
メリンダは本気で青ざめながら、全力で身をのけぞらせる。
「両手を上に! 上に向けなさい! あたしゃまだ死にたかないよ!!」
ノアは半泣きになりながらも、言われるがままに手を天へと掲げる――だが、暴走する魔力はもう止まる気配を見せなかった。
メリンダは瞬間移動で近づくとノアの手首を掴んですぐさま詠唱に入った。
〈暴れ狂う焔よ、揺らぐ水面よ、猛りし風よ、震う大地よ〉
〈まばゆき光、這い寄る闇――いま鎮めよ、己が鼓動を〉
〈汝らの名を呼ぶは我が意、力を貸すな、ただ静まりたまえ〉
「アンチマジック! 属性封弱!」
魔力の暴風は、わずかにその勢いを失った──が、止まりきらない。
「完全詠唱でも止まらない!? こりゃ本物だねぇ、ほんとに!」
メリンダはついに最後の手段に出た。
自らの腕から、一本の古びたブレスレットを外す。
「これしかない……!」
彼女がブレスレットをノアの手首に近づけたその瞬間──
まるで意志を持ったかのように、メリンダの腕からせり上がった木の根が蠢きはじめた。
ギギギ……ギチチ……と、軋むような音を立てながら、太くうねる根がノアの腕に絡みつく。まるでそれは、彼の魔力を貪るかのようだった。
次の瞬間──。
ボウン!と音を立てて根の内部が膨れ上がる。みるみるうちに根の表面が脈打ち、魔力の奔流に圧されてブチブチッと亀裂が走る。
「うわっ……!? こ、壊れちゃうよ……!」
が、破裂寸前で──ピタリと止まった。
まるで魔力の波を測り直すように、根はひと呼吸おくと、キュゥゥゥ……ッと音を立てながら収縮し、ノアの腕にぴたりと沿うように変形していく。
ぶかぶかだった樹皮の外殻が、ノアの魔力に呼応するように滑らかにまとまり、腕にピッタリとはまる形状へと変化した。
メリンダは、大きく息を吐いた。
「ふぅ……確か、ノアじゃったか……?」
その目は、まるで真剣そのものだった。
「お前さん、“聖環の儀”が終わるまでは、水魔法以外は一切禁止じゃ。絶対だよ。
それと今のこと──“多属性を同時に発動した”なんて、誰にも言っちゃあいけない。姉のカナリアにも、だ」
「ひゃい……」
ノアは目を回しながら、ぐったりとうなずいた。
(……四属性を超えていた。しかも同時。それにあの魔力の根源は……いや、深入りはよそうかの)
魔力の嵐が止んだ庭。地面には焦げ跡とひび割れが残り、木々は倒れ、花壇はすっかり消し飛んでいた。
ノアはその場にペタンと座り込み、まだ震える手を見つめていた。
指先がじんじんと痛み、体の奥からは倦怠感が湧き上がってくる。
「……おばあちゃん、ごめんなさい。裏庭、すごいことになっちゃった……」
メリンダはため息をつきながら、腰に手を当てる。
「ま、命があっただけよしとしようや。出世払いで頼むよ。庭の修繕代も込みでね?」
ノアは、自分の手首に巻かれた腕輪を見つめる。
「この腕輪は……?」
「封魔の腕輪さ。魔力を吸う特殊な樹で作られとる。アンタみたいな暴走魔力持ちには、しばらく必需品じゃろうよ」
「これ、ずっとつけてなきゃダメ?」
「魔力の制御ができるようになるまではね。使いこなせるようになったら、返しにおいで。大事なもんだから失くしたり壊すんじゃないよ」
「うん……あ、痛っ! つぅ〜……」
ノアは複数の関節を押さえた。どうやら魔力を使いすぎて、体にも反動が来ているらしい。
「ノア! メリンダさんっ!」
裏庭に駆け込んだ私は、思わず立ち止まった。
「な、なにこれ……」
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