第15話 腰痛は魔法と共に去らぬ②
※この作品は29話まで掲載済みの旧版を、1話から大幅にリメイクしています。
全話リメイク完了後、旧エピソードは非公開・削除予定です。
初見の方も、再読の方も、ぜひ新たな物語を最初からお楽しみください。
「なるほどね。湿布薬かい。ちょっと待ってな、用意するよ」
魔女は店内に戻ると、慣れた手つきで調合を始めた。
彼女は銀製の長方形の型容器を手に取り、そこへ魔法で浄化した布を丁寧
に敷いた。
その上から、火山灰のような灰色の粉土をまんべんなく均一に広げる。
「さて……」
小さく呟き、棚から取り出したのは、粘り気の強い緑の液体が入ったガラス瓶
だった。とろりとしたそれは、まるで鼻を突く藻のような匂いを放っている。
「うわっ、なにこれ……ベトベトしてる……」
ノアが思わず顔をしかめた。
「スライムの体液と鎮痛効果がある薬草を混ぜたものさ」
「うえええぇ……」
私も思わず後ずさる。
「モンスターだって、立派な素材なんだよ。魔力を蓄えやすい体質のおかげで、熱にも腫れにもよく効く。見た目に惑わされちゃいけないよ。薬ってのは、効きゃあ正義さ」
そう言ってメリンダは液体を丁寧に流し込んでいく。
「冷霜吐息」
冷気を帯びた息をふうっと吹きかけると、液体がゆっくりと硬化していき、
表面にうっすらとした氷膜のような冷却層ができあがる。
その光景に、カナリアは無意識に息をのんだ。
(……風、火、そして今度は氷!?)
隣にいたノアもまた、目を丸くしたまま固まっている。
さすがの彼も、三つ目の属性魔法に驚きを隠せないようだった。
メリンダは黙々と作業を続ける。引き出しから薄く透き通ったフィルム状の素材を銀の摘み鉗子で丁寧に1枚摘み上げた。
「それ、なぁに?」
私は湿布をじっと見つめていたが気になって思わず尋ねた。
「ん、これは“月光草”を煮出して、繊維を取り出して固めた薄膜さ」
メリンダは、指先でフィルムをつまんでひらひらさせながら続けた。
「ちょいと魔力に反応する性質があってね、薬の効果を長持ちさせてくれるんだよ。保存性も良いし、肌にも優しい優れモノってわけさ」
「へぇ〜……すごい!」
目の前で次々と披露される巧みな魔法道具の数々に、思わず声が漏れる。
剣や魔法のことばかりで頭がいっぱいだったけど――この世界にしかない素材や魔獣の欠片、そしてそれらを組み合わせて生まれる《魔法具》。
(……こういうのもあるんだ。戦うだけがすべてじゃないんだよね)
魔法を“使う”のとは違う、“工夫して扱う”という面白さ。
ちょっとだけ、新しい扉が開いたような気がした。
「これを上にかぶせれば、体に貼ってもベタつかないし、密着力も上がる。あとは包んで、はい完成」
「できたよ、特製の冷却湿布だよ」
リアが湿布薬を手慣れた手つきで包み布にくるんで受け取ろうとすると、メリンダが指を立てて念を押した。
「それと、これも伝えといておくれ」
「うん?」
「“酸抜き”は済ませてあるけど、半日以上貼りっぱなしにするんじゃないよ。肌荒れする場合もあるからね」
カナリアは頷きながら、ふと頭の中で繋がった。
(たしか……スライムって取り込んだものを分解するために、強い酸を分泌するんだよね。薬として加工されたとはいえ、その性質は残っているはず。そう思うと、少し感心してしまう。)
「わかった! ちゃんと伝える!」
て、湿布は手に入ったし、代金を渡して帰ろう――そう思ったそのとき。
ノアが、目を輝かせながら身を乗り出した。
「メリンダさん! なんでそんなにいろんな属性の魔法が使えるの!? ねえ、教えてよ! 知りたい!」
裏庭で落ち葉を集め、魔法で焚き火を起こし、薬草を煮込むその一連の流れるような動作。
しかも風、火、そして氷と、次々に異なる属性魔法を使いこなす姿に、ノアの心はもう抑えきれなかった。
(僕は、水の魔法しか使えないのに……!)
知りたい。この世界の魔法の仕組みを、もっと――もっと深く。
そのあまりに真っ直ぐな眼差しに、メリンダは少しだけ目を細めて、苦笑いを浮かべた。
「別にね、先天属性以外の魔法は使っちゃいけないって決まりはないのさ。
ただね、魔法ってのは“才能”がものを言う世界でね」
彼女は薬鍋をかき混ぜながら、軽く肩をすくめる。
「お前さんたち、まだ“聖環の儀”の前だろ? 自分の属性も、正式にはわかっとらんじゃろうに。焦ることはないさ。学ぶのは、これからいくらでもできるんだからね」
「えーお願い! コツだけでも教えてよ! いろんな魔法、使ってみたいんだよ~!」
ノアが身を乗り出してねだるように叫ぶ。
その様子に、カナリアは思わず「こいつ……」と眉をひそめた。
「ノア、おじいちゃんが待ってるよ? 帰らないと」
静かに、でも芯のある声。
リアの視線の先には、遠くで腰をさすりながらこちらを気にしていたギャンバスの姿が浮かんだ。
(……そうだよ。こっちが盛り上がってる間も、おじいちゃんはずっと待ってる)
魔法への好奇心、使えた時の高揚感――あたしも、羨ましいくらいだ。純粋な子供のノアがはしゃぐ
気持ちは、わからなくもない。
でも、いまはそっちが優先じゃない。やるべきこと、ちゃんと見なきゃ。私は、湿布薬を抱き直しながら、小さな罪悪感を感じていた。
(はしゃいでる場合じゃないっての……早く帰ってあげなきゃ)
心の中でぽつりと呟き、カナリアはノアの袖を軽く引いた。
「……まったく、しょうがない子だねぇ。はいはい、わかったわかった」
メリンダさんは苦笑しながらも、 “とっとと済ませて帰らせるか” といった雰囲気をまとっていた。
「やったー! ありがとう、メリンダさんっ!」
ノアが嬉しそうに声を弾ませる。目はきらきらと輝き、子犬みたいにしっぽを振っていそうな勢いだ。
きっと、あの食いつきっぷりに根負けしたんだろう。まあ、ここで粘られても仕方ないって、判断したのかもしれない。
「じゃあお嬢ちゃん、一人で帰れるかい? 坊やにちょっとだけコツを教えたら帰すからね」
私はちょっとだけ肩をすくめて、心の中でやんわりと笑った。
(わたし一人でも全然平気。メリンダさんだって、紅魔熊討伐の件は知ってるはずだし。……でもまあ、大人から見れば心配になるのも当然か)
「心配ご無用でっす!」
湿布薬の包みをしっかりと抱えながら、その場を後にする。
とんとん、と軽い足取りで、私は村の帰り道を駆けていった。
「ノアー! 早く帰ってこないと、お菓子全部食べちゃうからねー!」
手を振りながらそう叫ぶと、ちらりと後ろに映ったのは――
メリンダさんがノアを庭の中央へと導き、しゃがみ込んで地面に指先を走らせていく姿だった。
淡く光を帯びた魔法陣が、やがて静かに浮かび上がる。
古代文字のような紋様が、淡光を放ちながらゆっくりと輝いていった。
(後になって知ったことだけど、このとき、ノアの“恐ろしいほどの才能”が垣間見える瞬間だったらしい。そんなこと、分かってたら、あたし、絶対に帰らなかったのに)
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