第148話 それぞれの思惑
第五章の始まりです!
賢者の空中庭園の周囲に浮かぶ無数の島々。
空島迷宮群と呼ばれているダンジョンの、いわば群れ
その中でも最も高所に位置するのが、雲海迷宮 境界線の灰巣。
常に雲や霧が漂い、太陽の光さえも届かぬ空域。
視界は悪く、足場は不安定。冒険者泣かせの天然空中迷宮と言えるだろう。
その中で、双剣を奔らせるひとりの少年と、その上空を飛行する小さな影があった。
「ノア! こっち! 弱ってきてる、真下にいるよ!」
「わかった!」
霧の切れ間を縫うように、ノアの双剣が閃いた。
キュモが発する調音波が敵の位置を正確に捉え、その情報がノアのもとへ届いていた。
ノアは雲の中から現れては消え、旋回しながら空中にいる魔獣を切り裂く。
まさに迷宮主との戦闘の真っ只中だった。
雲の下では、灰色の巨大な影がうごめいている。
迷宮主ヘヴンズクロウが、空を滑るようにして旋回していた。
ノアは双剣を構え、静かに集中し、刃へと魔力を注ぎ込む。
淡い蒼光が双剣に灯り魔獣の位置を捕捉した。
斬撃が、光の軌跡を引いて振り下ろされる。
ザシュッ!!
太陽を背に、巨大な灰翼が一瞬だけ動きを止める。
ヘヴンズクロウの額に、白銀の双剣が十字に突き立っていた。
「クカァァァァアッ!!」
濁った絶叫が霧をつんざく。
巨体がビクッビクッっと痙攣するように傾き、ゆっくりと浮島の崖際へと堕ちていく。
だが、その直前。ヘヴンズクロウの鉤爪がノアの左腕をわずかにかすめた。
スパッ!!
「あっ! 痛っつ~…」
裂けた袖の奥から、じわりと血がにじむ。浅い傷ではあったが、鈍く痛みが走った。
「ギュガァァァァア!」
絶命の咆哮が響き渡り、灰翼の主は完全に沈黙した。
ノアは額の汗を手で拭いながら、ふぅっと息をついた。
「よっしゃあ! 討伐完了!」
「ノア! 強いね! お花の蜜吸ってきてもい~い?」
ノアは「はいよ」と答えると逆さの体勢から器用に身体をひねり、着地する。
「最後ちょっと油断したけど……うん、ま、余裕かな~」
肩を回し、深呼吸ひとつ。
霧の奥に、まぶしい太陽がのぞいている。
「最初はきつかった空気の薄さも、今じゃ全然気にならなくなったなぁ」
この浮遊拠点に来てから、もう二年。
賢者の空中庭園での生活も、すっかり板についてきた。
中級ダンジョンなら、一人でも十分戦える。
そんな自信が、彼の顔ににじんでいた。
(……まあ、本当は一人で来ちゃダメってギルバート様には言われてるんだけど。でもライゼル先生からは、単独でも生き抜ける術を身につけろって言われてるからな~)
ノアは口元をニヤリとほころばせた。
(仕方ないよね! 方針に従ってるだけですから!)
ノアは自分に都合よくまとめ、誤魔化すのであった。
「さて、もうこの辺の迷宮は、ほとんど行き尽くしちゃったしなぁ」
浮島の端に腰を下ろすと、ゆっくりと寝転ぶ。
「行ってない場所って、残ってるのは館のあそこだけ、か」
賢者ギルバートに何度頼んでも“駄目だ”と一言以降、取り付く島もない立入禁止のあの場所
「でも、どうやって中に入るかが問題なんだよな」
そうつぶやいた瞬間、ノアの口元にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
(姉さんにそろそろ、貸しを返してもらうとしますか)
その時、ズキンと左腕の傷が疼く。
ヘヴンズクロウの爪がかすめた傷口から血が滴り流れてきていた。
「まだ出血止まってなかったんだった……自分でも治せはするけど」
裂けた袖の奥で、じわりと赤が広がる。光魔法を手に集中はしてみたもののノアは魔力の流れを止めた。
「自分でやるより、専門家のリーリャさんに治療してもらお~っと」
立ち上がると、風の魔力を込めて軽く詠唱する。
「キュモ~! そろそろ戻るよ~ 浮遊!」
ノアの体がふわりと浮き上がり、風に導かれるように空中庭園の方へとゆっくり降下していった。
◇ー空中庭園 マルシス研究室
「マルシス先生、ありがとう!」
「試作用の回復薬の効果も確認したかったので、お互い様ですよ」
私は自分の固有能力――異世界の門の特性上、どうしても魔力切れの不安がついて回る。
だから、こうして定期的にマルシス先生に魔力回復薬の製造をお願いしているのだ。
地元のメリンダばあちゃんに負けず劣らず、味も香りも良くて、仕上がりも上品。さすが錬金術専攻のエルフは違うなぁと、毎度のことながら感心してしまう。
先生の場合、超がつくほど天才ってのもありますけど。
手慣れた手つきで魔導具を片付ける、マルシス先生の彫刻のような横顔を眺めながら、ふと湧いた疑問が口をついて出た。
(……魔法の応用分野っていろいろあるのに、どうして錬金術を選んだんだろ?)
「先生って、なんで錬金術を学ぼうと思ったんですか?」
「何故か……ですか? フム…」
その問いに、マルシス先生は珍しく少しだけ考え込んだ。顎に指を添え、瞳を伏せたまま、しばらく沈黙が流れる。
そして、やがてこちらをまっすぐ見て、静かに答えた。
「私にとっては難しい問いですね。ですが、端的にお答えしましょう」
「なんでも創ることができるから。です。理論上……はね」
「なんでも……ですか」
私はその言い方にどこか妙~な引っかかるものを感じて、つい続きを聞きたくなってしまった。
(なになに~どういうこと? 知りたい)
でも、マルシス先生は私のそんな気配を察してか、すっと姿勢を正し、ひとつ咳払いして話を切った。
「すみません、リア。……このあと、少し用事があるので」
「あ、はーい」
(ん~もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな?)
私はそれ以上踏み込むのをやめた。どうも昔から、気になることは何でも聞いてしまう癖がある。……まぁ、こういうときは子供っぽい見た目も特権ということで、許してもらっている気もする。役得役得。
「わかりました! また、魔力回復薬お願いしますね!」
そう言って軽く頭を下げ、私は研究室をあとにした。
長い廊下に出ると、ふと気が緩んだのか、無意識にスキップを踏んでみた。
これだけ立派で長い通路だもん。ただ歩くだけなんて勿体ない。
体を動かしても液体の瓶はブレさせない。そんな修行もありなのだ。
(あれ、そういえば……ノアの姿、午前中から一度も見てないや)
食堂にもいなかったし、訓練場でも見かけていない。
(今日はライゼルさんもフウゲツ先生もいない日だし、どこ行ったんだろ)
探しにでもいこうかな。
そのとき――
「う~~~ん……しかし、どうしたものか~~~」
低くうなるような声が、廊下の奥から聞こえてくる。
(あれ? この声……)
お腹の底に響くようなどっしりとしたドワーフの口調。耳を澄ますと、声の主は工房からだった。
私は足を止め、「どうしたんですか?」と声をかけつつ、ひょいっと工房をのぞき込む。
すると中では、設計図や構想図を何枚も広げたストラトス先生が、まるで迷宮に迷い込んだ探検者のように頭を抱えていた。
「……ん?」
こちらに気づいた先生が顔を上げ、「おおっ」と目を輝かせて私を見る。
広げられた設計図には、魔導回路やら謎の圧縮式ギアやら、見慣れない専門用語と図形がびっしり。
(さすがの私もちょっと専門外すぎて、全っ然わからないや)
「どうしたんですか? その……何か行き詰まってる感じの顔してましたけど」
「おおっ、カナリア君か! いやはや、ちょうどよいところに!」
ストラトス先生は勢いよく立ち上がると、サササッと私の押し椅子へ座らせ、お茶を出してくれた。ぶ厚い設計図の束と一緒に。
「君は頭脳明晰、観察力もある。なにか、いいアイディアはないかね?」
「え、アイディア……って、もしかしてこの設計図って――」
「うむ、新型の“魔造工兵”の新作を考えているところなのだ!」
ストラトス先生は、誇らしげに胸を張りながら説明を続けた。どうやらゴーレムのことになると、夢中になるらしい
「これから魔族が攻めてくることを想定してな。空中庭園の戦力として、大きな一手を考えておるのだ!」
そこまでは勢いよく語ったものの、すぐにぽりぽりと頬をかきながら、少し肩を落とす。
「……考えているのだが。年を取ると、どうにも思考が凝り固まってしまってな……。斬新な発想が出てこんのだ」
(ゴーレム、かぁ……。こっちの世界じゃ、意外にも自動で動いてくれる小型かつ自律型がメインなんだよね。ってことは、逆転の発想で……昔見たあの機体、意外とアリなんじゃない!?)
私は設計図に視線を落としながら、遠い記憶を引っ張り出す。
「先生、ちょっと紙とペン借りますね!」
(重量感、武骨な装甲、胸のハッチから搭乗者を乗せて思いのまま操縦できる機体! くぅ~あの立ち上がるシーンがぞくぞくするんだよね!)
「お! なにか思いついたのかね!?」
机の端に置かれていた魔導式の羽ペンをひょいっとつかみ、私は隣の白紙に一気に描きはじめる。
頭の中にあるのは、あの伝説のシルエット!
重厚かつ繊細なパーツ、四角い独特な頭部、どっしりとした足回りの安定感。そして、胸には堂々たる輝く月のエンブレム!
――カリカリカリ……ッ!
「できた!」
満足げにペンを置いた私は、描き上げたイラストをストラトス先生の前にドンッと差し出す。
「名付けて、律動戦士ザンガルです!」
真っ白だった紙に描いたそれは、すべての戦争を終結させる、希望の人型の巨大ロボットだった。




