第131話 刀神カナリア VS 刀仙 草叢風月 ⑤
だが――
フウゲツの周囲に、風が渦を巻き鉄壁と化す。
ゴウッ――!
突き出された刃すべてが、風の壁に触れた瞬間、撥ね返される。
木刀の軌道が跳ね、霧散し、黒雪の裂け目ごと弾き飛ばされる。
フウゲツの身体のまわりに、暴風の衣が纏わりついていた。
それは、全方位を守る風の守り《風天逆巻》。
「くっ……もう一度、距離をとって――!」
カナリアは黒雪へ魔力を通し、さらに遠方の一点へ転移した。
だが、転移先の視界に映ったのは――
目の前に迫る、フウゲツの分厚い“掌”だった。
「――嘘っ!?」
ガシッ!
フウゲツの手が、カナリアの額を正確に掴む。
そのまま凄まじい力で――地面を、引きずる!
ゴゴゴゴッ!
十数メートル、石と土を巻き上げながら一直線に。
そして――
ドガッ!!
カナリアの身体が岩壁に叩きつけられる。
鈍い音が響き、破片が空中を舞った。
「ぐうっ……!」
岩に叩きつけられた衝撃で、カナリアの肺が縮み、咳き込みながら呻く。
身体中の関節がきしみ、息をするだけでも痛みが走った。
「……もう、いい加減、負けを認めたらどうじゃ?」
フウゲツの声は、ばかにするでも、見下すでもない。
ただ静かに、親が子を諭すような声音だった。
だが――カナリアは、ゆっくりと片膝をつき、そしてなお、よろめきながらも立ち上がった。
傷だらけの指で、木刀を構える。
(……向後天吹眼――“万物の流れを読む眼”か。……はっきりわかった。現状の私の能力じゃ、先生とは……相性が悪すぎる)
黒雪を使った奇襲は、位置も斬撃の軌道もすべて読まれる。
千刃による全方位同時攻撃も、風の鎧《風纏逆巻》によってことごとく弾かれ、本体には一切通らない。
(――でも、実は攻略方法は単純なんだよね)
フウゲツが予測できたとしても避けられないほど速くて、
なおかつ、風の防御を貫いて彼の身体を“斬れる”一撃を叩き込めばいい。
ただ、それだけのこと。
(……考えてはみたけども。そんな攻撃、そんな生物――いったい、この世にどれほどいるんだか)
自嘲気味な思考が、脳裏に浮かんではすぐに消えた。
視界が霞み、まぶたが熱をもって震える。
それでもカナリアの意識は、冷静だった。
ふと、焦点の合わぬ視界の奥――
塒を巻いた風蛇《夜刀神》が、フウゲツに大人しく撫でられている姿が目に映る。
(風蛇まで合流されちゃったな……万事休す、ってやつだね)
「ほぅ……なおも立ち上がり、刀を構えるか……」
フウゲツの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「見上げた精神、天晴れじゃ!」
称えつつ、フウゲツはゆるりと刀を構える。
そして、大地を踏みしめ、ありったけの魔力を、刀と夜刀神に注ぎ込む。
「ならば、儂も――お主が気絶する、その瞬間まで付き合おうぞ!」
眼前の風蛇が、再び大きく口を開いた。
それはまるで天地を呑みこむ神話の獣。
「――夜刀神《万象呑天》!!」
フウゲツが叫んだ瞬間、全てを呑みこまんとする風の大蛇が咆哮を上げる。
その巨体は、闘技場の床や壁ごと空間をまるごと飲み込みながら、
螺旋状に渦巻き、一直線にカナリアへと突き進んでくる。
通過した足場は次々と消失し、天空闘技場そのものが崩れ始めた。
(まっすぐ飛んでくる……)
(直線的な動きなら、躱される心配はないね)
(せめて――最後に、この風蛇だけでも……!)
カナリアは木刀を静かに腰へ納め、
静かに、だが明確に“抜刀”の構えを取った。
刹那、木刀に――“異界の力”が宿る。
ピキィ……バリバリバリ――!
空間が軋み、亀裂が走る。
まるで刀を中心に、現実そのものがひずみ始めた。
重い気配が空を裂き、
音もなく空間の“膜”が破れていくような音が、周囲に響き渡る。
「……なんじゃ、あの歪な魔力は」
フウゲツの眉がわずかに動いた。
右目――《向後天吹ノ眼》に意識を集中させ、カナリアの動きを捉えようとする。
だが――
「……ば、ばかな……!」
「カナリアの周りにだけ……何も映らんだと!?」
フウゲツの視界に広がるのは、天空闘技場のすべて――
流れる風の動き、舞う砂塵、石片の軌跡。
だが、その中でただ一ヶ所だけ。
“カナリアの存在する空間”だけが、完全に――空白だった。
風も、空気も、魔力の流れすら存在しない。
まるで“世界そのもの”が、彼女の周囲から切り取られているかのように。
「――斬ッ!!」
カナリアの叫びと同時に、抜かれた木刀が黒く染まる。
放たれたその一閃は、空間ごと――斬り裂いた。
黒刃が咆哮のごとく奔り、空間の理すら引き裂いていく。
刀仙・フウゲツの放った風の大蛇《夜刀神・万象呑天》は、
その刃に触れた瞬間、真っ二つに断たれた。
巨体は左右に割れ、構成していた風の魔力ごと、音もなく宙へと溶けていく。
だが、黒刃は止まらない。
そのまま――斬撃の軌道は、奥にいるフウゲツまでも貫こうとしていた。




