第130話 刀神カナリア VS 刀仙 草叢風月 ④
封じられていた“その眼”が、解放される。
ゴオォォォォ――!!
嵐の如く、フウゲツの全身から魔力が噴き上がった。
竜巻のような気流が彼を中心に暴れ狂い、服と髪を激しく煽る。
そして、渦巻く風の魔力がすべて“その眼”へと吸い込まれていく。
露わになった右目には、黒い瞳はどこにもない。
焦点の定まらぬ翠色の眼――そこには、風の魔力が渦を巻き、見る者の魂までも巻き込むような“気”を宿している。
「向後天吹眼……金屏風の化け物の置き土産よ」
フウゲツはそう呟くと、口元を歪めて笑った。
「さぁ来い、カナリア」
「お主を“わからせた”あと、この黒い雪で――雪見酒としゃれこもうかのォ?」
(――稽古を通り越した戦闘になってること、忘れてない? 冗談じゃ済まないよ)
静寂が場を支配する。
カナリアは、攻めるか、様子を見るか、踏み出す足を決めかねていた。
フウゲツは動かない。仕掛けてこない。
けれど、それが逆に――恐ろしい。
(あれも魔刀技に関係が……? ……いや、違うの? わからない)
フウゲツもこちらの力も読みきれてない。五分のはず。そう思うカナリア。
けれど、フウゲツの右目には底知れぬ何かを感じさせていた。
その時、フウゲツが左手を掲げる。
指先に魔力をこめ、くるっ、くるっと回す仕草を見せた。
(夜刀神、さっきの風蛇を呼び戻してる! まずい!迷ってる時間はない!)
次の瞬間――
カナリアの姿が、ふっと空間から掻き消えた。
風も鳴らさず、気配も残さず、まるで幻のように。
そしてすぐさま、フウゲツの背後の“黒雪”の中から姿を現す。
「はっ!」
木刀が風を裂き、フウゲツの背へと迫る。
だが。
振り向くことなく、フウゲツは片手で刀を背に回し――
カンッ!
金属音が空を裂く。
見事な角度で、斬撃を弾いた。
まるで、最初から背後にいると知っていたかのように。
(偶然!?……もう一度!)
弾かれた瞬間、カナリアは即座に動いた。
間髪入れず、別の“黒雪”を足がかりにして再び転移する。
出現地点は、フウゲツの左斜め下――
死角からの一閃で斬りかかろうとした、その刹那。
ズドンッ!
「――ぐぅっ!?」
視界に飛び込んできたのは、フウゲツの腰から伸びた“鞘”。
フウゲツは一切振り返らぬまま、まるで出現位置を読んでいたかのように、鞘を突き出していた。
鋭く打ち出された鞘の先が、カナリアの鳩尾に深くめり込む。
衝撃が、全身を駆け抜けた。
肺の奥から空気が押し出され、視界が霞む。
(……意識が……もってかれる――)
カナリアは瞬時に唇の端を、「ギリッ」っと強く噛んだ。
じん、と走る痛み。
その一瞬が、暗転しかけた意識をかろうじて繋ぎ止めた。
「っ……!」
反射的に、“距離をとる”という本能だけで行動する。
足元の“黒雪”に魔力を通し、再び空間を断つ。
転移先は、フウゲツの正面からやや遠ざけた、上空の一点。
目立たず、追撃を避けられるはずの転移場所。
だが、転移しながらカナリアの中に、確信めいたものが芽生えていた。
(偶然じゃない……わかってるんだ、転移位置が)
“視ている”――いや、“読まれている”。
転移先の黒雪に身を隠すカナリアへ向けて、フウゲツがゆるりと口を開いた。
声には焦りもなく、ただ静かに“事実”を語るように。
「やはりお主……その黒雪とやらのある位置に、どういう理屈かは知らんが――一瞬で行き来できるようじゃの」
フウゲツは、露わになった右目にそっと手を添える。
「じゃがな……この《向後天吹眼》の前では、それも無意味じゃ」
「こやつはな――生物が動作する際、無意識に起こす微細な風の流れ、空気の歪み……それらをすべて読み取る」
フウゲツは指先で空を撫でるように動かしながら、続ける。
「すなわち“動き出す前の兆し”が、手に取るようにわかるのじゃ。いわば……擬似的な未来視のようなものだなァ」
「お主がどこにいようが、現れた瞬間、空気の流れが変わる……その風を読めば、次に何をするか――全部わか――」
「千刃ッ!」
フウゲツの言葉が終わる前に、カナリアが叫ぶ。
地面に降り立つと共に地を這う黒雪へ向けて、鋭く木刀を突き込む。
次の瞬間。
フウゲツの周囲を漂っていた多数の黒雪から、同時に木刀が“突き出された”。
それは空間を貫くような、刃の雨。
四方八方から、正確無比な突きがフウゲツに襲い掛かった!




